第325話

 ヴィヴィが旧魔王領行きを宣言すると、同時にモーフィも立ち上がる。


「もぅ!」

「モーフィも行くかい?」

『いく』

「フェムも行くだろう?」

『当たり前なのだ』

「ほかに来てくれる人はいるか?」


 今のメンバーは俺、ティミショアラ、フェムとモーフィ、それにヴィヴィだ。

 それに当然、シギショアラも加わる。


「クルスは政治的な理由で行けないとして、ルカとユリーナも忙しいよな?」

「行けなくはないけど……。念のためにネグリ一家を警戒したほうがいいかも知れないわね」

「ルカの言う通りなのだわ。リンミア商会を標的にするってことはないと願いたいけど……」

「確かに、数日は警戒したほうがいいかもな」

「警戒ぐらいぼくがしとくよー?」


 クルスは笑顔だ。

 クルスだけに任せるのは少し不安ではあるが、大丈夫だろうか。

 俺の心配をよそに、ルカが言う。


「クルスに任せたら安心ね!」

「クルスは頼りになるのだわ!」

「えへへ」


 ネグリ一家はさんざん脅した。もう何もしてこない可能性の方が高い。

 クルスに任せておいてもいいかもしれない。


「ならば、クルスにこれを託そう」

 俺は魔法の鞄から、狼の被り物を取り出した。


「え? いいんですか?」

「元々クルスにもらったものだけどな。貸し出そう」

「ありがとうございます!」


 ネグリ一家は狼に怯えているはずだ。

 クルスには効果的に使って欲しい。


「りゃっりゃ!」

「えへへー。いいでしょー」


 クルスは早速かぶっている。

 そんなクルスの肩にシギが楽しそうに乗っていた。


「アルさんの匂いがします!」

「……臭くてすまない」

「臭くないですよー」


 クルスはそんなことを言ってくれる。

 気を使ってくれているのだろう。優しい娘だ。


「あ、それならフェムちゃんにも手伝ってほしいかも」

「わふ?」

「ネグリ一家を見張るのに、フェムちゃんがいたら心強いなーって」

「わふぅ」

 フェムは考えている。


「フェムはこちらに残った方が、安心かもしれないな」

『わかったのだ』

「やったー。フェムちゃんよろしくね!」


 クルスは嬉しそうにフェムを抱きしめた。


「あの! 師匠!」

「ステフ、どうした?」


 立ち上がったのは、俺の弟子である獣人魔導士のステフだ。

 ステフは俺に弟子入りする前から、冒険者をしていた。

 師である俺の目から見ても、なかなかの腕前だと思う。


「私も連れて行って欲しいのです!」

「いいぞ。ステフは結構強いからな」

「ありがとうございます!」


 それを聞いていたコレットが歩いてきて、俺の袖をつかむ。


「おっしゃん、コレットもいきたい」

「ダメです。コレットはお留守番です」


 保護者のミレットがコレットの同行を禁止した。

 コレットもミレットも優秀な魔導士になりつつある。

 だが、ミレットは別に冒険者志望ではない。そしてコレットはまだ幼女だ。

 ネグリ一家の幹部に会いに行くのに、同行させるのは気が引ける。


「コレットはお留守番していてくれな」

「むー」

「お土産を楽しみにしておいてくれ」

「わかった!」


 そして、俺はレアを見る。


「レアはどうする?」

「私も同行させてもらって、よろしいのでしょうか?」


 レアは敵に催眠をかけられて、精霊召喚をしていた娘だ。

 父は魔族、母は獣人という変わった魔導士である。

 育ての親であった兄が、精霊召喚騒動に関わっている疑惑が高まっている。


「構わないぞ。クルス。いいだろうか?」

「いいですよー」


 レアは今は罪を償っている最中だ。

 領主たるクルスが下した判決は労働刑。当初は死神教団の村で労働していた。

 だが、今はヴァリミエの要請を受けて、リンドバルの森で魔動機械づくりを教えている。

 生徒はヴァリミエの他に、ヴィヴィと俺の弟子たちだ。


「ヴァリミエも構わないだろうか。今は魔動機械の勉強中だろう?」

「概ね教えてもらったのじゃ!」

「はい。ヴァリミエさんには、もう教えることはないかも……。私より優秀な魔動機械技士かもしれません」

「照れるのじゃ」


 ヴァリミエも森の隠者と言われる大魔導士だ。

 教えを理解するのも早いのだろう。


 詳しく聞くと、どうやら、そろそろ死神教団での労働に戻る予定だったらしい。

 そういうことならば、チェルノボクにも聞いたほうがいいだろう。


「チェルノボクも、構わないだろうか」

「ぴぎっ」


 一声鳴いて、チェルノボクは俺のひざの上に来る。

 そして、ふるふるしながら言った。


『だいじょーぶ!』

「ありがとう」


 チェルノボクは死神教団の教主なのだ。

 死神の使徒でもあるスライムだ。


 ヴァリミエが言う。

「わらわも、行ってみたいところではあるのじゃが……」

「なにか問題があるのか?」

「いや、なに……大したことではないのじゃが」

「ふむ?」

「そろそろ、ライの子供が生まれるのじゃ」


 ライはヴァリミエの相方である巨大な獅子だ。ちなみにオスだ。


「すごい!」

「りゃっりゃ!」

 クルスが身を乗り出した。その肩に乗っているシギも羽をバタバタさせる。


「まあ、産むのはライではなくて、ライの嫁さんなのじゃがな」

「それはめでたいな。というか、ライに嫁さんがいたのか……」


 ヴァリミエはうなずく。

「わらわも知らなかったのじゃが……かなりまえから逢瀬を重ねていたようじゃ」

「ライは大きいから嫁さんも大きいんだろう?」

 相手を見つけるのも大変かもしれない。


「ライほど大きくはないのじゃが、まあ大きいのじゃ」

 ライは嫁が臨月になってはじめて、連れてきたのだという。


「少し複雑な気分じゃ」

 ヴァリミエはそんなことを言う。

 信用されていないと感じたのかもしれない。


「臨月になってから連れてきたんだろう? それこそ信頼して頼りにしている証拠だろう」

「……そうじゃろうか?」

「そうだろう」

「そうじゃな!」

 ヴァリミエは嬉しそうに微笑んだ。


「リイも可愛いんだよー」

「お腹もだいぶ大きくなってきてますし、ライもリイのところに一生懸命ご飯を運んでました」


 どうやら、ライのお嫁さんはリイというらしい。


「ライもリイも初産ゆえな。万一に備えて、わらわはリンドバルの森になるべくおるつもりなのじゃ」

「そうしたほうがいいな」


 ヴァリミエは旧魔王領の街にはいかないことに決まった。

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