第376話

 モーフィに手ごと咥えられながらヴィヴィが言う。


「ミリア。今日は午後からでいいのかや?」「もにゅもにゅ」

「はい。今日もよろしくお願いしますね」

「まかせるのじゃ」「もにゅ」

「子供たちも、今日もお願いしますね」

「はい。がんばります!」


 ヴィヴィとミリアは何かやっているようだ。少し気になる。


「ヴィヴィって護衛以外にも何かしてるのか?」

「もちろんじゃ。そもそも狼商会の評判のおかげでミリアに手を出そうというやつはおらぬのじゃ」

「アルさんの評判がいいからですね! さすがアルさんです!」


 お菓子を食べていたクルスが言う。ちなみにクルスは獅子の被り物をかぶったままだ。

 獅子の被り物は子供受けがいいから、外さないのだろう。


「ヴィヴィさんには空いた時間に農地の選定などをお願いしているんです」

「エルケーでも農業する予定なのか。採算取れそうか?」

「土地が安いからお手軽なのじゃ。それに農地として使えなくとも魔石を産出できるから損はないのじゃ」

「そっか、それはいいな」

「どちらにしろ、種まきが出来るのは春からなのじゃ」


 クルスが首をかしげる。

「そういえば、エルケーの元々の産業って何なの?」

「主要な産業と呼べるようなものはミスリルの鉱山ぐらいでしょうか。ですが、もともとあまり豊かな街ではないんです」

 ミリアは笑顔で教えてくれた。


「そうなんだー」

「元々魔王城の城下町ですから。魔王軍関連産業がメインだったようですね」


 軍隊を支えるためには軍人だけでは回らない。

 錬金術士や武具や馬具を作る鍛冶職人なども必要だ。

 加えて、そういう者たちに物を売る者たちが集まってくる。


 エルケーはそのように作られた街だったのだ。


 ミリアはクルスをちらりと見た後、トムとケィとタント、子供たちを見る。


「……勇者が来る前に、軍人以外は一斉に皆が逃げだしましたから。滅亡後、そのまま戻ってこなかった人も多かったようです」

「なるほどー」


 クルスはうんうんと頷いた。

 エルケーは主に消費する場所なのだ。

 ミリアによると、今でも近くのミスリル鉱山ではミスリルが採れているらしい。


「とはいっても、その鉱山もあまり産出量が多いとは言えないようです」


 多いとは言えないとはいえ、一人の商人が扱う量としては多い。

 御用商人は、そのミスリルをまとめて買い叩いていたということだ。

 一人の商人、単独の商会としては充分すぎる儲けになっただろう。


「林業も出来ると思うのじゃが……。それは姉上に頼んだ方がよいのじゃ」

「確かに、ヴァリミエなら適役だろうな」


 ヴァリミエは森の隠者と呼ばれる林業の専門家だ。

 荒れ地を十年で大森林に変えたという実績がある。

 とはいえ、エルケーに木こり志望の人間がどれだけいるかは不明だ。

 林業の件は、後で考えればいいだろう。



 お菓子を食べた後、ミレットとコレットは帰ることになった。

 ミレットには色々仕事があるのだ。


「みんなも、いつでもムルグ村に遊びに来てね」

「これからも、みんなをよろしくだよ」

 ミレットにトムが丁寧に頭を下げる。


「わかったー! みれっとおねえちゃん、これっと、またきてね!」

「うん! ケィも来てね!」


 ケィとコレットも仲良く挨拶する。

 魔法陣を通ればすぐだ。お隣さんのようなものである。

 もっと交流があってもいいかもしれない。


 そしてルカとレアとレオは冒険者ギルドに向かった。

 俺とクルス、ティミ、獣たちとヴィヴィとミリアは一緒に狼商会に向かった。

 タントと孤児たちも一緒である。


「トムの宿屋の隣なのか」

「そうなのです。もともと商店だった家が空き家だったので買い取りました」


 かなり古い建物だが結構広い。

 ヴィヴィの魔法陣が色々施されているので、住み心地もよさそうだ。

 簡単な寝具を用意すれば、すぐにでも住めそうである


 フェム、モーフィ、シギとチェルノボクは店の中を歩き回った。

 一生懸命、匂いを嗅いでいる。テリトリーを確認しているのだろう。


 獣たちと一緒に店を観察していたクルスが言う。


「店頭販売はしてないんだねー」

「卸し専門ですから。あと買取ですね!」

「ミスリルの買い取りもしてるの?」

「そうですそうです」


 御用商人がいなくなったせいで、ミスリルを売る場所がなくなった。

 だから代わりに買取も始めたのだ。

 もちろん適正価格で買い取っているので、みんな助かっているようだ。


「普通の値段で、売って買うだけで、ものすごく喜ばれるのです」

 そういって、ミリアは笑った。



 しばらく狼商会にいると、商人が何人か訪れた。

 御用商人と違い、決まった日にまとめて売るというシステムではない。

 必要な時に必要な分を買って売るために来るのだ。

 タントたちも店員として、一生懸命働いていた。


 商人がくる合間の時間に、ミリアとヴィヴィは農地の選定などをしているようだ。


「もしなんだったら、上空から見て回るか? いつでもよいぞ?」

 ティミショアラがいう。


「そうですね、そうさせていただけたら……」

 ミリアがそう言いかけたとき、冒険者の一人が店の中に入ってきた。

 エルケーのFランク冒険者、監獄業務を担当していたものの一人だ。


「どうした、そんなに慌てて」

 俺が尋ねると、冒険者は深呼吸してから言う。


「あの! みなさん! 代官がいらっしゃいました」

「おお、ついに来たか」

「はい、それで御用商人について聞きたいとおっしゃられまして……。一緒に代官所に来ていただけませんか?」


 代官の立場なら当然そういうだろう。


「そういうのはルカが得意だよ?」

 そんなことをクルスが言う。


「ルカさんは、レアさんたちとクエストで街の外でして……」

「そういうことなら、俺が行くしかないか」


 俺は代官に会いに行くことにした。

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