第272話

 事務局長は顔が真っ赤になった。俺とクルスの挑発がよく効いているようだ。

 魔導士ギルドにいた魔導士たちが、怒りに満ちた目でこちらを見ている。

 ここまで作戦が、うまくはまるとは思わなかった。


「……魔導士ギルドを、馬鹿にしていらっしゃるのでしょうか?」


 事務局長は丁寧な口調だ。だが、怒りを抑えているのがまるわかりだ。

 拳が細かく震えている。

 おそらく、事務局長自身もそれなりの魔導士に違いない。


 俺は事務局長に向けて言う。


「先に伯爵閣下の仲間を馬鹿にしたのはそちらでしょう?」

「なんのことでしょうか」


 事務局長はとぼけているわけではなさそうだ。

 心底、何のことかわからないといった表情をしている。


「ぼくの仲間の獣人魔導士について侮辱したこと忘れたとは言わせませんよ」


 クルスの言葉でやっと、思い至ったらしい。

 事務局長は少し微笑んだ。


「あれは侮辱ではありません。事実を述べたまでです」

「それが侮辱だと言っているんです」

「獣人が魔導士として、出来損ないなのは歴とした事実ですよ」

「魔導士ギルドの会員にも、獣人の方はいるはずですけど?」

「それは個人の自由です。いかに出来損ないでも憧れることは、あるでしょうからね」


 クルスが無言で事務局長の襟首をつかむ。容易に持ち上がった。


「ぐぅ……は、はなしてください」

「クルスさん、落ち着くのです。私は気にしていないのです」

「そうですよ。伯爵閣下」


 俺はクルスの肩に手を置いて言った。

 クルスが手を放すと、どしゃりと事務局長は床にへたり込んだ。


「雑魚が何を言っても、負け惜しみにしか聞こえませんからね」

 俺がそういうと、事務局長に思いっきりにらまれた。


 その時、二階から男性二人が降りてきた。

 一人は白髪に、白く長いひげ、高級そうなローブを着ている。

 まさに魔導士らしい魔導士だ。


「何の騒ぎですか?」

「こ、これは会長。お騒がせして申し訳ありません」


 事務局長が慌てた様子で頭を下げた。

 魔導士ギルドのグランドマスターだ。一応俺も顔だけは知っている。

 魔導士ギルドのグランドマスターは、なぜか会長と呼ばれるのだ。


 そして、もう一人とは面識があった。軍務卿である。

 魔王討伐後、俺に魔導騎士団の団長になってほしいと依頼してきた人物だ。

 俺の存在に、最も気づかれてはまずい人物の一人でもある。

 仮面をつけていて本当によかった。


 軍務卿はクルスに気がつくと、笑顔になる。


「これはこれは、勇者伯閣下。このようなところでお会いできるとは。今日は良い日ですな」

「お久しぶりです! 軍務卿」


 会長もクルスに笑顔を向ける。


「これはコンラディン伯。当ギルドに、よくぞおいでくださいました」

「会長。先日お約束した通り、試合しに来ました」

「試合ですか?」


 会長は知らないようだ。

 そんな会長に向けて、クルスが経緯を説明する。


 獣人魔導士を馬鹿にした事務局長との間で、そのような話になった。

 それを聞いて、会長は眉を顰める。


「事務局長、なぜ報告しないのですか?」

「申し訳ございません。つい、魔導士ギルドを馬鹿にされ、かっとなり……」

「本当に仕方がないですね。伯爵、私の顔に免じて、許してやってくださいませんか?」

「事務局長がステフに土下座して、獣人を馬鹿にしてごめんなさい。二度と馬鹿にすることは致しませんと誓うならいいですよ」

「獣人が魔導士として不適格なのは事実……」


 事務局長は不満げに言う。

 会長の前だからか、出来損ないから、不適格と言葉を和らげてはいた。

 クルスが怒る。


「まだ、いうんだね!」

「で、ですが……」


 事務局長は慌てて弁解しようとしている。

 それでも、獣人が出来損ないという結論を変える気はないらしい。


 それを見ていた、ティミが呆れたように言う。

「もう、試合して白黒つければいいであろ。さっさと代表をださぬか」

「……そこまでいうならば、魔導士ギルドの誇りをかけて受けて立ちましょう。会長構いませんね?」


 事務局長がそんなことを言う。何が誇りか。

 そんな歪んだ誇りなど、どぶに捨ててしまえばいい。

 会長はため息をついた。


「軍務卿閣下がいらっしゃるのです。そういう子供じみたことは――」

「私は構いませんよ。むしろ興味があります」

「……興味でございますか?」

「宮廷魔導士たちや魔法学院の教授たちは、皆が口をそろえて事務局長と同じようなことをおっしゃいます」


 それを聞いて、事務局長は満足そうにうなずく。


「それは、そうでございましょう。魔導士の常識でございますから。議論の余地のないことです」

「ですが、私は常日頃から、それに疑問を持っていました。本当に獣人が不適格なのかと」


 それを聞いてクルスがいう。


「試合をすれば、すぐにわかるよ」

「そうですね。ぜひ拝見したいものです」


 軍務卿にそう言われて、会長はため息をついた。

「軍務卿閣下がそうおっしゃるのならば。魔導士同士が試合できる場所があるので、そちらに移動しましょう」


 軍務卿と一緒に移動する。

 会長に案内された会場は、かなり広い空間だった。


「会場自体が、魔導士ギルドの宝、神代の魔道具です」


 会長は自慢げに言う。

 どうやら、魔法の鞄に似た原理で、空間を広げているのだという。

 そして、中にいる人物のうけた魔法ダメージを会場自体が引き受けてくれるらしい。


「それは、なかなかの魔道具であるな」


 古代竜の子爵、ティミショアラも感心していた。

 確かに凄い魔道具だ。


 試合すると聞いたからだろう。魔導士ギルドの魔導士たちが続々と集まってくる。

 見物人は多い方がいい。多くの人の前で勝った方が効果がある。


 目撃者は多くの魔導士に加えて、魔導士ギルドにとっての部外者軍務卿である。

 試合の舞台が整った。

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