第276話
自信満々な男は一体何者なのか。俺も知らない。
クルスが、軍務卿に尋ねる。
「あの人は誰なんですか?」
「勇者伯閣下には一度紹介させていただいたのですが……」
「そうだったんですね。忘れていてすみません」
「いえ、構いません。魔王討伐直後は毎日百人以上紹介されていたでしょうからな」
そういって、軍務卿は笑う。
そして、改めて紹介してくれる。
「彼は新設された魔導騎士団の団長。バルテル男爵です」
「勇者伯閣下。以後よろしくお願いいたします」
バルテル男爵は改めてクルスに向けて頭を下げた。
二十代に見えるのに、既に団長の地位にあるということは優秀な魔導士なのだろう。
もしくは家柄が素晴らしいかだ。
「よろしくです。魔導騎士団ということは、軍務卿の部下なんですか?」
「そうなりますね。すこし態度が悪いのですが、腕は一流です。軍人魔導士の中でも最強の魔導士です」
「へー。そうなんですね」
「魔法学院を首席で卒業したにもかかわらず、宮廷魔導士にならず軍に入った変わり者なのですよ」
「そうなんですか?」
その言葉で、クルスは初めてバルテル男爵に興味を持ったようだ。
「どうして、軍に入ったんです?」
「宮廷魔導士に興味が持てなかったので。もっと実戦的な魔法を使いたかったというのもありますし、色々なところに行きたかったというのもあります」
「それなら冒険者になればよかったのに」
「私も本当は冒険者になりたかったのですが、実家が許してくれなかったので」
男爵家の跡取りが、冒険者になるといえば反対されるのは当然だ。
そしてバルテル男爵はクルスに頭を下げる。
「改めてお願い申し上げます。勇者伯閣下の魔導士が圧勝したことにより、勇者伯とその魔導士の名誉は守られました」
「そうかなー」
「つきましては、魔導士ギルドの名誉のため、もう一戦、お願いできないでしょうか?」
「男爵はステフに勝てる自信があるの?」
「……はい。恐れながらございます」
「なるほどー」
そういって、クルスは俺の方を見る。
俺は首を振る。バルテル男爵はこれまでの魔導士よりもずっと強そうに見える。
ステフが確実に勝てる相手ではない。
俺が首を振ったのを確認して、クルスは頷いた。
「ステフはもう何度も試合して疲れているからなぁ」
クルスはやんわりと断っている。
「では、他の方でも構いません」
「え? いいの?」
「はい。勇者伯閣下の配下の魔導士相手に善戦できることを証明したいだけなので……」
「じゃあ……」
クルスは俺の方を見てくる。
もちろん、俺なら勝てるだろう。だが、あまり気は進まない。
魔導騎士団の団長。つまり、俺が軍務卿から就任を依頼された役職である。
俺が就任しなかった代わりに頑張ってくれているのかもしれないのだ。
クルスが俺を見たことに気が付いて、バルテル男爵は俺を見る。
「あなたも魔導士なのですか?」
「……そうなります」
「誠に失礼ながら、ステフどのと、どちらがお強いのですか?」
「師匠は、私なんかよりずっと強いのです」
ステフが力強く言った。
「なるほど。それは素晴らしい。ぜひ一試合お願いしたい」
「わかりました。一試合お受けしましょう」
俺がそう答えたとき、魔導士ギルドの魔導士たちからヤジが飛んでくる。
「バルテル男爵! わからせてやれ!」
「貴公は魔導士ギルドの誇りだ!」
それを聞いていた、バルテル男爵がふんと鼻を鳴らした。
応援されているのに、嬉しくなさそうだ。
「男爵閣下は、随分と人気者でいらっしゃいますな」
「私が軍属を志望したときは馬鹿にしていた奴らですよ」
そういって、男爵は笑った。
魔導士ギルドの魔導士たちにとって男爵も異端児なのだろう。
それから、会長の合図で、試合が開始される。
あまり時間をかけるのも面倒だ。
それでも、一応男爵に攻撃させることにする。
こちらから攻撃を仕掛けて、瞬殺したら何が起こったか理解できないかもしれない。
そうなると、まだ、負けてないとか言い出しかねないのだ。
攻撃が通じないと理解させてからじっくり倒すのが一番だ。
俺は男爵の攻撃を防いでいく。
確かに、これまでのステフが相手にした魔導士たちより随分と強い。
軍属だけあって、魔獣などとも戦うことも多いのだろう。
それなりに実戦的でもある。ステフになら勝てるかもしれない。
しばらく攻撃をしのいで、男爵の打つ手がなくなるまでまった。
その後、俺は魔力弾で男爵に攻撃する。
男爵に俺の攻撃が防げるわけもなく、まともに食らって気絶した。
これで、はっきりと力量差を自覚できたに違いない。
途端に、やじうまの魔導士どもが騒ぎ始める。
「無様に負けやがって!」
「魔導士ギルドの面汚しが!」
聞くに堪えない。
俺は魔導士ギルドの魔導士に向けて言う。
「お前ら。男爵を侮辱するってことは、俺と戦う勇気があるんだろうな?」
途端に静まり返った。口ほどにもない奴らだ。
「全員、一度にかかって来てもいいぞ?」
「……」
そう言っても、静かなままだ。
「お前ら、本当に口だけだな。恥ずかしくないのか。魔導士の面汚しめ」
「……馬鹿にしやがって!」
激昂した魔導士ギルドの魔導士が二十人かかってきた。
火炎弾で全員の顔を焼いておいた。
あまり強力な火炎弾を使うと、試合会場の能力を超えてしまう可能性がある。
だから細心の注意を払って火力を抑えた。
「火力が弱すぎたか……」
火炎弾の強さが弱すぎたようだ。そのせいで気絶させられなかった。
全員、顔をあぶられながら、ギャーギャー言っている。尋常じゃない苦しみようだ。
本当にノーダメージなのか不安になる。
俺は一度、火炎弾を消して確認する。全員無事だ。
さすがは魔導士ギルド。高性能な魔道具だ。
「火力が弱いのがまずかったか。とどめを刺してあげたほうがいいな」
全員がのたうち回って苦しんでいる。あまり苦しみを長引かせるのはよくない。
気絶させてやるべきだろう。
俺は改めて全員の顔を火炎弾であぶる。
会場の限界を超えないよう配慮しつつ、じわじわと火力を上げた。
しばらくあぶると、無事、全員が気を失ったようだ。
「これでよしと」
そして、皆のところに戻る。モーフィも嬉しそうに、寄ってきた。
「もっも」
「モーフィもフェムもシギも、大人しくしていて偉かったぞ」
「わふ」
「りゃっりゃ」
俺がモーフィとフェムとシギを交互に撫でまくっていると、クルスが無邪気に言う。
「モーフィちゃんや、フェムちゃんが暴れたら、この建物壊れちゃうもんねー」
「もっもー」
『当然なのだ』
俺が獣たちを撫でていると、会長がつぶやいた。
「なんという惨い、恐ろしいことを……」
なぜか、会長が怯えたような目でこちらを見ていた。
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