第271話

 魔導士ギルドの建物は、三階建ての大きなものだ。

 クルスは俺たちを見回して言う。


「アルさん。戦いが始まりますね」

「いや、戦いというほどのことではない。精々喧嘩だ」

「言葉の綾というやつですよ! 喧嘩でも負けられない喧嘩ですから戦いです」

「まあ、それもそうか」


 あくまで、目的は獣人の召喚魔法の使い手に関する情報だ。

 だが、クルスはステフを馬鹿にされたことが許せないのだろう。

 俺も気持ちは同じである。


 俺はステフと、ミレット、コレットの姉妹に言う。


「気楽でいいぞ。もしやばい奴が出てきたら、俺が出る」

「心強いのです」

「ミレットとコレットは多分出番はないと思うから、気楽にな」

「もしものときは、がんばります」

「コレット、ステフねーちゃんの試合楽しみなんだよ!」


 ステフとミレットは少し緊張気味だ。

 特にステフはすごく緊張しているように見える。

 戦闘の前は仕方がない。こればかりは慣れるしかない。


 だが、コレットは全く緊張していないように見える。

 末恐ろしい幼女だ。いや、幼女だからこそ緊張とは無縁なのだろうか。


 俺は、一番緊張しているステフの目を見る。


「やばい奴が出てきたら俺が出るということは、俺が出ない限り、そいつはやばくないってことだ」

「なるほどなのです」

「やばくないってのは、ステフが勝てる相手ということだぞ」

「わかったのです」


 ステフは少し安心したように見えた。

 それから俺はミレットとコレットを見る。


「ミレットもコレットも、そういうことだから安心してほしい」

「自分の腕前はともかく、私はアルさんの目は信用してます! だから仮に試合になっても何も怖くないです」

「信用してくれてありがとう」

「いえ、そんな」


 ミレットはなぜか照れていた。


「コレットも安心した!」

 元から安心しきっていたように見えたコレットがニコッと笑った。


「まあ、子供の喧嘩に親が出るようなもんだし、なるべく俺は出たくはないのだがな」

「全部アルがやった方が早いのじゃ」

「それだと、大人げない感じがするだろう」

「それもそうじゃな! もしあれならわらわが出ても良いのじゃ」


 ヴィヴィはそう言ってくれる。

 だが、ヴィヴィは戦闘より学術タイプの魔導士だ。

 戦闘に関しては、ミレットやコレットより弱い可能性すらある。

 そうはっきりと言えば、ヴィヴィがへそを曲げるかもしれない。


「ヴィヴィが出るぐらいなら、俺が出たほうがいいかもしれない」

「なぜじゃ?」

「魔族だし。元魔王軍四天王だからな。負けて当然って流れになっても腹立つだろう」

「それもそうじゃな」


 それを聞いていた、ティミが言う。


「我が出てもいいぞ」


 ティミショアラの鼻息は荒い。


「ティミがでたら、王都が灰燼に帰しかねないから、俺に任せてくれ」

「我も手加減ぐらい出来るとはおもうが……。まあアルラに任せよう」

「ありがとう」


 次に、俺はフェムとモーフィを見た。


「わふ?」

「も?」

「わかっていると思うが、大人しくしておくんだぞ?」

『わかっているのだ』

『もーふぃわかってる』

「試合にも出さないし、絶対に暴れたらだめだからな」

『くどいのだ』

『だいじょうぶ』


 フェムとモーフィは鼻息が荒い。不安である。


「ヴィヴィ、ティミ。フェムとモーフィを頼む」

「任せるのじゃ」

「了解したぞ」


 それを黙って聞いていたクルスがうなずく。


「では、行きますね」

「おう」


 クルスは魔導士ギルドの扉を開くと、堂々と中へと歩いて行った。

 俺たちはそれについて行く。

 変な仮面をつけたもの二人に動物が二頭もいるのだ。どうしても目立つ。

 ギルド内の視線が一斉に注がれる。受付がにわかに慌ただしくなった。


 受付の中にいた一番偉そうな人物が慌ててやってくる。

 おそらく事務長などの役職についている人物に違いない。


「これはこれは、コンラディン伯爵閣下。お久しぶりでございます」

「お待たせしてすみません。えっと確か事務局長さんでしたね」

「よく覚えていてくださいました。光栄の至りです」


 事務長ではなく、事務局長という役職らしい。

 どちらにしろ、同じようなものである。


「早く来ようと思っていたのですが、何かと忙しくて……」

「ええ、領主の重責。お忙しいことでしょう。我ら魔導士ギルドは、その方面でも伯爵閣下を手助けできることでしょう」


 領地運営にも魔導士が役に立つと売り込んでいるのだ。

 それにはとりあわず、クルスは笑顔のまま言う。


「うちの魔導士がギルドの魔導士より優秀だということを証明しに来ました」

「え……、それは……」


 事務局長は戸惑っていた。

 あくまでも、それは売り言葉に買い言葉。その上、クルスもしばらく顔を出さなかった。

 だから、無かったことになっていると考えていたのかもしれない。


「でも、約束ですからね。対戦相手を出してください」

「ですが、閣下……」


 事務局長は困惑しながら、俺たちの方をちらりと見た。


 うまく作戦通り進んでいる。

 道中、俺とクルスは試合を断られないよう、軽く打ち合わせをしたのだ。

 俺は作戦通り、事務局長に向けて言う。


「試合などしなくてもいいと、我々も申し上げたのですが、閣下は約束だからと……」

「ぼくは約束をまもるからね!」

「ですが……試合なぞ――」


 俺を味方だと思ったのか、事務局長が助けを求めるような目でこちらを見た。


「魔導士ギルドの魔導士など、プライドが高いだけの雑魚ばかりだから、試合にならないって、伯爵閣下には申し上げたのですが……」

「な、なんですと……」

「ぼくは、そんなことはないだろうって思うんですよ」

「さすがは伯爵閣下。ご慧眼にあらせられます。恐らく魔導士ギルドの魔導士に惨敗するのを恐れての言い訳――」


 引きつった笑みを浮かべている事務局長らしき男の言葉をさえぎって、俺は言う。


「伯爵閣下は魔導士ギルドの魔導士でも、五分ぐらいは持たせられるに違いないっておっしゃられて……」

「……五分ですか? 一体何のことでしょう?」

「みんな、魔導士ギルドの魔導士なんて、三分かからないで倒せるって言うんですよ」

「……っ」


 煽られすぎて、事務局長らしき男が言葉に詰まる。


「だから、賭けたのですよ。何分持つか。私は三分、伯爵閣下は五分です」

「我は二分だと思う」

「わらわは一分じゃと思う」


 ティミとヴィヴィとは打ち合わせをしていないのに、そんなことを言う。


「あなたたちが、何分持たせられるのか知りたいので、試合をしましょう」


 クルスは満面の笑みでそう言った。

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