第305話

 俺が真面目に考えていると、ユリーナがやってきて袖を引っ張る。


「ユリーナ、どうした?」

「それよりも予定通りリンミア商会に、行くのだわ。約束の時間だってあるのだし」

「それもそうだな」


 まだ約束の時間までは余裕がある。だが、あまりゆっくりしている場合でもない。

 何が起こるかわからないのだ。


 俺は机に並べた精霊石を、整理しつつ魔法の鞄にしまう。

 数を確認しながら丁寧にしまっていると、精霊石の数が足りないことに気が付いた。


「あれ? 精霊石が足りないな。床に落ちてないか?」

「落ちたのかしら」

「落ちた音はしなかったですけどねー」

「一応貴重なレアアイテムなのだから丁寧に扱わないと駄目なのだわ」


 そんなことを言いながら、みんな手伝ってくれる。

 だが、見つからない。


「フェム、モーフィ。匂いを嗅いでもわからないか?」

『わからないのだ』


 床の匂いを嗅いでいたフェムがそんなことを言う。

 フェムがわからないということは落ちてないのかもしれない。

 俺はポケットの中などまさぐった。


「…………」

 モーフィはその間、ずっと大人しい。

 いつもならフェムと一緒に匂いを嗅ぎまくっているはずだ。


「モーフィ?」

「もにゅ?」


 モーフィの口がもごもご動いていた。


「まさかモーフィ……」

「…………」


 俺はモーフィの口を開かせた。

 ――ころころ

 モーフィの口の中から、精霊石がこぼれ落ちる。


「モーフィ。何でも口に入れてはいけません」

「もー?」


 もしかしたら、おいしいのだろうか。

 今後、精霊石を広げるときは、モーフィが食べないように気を付けたほうがいいだろう。


「モーフィ。お腹壊すのじゃ」

「もっ」

「モーフィ、お腹すいたの?」


 ヴィヴィに窘められ、コレットにお菓子を差し出されている。


「もっも!」

 モーフィは嬉しそうにお菓子を食べた。


 そして、俺は出発の準備をする。

 王都に出かけるので、狼の被り物をかぶらなければならない。


「わふわふ」

「もっもー」


 フェムとモーフィも嬉しそうだ。俺の周りをぐるぐる回っている。


「モーフィは、リンドバルの森に行くんじゃないのか?」

『もーふぃ。おうといく』


 モーフィは念話で意思表示をはっきりとした。


「そうか。わかった」

「え、モーフィ、一緒に来ないのかや?」


 ヴィヴィが悲しそうに言う。

 ヴィヴィはリンドバルの森で、レアに魔動機械について教えてもらっている。

 リンドバルの森に、モーフィがついてくると思っていたのだろう。


「もー」

「そうか。仕方ないのじゃ」


 何が仕方ないのかわからないが、仕方ないらしい。


「ヴィヴィ、俺にもあとで魔動機械について教えてくれ」

「任せるのじゃ。教えられるぐらいしっかり学ぶつもりじゃ!」


 心強い。

 ヴィヴィは優秀な魔導士なので、期待できる。

 その時、レアが唐突に言う。


「あの!」

「どうしたのじゃ?」

「ヴィヴィさん! 私を弟子にしてください」

「えっ? なんじゃと」


 驚くヴィヴィにレアは語る。

 昨日、レアはヴィヴィやヴァリミエ、俺の弟子たちに魔動機械について教えた。

 教えることで、わかることもある。

 レアは、ヴィヴィの優秀さに衝撃をうけたらしい。


「だから、私を弟子にしてください」

「弟子になるなら、アルのほうがいいのじゃ」

「アルさんは、偉大な魔導士でいらっしゃいますが、私の魔法とはだいぶ違います」


 魔導士の体系のことだろう。

 ヴィヴィもレアもその魔法体系は、魔族のものだ。近いのだろう。


「わらわに弟子入りするより、我が師でもある、姉上に弟子入りしたほうが……」

「わらわが、ヴィヴィに弟子入りすることを勧めたのじゃ」


 ヴァリミエが、ヴィヴィの頭を撫でながら言う。

 最初、レアはヴァリミエに申し込んだ。

 だが、レアはヴィヴィに弟子入りしたほうが良いと、ヴァリミエは考えたのだ。


「なにゆえ?」

「わらわより、ヴィヴィの方が魔導士として上じゃ」

「そんなことはないのじゃ……」

「謙遜するでないのじゃ」


 戸惑うヴィヴィをヴァリミエは説得する。


「教えることでわかることもあるのじゃ」

「わかったのじゃ。レア。わらわに教えられることなら教えるのじゃぞ」

「ありがとうございます! 精一杯励みます」


 レアのヴィヴィへの弟子入りを見届けた後、俺は王都に向かう。

 ユリーナとフェム、モーフィ、シギショアラも一緒だ。

 いつものように、フェムたちはクルス邸のメイドさんにお菓子をもらっていた。


 リンミア商会へと向かう途中、俺はユリーナに尋ねる。


「どういう感じで、精霊石を売りに出すんだ?」


 裏でお得意さまだけに情報を流すのか、店頭に並べるのかでだいぶ違う。

 商会なのだから、おろし業者に情報を流すという手もある。


「それは父にお任せなのだわ」

「ユリーナの父上ってお忙しいんじゃないのか?」


 商会主であるユリーナの父自ら担当してくれると思ってなかった。

 リンミア商会には優秀な者たちがたくさんいるのだ。


「私も番頭さんにお任せするものだと思ったのだけど、父が俺がやるって聞かないのだわ」

「なるほど」


 精霊石は珍しいレアアイテムだ。商人の血が騒ぐのかもしれない。


 俺たちがリンミア商会の中に入ると、

「おかえりなさいませ、お嬢さま!」

 ものすごく歓迎された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る