第329話

「趣のある宿屋なのだわ」

「……宿屋なのかしら?」

 ユリーナとルカがそんなことを言う。


「さっそく宿屋を見つけられたのは幸運である」


 ティミショアラは気にしない様子で、宿屋に入って行く。

 ステフやレアも少し不安そうだ。


 俺としては、屋根と壁があれば問題はない。

 俺たちが建物に入ると子供は笑顔で言う。


「この部屋とこの部屋を好きに使っておくれよ」

「ありがとう」


 ベッドの数は足りないが、田舎の宿屋にはよくあることだ。

 子供がおずおずと言った感じで言う。


「……あの宿代を前払いでもらってもいいかい?」

「もちろんだ。六人と牛で一泊いくらになる?」

「えっとー」


 少し考えて子供の言った金額は、とても安かった。

 王都なら一人が一泊出来ない金額だ。

 支払うと、子供はとても良い笑顔になった。


「ありがとう!」

「いや、安くて助かったぞ」


 そんなことを話していると、家の奥の方から、魔族の幼女が出てきた。

 コレットより小さいかもしれない。


「にいちゃ、おきゃくさん?」

「そうだぞー。宿屋のお客さんだぞ」

「いらしゃいませ」

 幼女がちょこんと頭を下げた。


「お世話になるのだわ」

 ユリーナが嬉しそうに、幼女の頭を撫でている。


「お菓子食べる?」

 ルカが幼女にお菓子をあげている。


「ありがとー」

 幼女は嬉しそうにお菓子を食べていた。


「りゃっりゃー」


 シギショアラが、俺の懐から顔だけ出して鳴く。

 幼女の目が輝いた。


「わあ、かわいい!」

「りゃあ」

「さわっていい?」

「いいぞ」


 俺がそう返事するよりも早く、シギは懐から出て幼女の胸元に飛んでいった。

 シギは子供が好きなのかもしれない。幼女は少しやせていた。

 兄のほうもよく見たら、結構やせている。

 痩せ具合は兄の方が酷いかもしれない。


「わぁわぁ!」

 幼女はものすごく嬉しそうだ。


 俺は兄の方に言う。


「客引きだと思ったが、宿屋の主人だったのか」

「そうなんだ」


 兄の方はトム、幼女はケィという名前らしい。

 両親を亡くした兄妹ということだ。


「これまでは簡単な用事をこなして、お金を稼いでいたんだけど……」

 子供であるトムが稼ぐには限界がある。

 そこで、親の残してくれた家を使って宿屋を開くことにしたのだという。


「ケィ、少し待ってろ。にいちゃんがご飯を買ってくるからな」

「やったー」


 早速、俺の払った宿賃を使うらしい。

 食べるのにも困る生活なのだろう。

 後で、チップをはずもうと思う。


「近くに食料を売っている店があるのか?」

「あるぞ!」

「小遣いをやるから、案内してくれ」

「いいのかい?」

「ああ、エルケーに来るのも久しぶりすぎて。どこに何があるかわからなくて困っていたんだ」


 そういって、トムに案内してもらうことにした。

 きちんと前払いで小遣いを渡す。額は宿代より、ちょっとだけ少ないぐらいだ。


「こんなにもらっていいのかい?」

「いいぞ。シギはお留守番しておくんだぞ」

「りゃあ!」


 ケィと遊んでいるシギを置いて、俺とトムは二人で家を出る。

 食料店に向かう間、俺は街の様子を改めて眺めた。

 人も多いし、活気もあるように思える。


「ここだぞ」

 トムが案内してくれたのはボロボロのお店だった。

 質は悪いが、一通り種類はそろっていた。


 俺は適当に食糧を買うと、トムに言う。


「案内してくれた礼に、食べ物を買ってあげよう」

「……いいのかい?」

「いいぞ」

「ありがとう」


 トムは遠慮しなかった。お腹を空かせた妹のことを考えたのだろう。

 食料を買い込んで、宿屋に戻る。


 台所を借りて適当に調理をして、みんなで昼ご飯を食べることにした。

 トムとケィも一緒に食べる。


「おいしい!」

 ケィはとても嬉しそうだった。


 食事が終わり後片付けをしながら、トムに尋ねる。


「一つ、聞きたいことがあるのだが」

「なんだい?」

「ネグリ一家のダミアンって知っているか?」


 ダミアンというのは、エルケーを縄張りにしているネグリ一家の幹部だ。

 名前はビルやネグリ一家の親分から聞き出してある。


 ダミアンの名を出した途端、トムは体をびくりとさせた。

 少し怯えたように見える。


「お兄さん、ダミアンのお友達なのかい?」

「違うぞ。ダミアンとは、少し商取引上のトラブルを抱えていてな」

 トムがダミアンの敵でも味方でも問題なさそうに言葉を選んだ。


「そうなのかい」

 トムはほっとしたようだ。どうやらすぐ顔に出るタイプらしい。

 トムはダミアンの味方ではなさそうだ。


「トム。ダミアンの奴と何かあったのか?」

「それは……。うん」

「よかったら聞かせてくれ」

「わかった」


 トムはあっさりと教えてくれた。

 トムはお金に困っていた。それはそうだ。

 子供一人で生きていくのも大変なのに、妹まで養わなければならないのだ。


「お金に困っていたら、ダミアンがお金をくれたんだ」

「ほう?」


 意外だ。もしかして、ダミアンはいい奴だったのかもしれない。


「だけど、確かにくれるって言ったのに、本当は貸してくれただけだったんだ」

「なるほど」

 ダミアンは、いい奴ではなかったようだ。


「くれるって言っただろうって言っても、やるわけないだろう! って」

「許せないな」

「うん。それで、りし? ってのがあるらしくて、今ではものすごい金額になっちゃたんだ」


 最初にもらった金額は、ごくわずかだ。今日俺が払った宿賃分ぐらいの金額だ。

 それに利子がついて、今は五百倍ぐらいになっているらしい。

 そして、この家と土地を取り上げられそうになっているとのことだ。

 それほどの高利は当然違法だ。代官に訴えればいい。


「役所には訴えなかったのか?」

「役所に行ったけど、相手にしてもらえなくて……。追い払われちゃった」


 代官も機能していないようだ。

 だからこそダミアンが好き勝手やっているのかもしれない。


「それは困ったな」

「すごく困った。だから宿屋をして少しでも金を稼がないとなんだ」

「なるほどな」


 これは見過ごせない。

 いくら宿屋を運営したところで焼け石に水だ。利子分にもなるまい。

 このままではトムはネグリ一家に土地と屋敷をとられるだろう。

 そして、ダミアンの手下として悪事の片棒を担がされるに違いない。

 数年経てばケィも売られてしまうかもしれない。

 そういう、親を亡くした子供が裏社会に引っ張り込まれるルートに入りかけている。


「まあ、そういうことなら、おじさんがダミアンに話をつけてやろう」

「そ、そんなことができるのかい?」

「出来るぞ。おじさんは、こういう奴らとの話し合いが得意なんだ!」

「助かるぞ!」


 トムはとても嬉しそうだった。

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