第277話

 会長はわなわなと震えながら、呻くように言う。


「倒れても、まだ許さず、改めて焼くなど……」


 自分の部下を必要以上に痛めつけられたと勘違いしているのかもしれない。

 誤解は解かねばならぬだろう。


「ああしてやった方がいいんですよ」


 気を失った方が苦しみは少ない。だから、もう一度火炎弾を放って焼いた。

 長時間苦しめるのは俺の本意ではない。

 いくらクズの集まりでも、そのぐらいの情けはかける。

 俺は心優しい魔導士なのだ。


「……当然の報いであると、……そうおっしゃりたいのですかな?」

「いえ、情けをかけたつもりですが……」

「あれで……」


 会長がさらに怯えた気がした。

 俺は優しい魔導士なのに、誤解されている気がする。

 弁解しようと口を開きかけたとき、クルスが笑顔で言う。


「アルラさん、この会場すごいですね」

「ええ、本当にすごい魔道具のようです」

 会長の前なので、俺はクルスに敬語で返す。


「会長。会場が引き受けてくれる許容量ってどのくらいなんです?」

「……さあ。限界まで試してみればわかるのかもしれませんが……そのようなことしたこともないので」

 細かく震えながら、会長はクルスに返事をした。


「なるほどー。アルラさんならわかりませんか?」

「限界まで試してみるのですか? 失敗したら死んでしまうかもしれませんよ」

「うーん。死なない程度に火炎弾を調節することぐらい、アルラさんなら楽勝でしょう?」

「出来ないこともないですが……」


 それを受ける人が大変だ。クルスは無邪気に恐ろしいことを言う。

 俺がふと横を見ると、会長が俺を恐ろしいものを見る目でみていた。


 やはり、会長に俺が無慈悲な魔導士だと誤解されている。

 これは一試合して、俺の優しさを実感してもらった方がいい。


「俺と一試合、会長もどうですか?」

「えっ?」


 会長がびくっとした。震えが一層激しくなった。

 武者震いだろうか。会長も一時代を築いた魔導士だ。

 眠っていた闘志に火が付いたのかもしれない。


「会長が相手ならば、私も力を出せますからね」

 全力を出せるとは言っていない。


「そんな、滅相もない」

「会長も腕に覚えがあるのでしょう?」

「いえ、私などと戦っても、アルラさんはつまらないでしょう……」


 会長は冷汗をだらだら流している。


「ははは、これは、ご謙遜を。ぜひ、俺と一試合」

「めめめ滅相もない。私めなど、アルラさんに比べれば……」

「会長も、かつては宮廷魔導士長だったのでしょう? 一流の魔導士なのは間違いありますまい」

「いえ! いえっ! 滅相もないことでございます。私などはただのごみのような魔導士でありまして……」

「ごみですか?」


 なぜ、そこまで自分のことを卑下するのかわからない。

 それに、会長は声が震えて、小さいのだ。よく聞こえない。

 だから、ゆっくりと会長に近づきながら、よく聞いてみることにした。


「会長。よく聞こえませんでした。なにが、ごみなんですか?」

「ひぃっ」


 会長が息をのむ。顔が真っ青だ。


「大丈夫ですか? 顔色がお悪いようですが……」

「だ、大丈夫でございます」

「で、なにがごみなんですか?」

「わ、私めでございます! ご、ごみは私めでございます」

「はぁ」

「ごみはごみでも、燃えるごみではありません。ですから燃やすのはどうかお許しいただければ……」


 会長が何を言いたいのかさっぱりわからない。

 都会の魔導士ジョークだろうか。


「つまり、会長は燃えないごみということですか?」

「も、もちろん、アルラさんにかかれば、私を燃やすことなど容易いことでございましょう。まったく疑ってはおりません」

「はあ」

「ごみというのは、比喩でございます」

「比喩ですか」


 会長はひざまずいて、許しをこいはじめた。

 まるで、懺悔する敬虔な信者である。ちょっと怖い。


「ごみのような私どもがアルラさんの弟子を侮辱するなど……」

「反省していただけたのならば、それは、なによりですけど」

「反省しました。私は心より反省いたしました! ですから燃えるごみとして私を燃やすのはどうか、どうか……」


 そこまで謝ってもらえるとは思わなかった。

 真摯に話し合えば、心は通じるものだったのだ。

 燃えるごみのくだりはよくわからないが、とてもよかった。

 獣人をいじめていたことを反省してくれたようだ。とても嬉しいことである。


 だが、それと試合はまた別の話である。


「それはそれとして、会長、どうですか? 一試合」


 会長は口をパクパクさせる。


「今日は体調が悪くて……」

「体調がお悪いのでしたら、日を改めてもいいですよ?」

「そ、それは……」

「明日でもかまいませんし、明後日でも、来週でもいいですよ?」

「勘弁してください」


 あまりに拒否するので、理由を考える。

 そして、一つ思いついた。


「もしかして、会場の問題ですか?」

「は、はい!」

「会場の都合が悪いのでしたら、場所を変えてもいいですよ?」

「えっと、そうではなく……」

「もしなんだったら会長の御自宅でも……」

「ひぃ」


 会長は息をのむ。


「……許してください」

「なにをですか?」

「私には子や孫がいるのです」


 今の話と子や孫の話が、どうつながるのかわからない。


「それが一体何の関係が?」

「ど、どうか」

「会長のお子さんやお孫さんと試合をして欲しいということですか?」

「ち、違います! 絶対に違います! どうか、どうかお許しください」


 顔が土気色になった会長は土下座を始めた。

 そこまで反省していたとは思わなかった。


 俺は会長に近づく。そして、抱き起そうと肩に手を触れた。

「会長、顔を上げてください」

「ひっ」


 俺が肩に手を触れた瞬間、会長は悲鳴を上げ、泡を吹いて気絶した。

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