第343話

 空気中の水分が一気に凍っていく。


「なんと……」

 俺は驚いて思わず声を上げた。


 ヴィヴィの魔法陣は重層的だ。

 床に描かれた魔法陣が一気に室温を下げているようだ。

 よく見ると、属性変更スイッチのようなものが取り付けられていた。

 風、炎、氷、魔力弾。四属性のどれでも対応できるようになっている。


 炎の精霊が召喚されたので、氷系で発動させたのだろう。

 ヴィヴィの魔法陣の力量がすさまじいことになっている。


 俺が驚いていると、同時に側面に展開した魔法陣から氷の弾が撃ち込まれはじめた。

 いつの間にこれほどの魔法陣を描いたのだろうか。


「ちょ、ちょっと!」

「この氷の弾、無差別なのだわ!」


 魔法陣から発射された氷の弾は炎の精霊だけでなく、ルカたちも襲っていた。

 ルカとユリーナは氷の弾を、素早い身のこなしでかわしていく。


 俺は魔法障壁を張って、ルカとユリーナをかばった。


「すまぬ。識別機能はついてないのじゃ!」

「そりゃそうだ」


 識別機能は複雑なので、短時間で付与するのは難しかろう。


「KiSIIIII……」

 精霊の声が響く。

 精霊たちは氷の弾に撃ち抜かれ、どんどん数を減らしていった。

 俺も魔力弾で精霊を攻撃する。

 しばらくたって、精霊は無事精霊界に帰っていった。


「何とかなったか」

「狭い室内だと炎の精霊って、本当に脅威ね」


 そう言いながらルカは仮面の者に近づいた。


「自称魔王に操られてるっぽいけど……。アル。こいつの拘束もお願い」

「了解」


 俺が自称魔王と仮面の者に魔法の縄をかける。

 それを確認して、ルカは仮面の者の仮面をはぎ取った。

 獣耳を持ち、角が二本生えていた。獣の尻尾も生えている。


「魔族? いや獣人かしら……」

「にいちゃ……」

 レアが小声でつぶやいた。

 モーフィから飛び降りると、仮面の者に駆け寄る。


「レア。お兄さんか?」

「……はい」


 俺が尋ねると、レアは倒れた兄を抱きよせながら涙を流す。


「モーフィ」

「もっ」


 俺はモーフィの名前だけ呼んだ。

 モーフィにゾンビかどうか確かめて欲しかったのだ。

 泣いているレアの前で、兄がゾンビか確認しろとは口にできなかった。


「もっも」


 モーフィはレアの兄の匂いをクンクンと嗅ぐ。

 真剣な様子で、念入りに嗅いでいた。

 モーフィは、俺の意図を正確にくみ取ってくれたらしい


「モーフィ?」

「もっ」

『だいじょうぶ』

 一声鳴いて、念話で返事をしてくれる。


「ゾンビじゃないんだな?」

『そう』

 全員が胸をなでおろした。


「そうじゃったか」

「何よりなのだわ」

 ヴィヴィとユリーナは大きく息をついた。


「アル。調べてほしいの」

「ああ、わかった」

 ルカに促されて、俺は魔力探査をレアの兄にかける。


「レアと同じだな」

「魔法による催眠?」

「そうだ」

「解除してあげて」


 レアのときのことを考えれば、催眠を解除した後も記憶は残る。

 ならば、早く解除したほうがいい。

 再び、自称魔王による操作を受けたら厄介だ。


「ユリーナ、先に治癒を頼む」

「それもそうなのだわ。任せておいて」


 いまレアの兄は全身の骨がバキバキに折れている。

 しかもその後自称魔王の操作によって、体を無理やり動かした。

 酷いことになっている。


 いま催眠を解いて、意識を取り戻せば、痛みで即座に気絶しかねない。


「さすがに少し時間がかかるのだわ」

「そりゃそうだな」

「骨が何本折れてるかわからないレベルね」


 おそらく折れている骨は百から二百本の間だろう。

 それを全部治すのだ。普通の治癒術士ならば、数日かかるレベルだ。


「ルカ。今のうちにヴィヴィとモーフィを連れて調べてきてくれないか?」

「わかったわ」


 ルカだけなら魔法的なものを見逃すかもしれない。

 だが、ヴィヴィがいれば大丈夫だ。

 鼻の利くモーフィも探索は得意である。


「俺は魔人と自称魔王を見張っとく」

「お願いね」

「任せたのじゃぞ」

「もっもー」

「りゃっりゃ」


 部屋の外に行くルカたちに、シギショアラが手を振った。

 レアは、祈るように、じっとユリーナの治療を見守っている。


「ユリーナに任せれば大丈夫だ。安心していい」

「……はい」


 そして、レアは思いつめたような表情になる。


「あの!」

「どうした?」

「兄は、いったいどのような罰を受けることになるのでしょうか?」

「そうだなー。自称魔王と魔人は厳罰だろうが、それ以外はどうなるか……」


 エルケーの街の住人、ほとんどが被害者という見方もできる。

 逆にほとんどが加害者という見方もできるだろう。


「まあ、事情を聞かないとわからないが、なるべく罪が軽くなるようお願いするさ」

「……ありがとうございます」


 そのとき、ユリーナがこちらを振り向いた。


「終わったのだわ」

「大まかな治療が終わったってことか?」

「そうなのだわ。出血を止めて、砕けた骨をつなげたのだわ」

「……」

 それはほぼ完治に近い。


「……早いな」

「まあ、治癒魔術は得意だから、それなりに早いのだわ」


 さすがは聖女様だ。

 だが、これほど早いなら、ルカたちと一緒に待てばよかった。


「それじゃあ、催眠を解くぞ」

「お願いいたします」


 レアから頭を下げられた。


「任せてくれ」


 そして俺はレアの兄の催眠を解除した。

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