第328話

 地面に降り立つと、レアはへなへなと座り込んだ。

 緊張の糸が解けたのだろう。

 人型に変化したティミショアラが言う。


「むう。レアは高いところが苦手であるか?」

「人並以上に、苦手というわけではないのですが……」

「ティミの背に乗って飛ぶのは、普通の人は怖いだろう」


 俺がそういうと、ティミは首をかしげる。


「そんなものであるか」

「高いし速いしな。それに加えて、風も強い。背中も全く揺れないわけでもない」


 ティミは気を使って、揺れないように飛んでくれている。

 それでも、多少は揺れるのだ。怖がるのは仕方がない。



 レアとステフが落ち着いてから、俺たちは街に向かって歩き出す。

 遠くに元魔王の城が見える。


「元魔王城はいまどうなってるんだ?」

「王の所有物ね。代官が住んでいるかどうかは、知らないわ」

 俺の問いにルカが答えてくれた。


 旧魔王領は王国に組み込まれたばかりだ。

 そしてその最大の功労者は勇者クルスである。

 旧魔王領を貴族に分け与えるとなると、まずクルスからとなる。


「クルスに与えるには不安だと思ったのでしょうね」

「魔族からの反発ってやつか?」

「それもあるし。そもそも、クルスの領主としての能力が疑問視されていたってのもあるわね」

「それもそうだな」


 併合したての不安定な領地を、貴族になったばかりの少女にゆだねるのは不安だろう。

 そんなことを話していると、モーフィの背に乗ったヴィヴィが言う。


「ところで、わらわは身分を隠すつもりもないが、アルたちはどうするのじゃ?」

「隠すつもりはないけど……」

「私も隠さないつもりなのだわ」

「それなら、俺も正体を隠さなくていいか」

「我はもとより隠すつもりなどない」

 ティミは力強く言う。


「りゃっりゃ!」

「もっも!」

 シギショアラと、モーフィも身分を隠すつもりはないらしい。

 ステフもレアも身分は隠さないようだ。


 しばらく歩いて、街の入り口に到着した。

 街の名前はエルケーという。


「街の入り口に衛兵がいないんだな」


 本職の衛兵としてはそれが気になった。

 ステフが少し心配そうな表情になる。


「魔獣が押し寄せたりしないのです?」

「魔獣も人間の街は警戒して近づかないわ」


 魔獣学者でもあるルカが言うのだからそうなのだろう。

 俺たちは街の中へと素通りした。


 道を歩く人は多い。やはり、他の街に比べて魔族が多い。

 人族と魔族の比率は、三対七ぐらいだ。


 ユリーナが、周囲をきょろきょろ見回す。


「だいぶ変わったわね」

「前に俺たちが来たときは、住民はほぼいなかったからな」


 ちょうど魔王との決戦の前だ。

 各地で魔王軍を破り、ついに俺たちはこのエルケーに来た。

 四天王も、ヴィヴィを入れて四人倒したあとである。

 当時の俺の認識は四天王を三人倒した後だと思っていた。

 それはヴィヴィを四天王と認識していなかったからだ。


「最後の四天王との決戦の舞台ね。懐かしいわ」

「そうだな」


 民衆の間には勇者が恐ろしい残酷非道な人物だという噂が流されていた。

 流したのは最後の四天王であったのだが。

 それゆえ、民は全員逃げた後だった。

 そして、俺たちは四天王配下のゾンビの集団や、魔物たちと激しい戦いを繰り広げた。


「魔族の兵士もいたけど、ほとんど魔物とゾンビばかりだったわね」

「魔王を倒した後、きっと、みんな戻ってきたのだわ」


 ユリーナの言うとおりだと思う。

 そして、商機だとみて王国からやってきた者たちもいるのだろう。


「やっぱり魔族が多いのだわ」

「そうじゃな!」


 ヴィヴィは少し嬉しそうだ。

 そして、父親が魔族のレアも少し嬉しそうだ。尻尾がゆっくりと揺れている。


 男の子が駆け寄ってきた。十歳ぐらいに見える魔族の子供だ。

 とてもいい笑顔で話しかけてくる。


「お兄さん、旅のひとかい?」

「そんなところだ。エルケーに用があって、王国の方からやってきたんだ」

「そうかい。それはお疲れ様だ。もう宿はお決まりかい?」

「いや、まだだ」


 日帰りにするか泊まっていくかもまだ決まっていない。今後の展開次第だ。

 だが、エルケーは近くの街まで徒歩で一日かかる位置にある。


 常識的に考えて、どんな用事だろうと普通は泊まっていくものだ。


「おすすめの宿屋があるんだ。どうだい?」

 子供の客引きだ。きっと客を連れて行った数だけ金がもらえるのだろう。


「牛も一緒に泊まれるのかや?」

「う、牛もかい?」

 子供は少し困ったような顔になる。


「もっも」

 子供の匂いをモーフィはクンクン嗅いでいた。


「部屋の中でうんこやおしっこされると困るんだけど……」

「それなら大丈夫なのじゃ」

「ほんとかい?」

「本当なのじゃ」

「それなら、大丈夫だ。泊まっていっておくれ」


 折角だから頼んでみようと思う。

 日帰りで帰ることになるとしても、拠点は欲しい。


「じゃあ、頼む。案内してくれ」

「まいどあり!」


 子供は嬉しそうに案内してくれた宿屋は思いのほかぼろぼろな建物だった。

 しかも宿屋というより、ただの民家だった。

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