第365話

 オークもオーガも体を貫かれ、足は凍っている。

 下半身は動かせない。だが、上半身を激しく動かしている。

 その手には鋼鉄製の巨大なこん棒。恐らく御用商人が与えたものだろう。


 オークたちに斬りかかろうとしていたクルスが足を止める。


「ヴィヴィちゃん、すごい!」

「むふふ。じゃが、これだけやっても倒せないのじゃな」

「ゾンビだからね。やっぱり首ををおとすのが一番かも」

「なるほどなのじゃ」


 御用商人が唖然とする。


「バカな、AランクとBランクモンスターの群れだぞ。しかもその……」

「ゾンビになるとさらに強化されるもんね。でもゾンビの使役は重罪だよ?」


 Aランクモンスターとは、討伐にはAランク冒険者パーティーが必要というレベルだ。

 オーガがAランク。オークはBランクだ。

 中規模の街なら滅ぼせるレベルの群である。商人たちが怯えるのもよくわかる。


 クルスが一瞬で、オークとオーガの首を落とした。

 倒れると同時に悪臭が漂う。


「やっぱりゾンビは臭いな……」

「もっも」

「りゃ! りゃ!」


 俺に同意するように、モーフィとシギショアラは声を上げる。


『臭すぎるのだ』

 少し離れたフェムはユリーナのお腹に鼻を押し付けていた。


「ここで燃やすわけにはいかないな。街の外に持って行って燃やしてこよう。クルス、ここは任せた」

「はい。任されました!」


 俺はオークとオーガの死骸を凍らせる。臭いの拡散を防ぐためだ。

 そして、商人たちから荷車を借りて乗せて運ぶ。

 重力魔法が一番楽だが、街中で使うのは気が引ける。目立ちすぎる。

 今更かもしれないが、あまり目立ちすぎないほうがいいと思うのだ。


「モーフィ、手伝ってくれ」

「も!」


 御用商人を抑える係をフェムと交替して、モーフィは荷車を引いてくれる。

 モーフィは力強いので、一度にオークとオーガ、計十五匹を運ぶことが出来るのだ。

 だが、荷車はそうはいかない。街の外に運ぶのに三往復を費やした。


 俺が燃やすためにゾンビオークとオーガの死骸を積み上げていると、ヴィヴィが言う。


「ゾンビは退治したはずなのじゃ。どうして、こんなにゾンビがおるのじゃ?」

「恐らくだが……。自称魔王から護衛として借りていたのかもしれないな」

「ゾンビを連れて移動していたってことかや?」

「その可能性が高いだろうな。どっちにしろ御用商人に聞けばわかるだろう」


 俺はオークとオーガの死骸、それぞれ一匹ずつを魔法の鞄に放り込む。


「あとでルカに見てもらおう」

「そうじゃな。それがいいのじゃ」


 そして、俺はヴィヴィと協力して死骸を燃やした。

 魔獣とはいえ、ゾンビにされたのはかわいそうだ。

 燃やしながら黙祷する。


 燃やし終わった灰は地中に埋めて、クルスたちの元へと戻る。

 そのころにはミリアは商人たちへの物資の販売を終えていた。

 御用商人が懲らしめられたことで商人たちも安心したようだ。

 取引はスムーズに進んだという。


 そして、フェムはずっと右前足で御用商人の頭を押さえている。

 御用商人は逃げることをあきらめたのだろう。大人しくなっていた。


 現場にはルカもやって来ていた。


「ルカ、様子を見に来てくれたのか?」

「商人の人たちが冒険者ギルドに助けを求めに来たのよ」


 御用商人が笛を吹いてゾンビを呼んだ時、逃げた商人たちだろう。

 レアやレオたちはクエストをうけて街の外なので、ルカが来たのだという。


「いざというときに、冒険者ギルドに来てくれたっていうのは嬉しいわね」

 ルカはニコニコしていた。


「ルカ、一応これが御用商人が操っていたゾンビだ」

「ありがと。調べておくわね」


 俺が魔法の鞄からルカの魔法の鞄にゾンビを移す。

 そうしていると、御用商人の護衛を、縛ってまとめていたクルスが言う。


「アルさん、御用商人はどうしますか」

「そうだな。代官に引き渡すのが一番だと思うのだが……」

「まだ到着まで結構かかりますよね」

「馬に乗って急いだとしても三週間ぐらいはみといたほうがいいかもしれないな」

「それまで閉じ込める場所が必要ですね」


 エルケーにも代官所の近くに牢屋はある。だが今は職員が一人もいない。

 少し考えてクルスが言う。


「……それまで適当に拘束しておきましょうか。ルカ。冒険者ギルドに任せられないかな?」

「うーん。捕獲した魔獣を一時的に入れる檻でよければあるのだけど……」


 冒険者ギルドへの依頼には魔獣の捕獲などもあるのだ。

 そのための設備はある。


「じゃあ、それでお願い」


 今後の処遇が決まったところで、俺は御用商人に言う。


「で、さっきのオークとオーガのゾンビは自称魔王から貰ったのか?」

「ふん!」

 話したくないらしい。


「フェム」

「ガウ!」


 御用商人を前足で抑えていたフェムが一声吠えた。

 少しだけ力を込めた吠え声だ。


「ひいいいい」

 至近距離でフェムの吠え声を食らって、商人はあっさり気絶した。


「根性ないのなら、あっさり口を割ってほしいところね。無駄に抵抗されても手間だわ」

 ルカが呆れたように言う。


 その様子をユリーナとミリアが暇そうに見ていた。

 せっかくなので、手伝ってもらおう。


「ユリーナ。気付けを頼む」

「わかったのだわ」


 すたすたと御用商人に近づくと、顔に水筒の水をぶっかけた。


「……治癒魔法とか、使わないんだな」

「このぐらいは魔法を使うほどじゃないのだわ」

「さすが、ユリーナ!」

「えへへ」


 クルスに褒められて、ユリーナは嬉しそうに照れていた。


「はっ! ひぃいい」

 目を覚ました御用商人はフェムを見て震えあがる。


「で、聞きたいことがあるんだが」

「ウーウゥーーー」

 俺が尋ねるのに合わせて、フェムが唸ってくれた。


「は、はい、何でも聞いてください!」


 真っ青な顔で、御用商人はうんうんと頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る