第316話

 クルスが笑顔でモーフィとフェムを撫でながら言う。


「昼過ぎまでどうしますか? まだ少しありますけど。応接室をいつまでも占拠するのもあれですし」

「クルスの館にでも移ろうか?」

「それもいいかもしれませんねー」


 父トリルはそれを聞いて、首を振る。


「応接室には、いくらでもいてくださって構いません」

「いやいや、ご使用の予定もあるでしょう?」

「そんなものは、いくらでも変更できますから。別の部屋がよろしければ用意いたします」


 父トリルは、息子トクルを、なるべく自分の家に居させたいのかもしれない。

 父として息子を心配する気持ちはわかる。


「そういうことならば……お願いします」


 俺たちは父トリルの言葉に甘えて、応接室から客室へと移動した。

 当然、父トリルと息子トクルも一緒だ。


「おっと、大事なことを忘れていた」


 俺は部屋に入ると、息子トクルの体に魔力探査をかけた。


「こ、これは?」


 息子トクルは戸惑ったような声を出す。

 何の魔法がかけられているか、わからないはずだ。

 だが、魔法がかけられていることはわかるのだろう。


「魔力探査だ。なにか魔法をかけられていないか調べないとな」

「魔法でございますか?」


 父トリルは不安そうに、こちらを見ている。


「今回の敵は精神支配系の魔法が得意な可能性があるので。一応調べておくべきかと」

「そうですね。よろしくお願いいたします」


 父トリルは安心したようだ。一方、息子トクルはまだ不安そうだ。

 俺は気にせず、魔力探査を続ける。


 かけたのはフェムやクルスがゾンビ化しかけた肉を食べたときにかけた魔法だ。

 体内に入り込んだ魔法の虫も、体に付着した小さな魔道具も見つけ出せる。

 効果は折り紙付きである。

 とはいえ、過去にかけられた軽い魔法の催眠などはわからない。


 俺が魔力探査をかけている間、モーフィがしきりに息子トクルの匂いを嗅いでいた。

 モーフィは邪な力には敏感なので頼りになる。


「一通り調べましたが、今現在、何か魔法をかけられているということはないようです」

 父と息子は安心したようだ。


「ありがとうございます。お前も子爵閣下にお礼を言いなさい」

「ありがとうございます」


 息子トクルが頭を下げている横で、父トリルは言う。


「安心しましたが……。そうでしたか」

「どうしたの? 少し残念そうに見えるけど」


 クルスが父トリルの表情を見て、目ざとく言った。


「いえ、魔法がかけられていなかったのは、喜ばしいことです」

「うん、そうだね」

「ですが……。その場合、愚息が本当に間抜けだったということになってしまいます」

「なるほどー」

「もぅもぅ」


 クルスは納得して、うんうんとうなずいた。

 その横では、モーフィもうんうんとうなずいている。


 魔法をかけられていたのなら、それは仕方がない面もある。

 高位魔導士が本気でかけた魔法に、素人があらがうすべはあまりない。


 だが、全てが素の行動の結果だったとすると、後継者として頼りないことこの上ない。

 トルフ商会は急成長中の商会なのだ。

 後継者にはそれなりの素質が求められる。


 息子トクルはしょんぼりしている。

 フォローしてあげたほうがいい気がした。


「とはいえ、今現在かかっている魔法を調べただけですから」

「と、おっしゃいますと?」

「例えば敵と出会ったばかりのころ、半年ほど前に軽い魔法をかけて信用させやすくしたなどはあったかもしれません。その場合は痕跡が消えているのでわかりません」

「……なるほど。魔法とは恐ろしいものなのですね」

「使い手次第では。ですが、精神支配系の魔法の使い手など滅多にいませんよ」

「それでも心配になりますね」

「でしたら、精神抵抗耐性を上げる護符でもおつくりしましょうか?」

「よろしいのですか?」

「もちろんです」


 護符の効果など、たかが知れている。それでも軽い催眠程度なら防げるはずだ。

 俺は魔法の鞄から材料を取り出して、護符の作成にかかる。

 何でもいいから携帯できるものに、効果のある魔法陣を描けばよいだけだ。


 俺は護符を作りながら、父子に向けて言う。


「トクルさんは、まだ働き始めたばかりなのでしょう? これからですよ」

「もっも!」

「失敗するのは仕方ないですよ。功を焦るのも若いうちならよくあることです」

「もうも」


 俺がフォローを開始すると、モーフィが俺の隣で相槌を打ってくれる。

 モーフィなりにフォローしようとしているのだろう。


 一方、フェムは、息子トクルに興味がなさそうだ。

 つまらなさそうに、クルスのひざにあごを乗せていた。


 完成した護符は父トリルと息子トクルにそれぞれ渡しておく。

 代金は初回サービスで無料にしておいた。

 今後、製作依頼が来ればヴィヴィに有料で作成してもらえばいい。

 こういうのは俺よりヴィヴィの方がうまい。


 それから、俺たちは昼頃まで、トルフ商会の客室で過ごした。

 少し早めの昼食をご馳走になりつつ、息子トクルと父トリルに作戦を説明したりした。


 作戦と言っても、単純なものだ。

 息子トクルがいつものように交渉に出向く。

 それを陰から俺とクルスが見張る。相手が現れたら捕まえるという流れだ。


「なるべく危険はないようにしますが、完全な警護というのはありません」

「はい。理解しております。愚息のまいた種ですから。ですが……」

「もちろん全力を尽くしますよ」

「よろしくお願いいたします」


 父トリルからは、息子トクルを心配する気持ちが伝わってくる。

 可愛い息子なのだろう。だから甘くなりがちなのだ。

 それならば、リンミア商会など他所で修行させたほうがいいのかもしれない。

 だが、それはさすがに俺が口を出すべきことではない。


 そうこうしているうちに昼になる。


「では、行こうか」

「はい」


 観念したように、息子トクルは立ち上がる。

 俺は父トリルに向けて言った。


「トリルさん。息子さんをお預かりしますね」

「……あの」

「わかっています。安全には配慮いたしますよ」

「よろしくお願いいたします」


 そして、俺とクルスは変装する。

 さすがにいつもの狼と獅子の被り物ではない。

 トルフ商会で手に入れた、付け髭やフード付きのコートなどだ。


「魔法もかけておこう」

 俺とクルス、フェムとモーフィに気配遮断の魔法をかける。

 特別に激しい動きをしない限り、目立たなくなるはずだ。


 そうしておいてから息子トクルに改めて注意事項を伝える。


「いつものように、向かってくれ。さっき渡した護符は一応つけておくように」

「はい」

「きょろきょろしないように。見えなくても俺たちはそばに居る」

「わかりました」


 緊張しながら息子トクルはうなずいた。

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