第347話

 俺はフェムを撫でまわした。シギショアラも一緒にフェムを撫でている。

 クルスの家のメイドさんも、フェムを撫でまわしていた。

 フェムは愛されているらしい。


 その後、クルスの屋敷のメイドさんに言伝を頼むと、俺たちは一度ムルグ村に戻る。

 そして、死神教団の村に行き、チェルノボクを連れて、エルケーの街に移動した。

 もちろんフェムとシギショアラも一緒だ。


「おじさん、おかえり!」

「おかえりなしゃい!」


 トムとケィの兄妹が出迎えてくれる。


「ただいま」

「りゃっりゃー」

 シギも嬉しそうに返事をする。


「おっきいわんちゃんだ!」

 ケィがフェムを見て喜んでいる。


「かっけー。触っていい?」

「いいぞ」

「やった」

「もふもふだー」


 トムとケィは大喜びで、フェムに抱き着く。

 フェムは大人しく撫でられている。尻尾が緩やかに揺れていた。


 子供に相手してもらえなくて、チェルノボクは寂しそうだ。

「ぴぎっ」


 一声鳴いて、プルプルし始める。

 ケィが興味を示す。


「このこは?」

「スライムのチェルノボクだ」

「さわってもだいじょうぶ?」

「大丈夫だぞ」

 ケィがチェルノボクを触る。


「わー、ぷるぷるしてるー」

「すげー」

 トムも一緒に触って喜んでいた。


「ぴぎっぴぎっ」

 チェルノボクも嬉しそうだ。


「シギショアラ、元気そうで何よりだ」

「りゃあ」


 一方、ティミショアラは俺の懐から顔を出したシギを優しく撫でる。

 どうやら、ティミはケィたちと遊んでいたらしい。


 レアとレオの兄妹、それにステフもトムの宿屋で待機中だ。

 もちろん、ヴィヴィもいる。


「師匠。おかえりなさいなのです!」

「ただいま」


 ステフがていねいに挨拶してくれたので、俺も挨拶を返した。


 するとレアが緊張した様子で駆け寄ってくる。

「あの!」

「どうした?」

「兄の処分は……」

「まだ、何も決まっていない」

「そうですか」


 レオが真剣な顔で言う。

「私は覚悟ができております。催眠で意思を奪われていたとはいえ……」


 クルス領でのジャック・フロスト災害。その実行犯であるのは間違いがない。

 その後も、自称魔王に支配され、その手助けをしていたのだ。


 そうはいっても、大した罪状にはならないと俺は予想している。

 代官がゾンビになっていたのだ。その対応で大変なことになる。

 下っ端の実行犯の処罰は後回しになるだろう。


 それに魔法催眠をかけられていたので、被害者という側面もある。

 適切な量刑が難しい。もしかしたら罰なしということになるかもしれない。


 だが、それをいって期待させてから、厳罰に処されたらかわいそうだ。


「まあ、そのうちわかるだろう。クルスたちもあまり厳しい罰が下されないよう願い出てくれるだろうし」

「私ごときのために……ありがとうございます」


 その後、俺はトムの宿屋を出てエルケーの街を見て回ることにした。

 念のために狼の被り物をつけておく。

 フェムとチェルノボク、シギショアラ、ステフも一緒だ。

 チェルノボクはフェムの背中に乗っている。


「フェム。チェル。ゾンビがいないかチェックしてくれ」

『わかったのだ』

『わかったー』


 あくまで念のためだ。

 ゾンビがその辺を歩いていたらモーフィが気づいただろう。


 俺たちはエルケーの街を隅々まで歩いて回る。

 チンピラに一回絡まれたので、撃退した。


『あっちから死体のけはいがするよ!』

『行ってみよう』

 チェルノボクが教えてくれたので、そちらに走る。


 怪しい家の前に黒づくめの男が立っていた。

 古いが大きな建物だ。周囲はかなり高い壁に囲まれている。


『ゾンビのけはい!』


 臭いは消しているらしいが、気配は消せない。


『チェル。建物の中からゾンビの臭いはするか?』

『するー』


 チェルノボクの返事をうけて、俺は黒づくめの男を右手でつかんで持ち上げた。

 当然暴れる。だが俺は気にしない。剣での攻撃は障壁で防いだ。


 俺は黒づくめの男を持ち上げたまま家の中に入った。

 中にはゾンビが沢山いた。魔獣のゾンビがほとんどだ。


「街の中にいても襲われるっていうのは、こいつらを使っていたのかもしれないのです……」

 ステフの言う通りかもしれない。

 屋敷には街の外に繋がる抜け道もあった。

 ここから街の外にゾンビを送り込んで、冒険者や商人を襲っていたのかもしれない。


「チェル。頼む」

『わかったー』


 チェルノボクはプルプルする。そして輝いた。

「ぴぎーっ」

 死王の権能だ。すべてのゾンビの魂は解放された。

 余程強力なゾンビでもない限り、チェルノボクの能力にあらがうのは難しい。


「チェル、ありがとう」

「ピギっ」


 動かなくなった黒づくめの男を床にそっと寝かせる。


「後でちゃんと埋葬してやるからな」

 ゾンビだった死骸たちに優しく声をかけた。


 その後、エルケーの街を見て回ってからトムの宿屋に戻った。

 すると、クルス、ルカ、ユリーナ、モーフィが戻って来ていた。


「おつかれさま。どうなった?」

「なるべく早く新しい代官が派遣されることになったのだわ」

「あと、衛兵も派遣されることになったみたいです!」


 代官よりも少し遅くなるが、衛兵が二十人ぐらい派遣されるらしい。

 治安の回復のためだろう。


 レアが緊張した様子で尋ねる。

「あの、兄は……」

「あー。それどころじゃないみたい」

 ルカが笑顔で首を振る。


 厳密に法を適用するとなると、エルケーの街の住人の九割が罰せられる。

 それも軽犯罪ではない。自称魔王に上納金を払うなど、国家反逆罪だ。

 死刑すらありうる。


 とはいえ、代官がゾンビにされて、王国の庇護を受けられなかったのも事実。

 ということで、能動的に動いていたもの以外は、おとがめなしになったのだ。


「にぃちゃ……、よかった」

「ありがとうございます……」


 レアとレオはほっとしたようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る