第267話

 俺はティミショアラのもとに歩いていく。

 ティミの巨体はがれきに埋もれたままだ。


「ティミ。大丈夫か?」

「うむ。アルラの重力魔法さえなければ、この程度のがれき、布団よりも軽いぐらいだ」


 そんな布団は嫌だ。ティミはきっとそのぐらい軽いと言いたいのだろう。


「りゃぁ?」

 シギショアラががれきに埋もれたままのティミを見て鳴く。


「シギショアラ!」

 シギの声を聞いた途端、ティミが起き上がる。

 あまりに勢いよく起き上がったので、がれきが飛んだ。

 古代竜の貴族たちが羽を広げて、ヴィヴィたちをがれきから守っている。


「シギショアラ、叔母さんはがんばったぞ!」

「りゃありゃあ」


 巨大なまま、ティミは鼻先をシギに寄せる。

 その鼻先をシギはペシペシ叩いた。


「ティミ。がれきが飛ぶからゆっくり動いてくれ」

「す、すまぬ、アルラ」


 そして、ティミはヴィヴィたちに向けて尋ねる。


「がれきを飛ばしてすまぬ。大丈夫であったか?」

「大丈夫だよー」


 コレットが元気に叫んだ。

 ヴィヴィやステフ、フェムは固まっているようだ。

 六頭の古代竜に囲まれているのだ。固まっても仕方がない。


「おっしゃん、すごかったよー」

「もっもぅ!」


 コレットはモーフィに乗って駆けてきた。

 恐れを知らない幼女と牛である。


「ティミちゃんもすごかったよー」

「もっも!」

「うむ。そうであろう、むふー」


 コレットとモーフィに褒められて、ティミは嬉しそうだ。

 鼻息が荒くなる。部屋に暴風が吹き荒れた。


「きゃっきゃ」

「りゃっりゃ」


 暴風にコレットとシギは大喜びだ。


「お、楽しいのか。むふー、むふー」

「きゃっきゃ」

「りゃっりゃ」


 シギが嬉しそうにするので、ティミも調子に乗って鼻息を荒げる。

 コレットとシギは喜んでいるが、それ以外のものは怯えている。

 ステフとかフェムが、特に怯え気味だ。


 その時、一頭の古代竜の貴族、おそらくコヴァス男爵が近寄ってきた。


「子爵閣下。治療を……」

「このぐらい、どうということはない」

「ですが、打撲されております。それに、これが私の仕事ゆえ」

「そうか。頼む」


 コヴァスの手が光る。回復魔法だ。


「古代竜の回復魔法か。シギもしっかり見ておくんだぞ」

「りゃっりゃ!」


 シギは目を輝かせて治療の様子を見ていた。

 シギに見つめられて、コヴァスは明らかに照れていた。


「治療は終わりました」

「ありがとう。ほかの者たちの治療はどうであるか?」

「すでに調べましたが、怪我はしておりませぬ。アルフレッドラ閣下の並外れた力量のおかげでございましょう」


 いつ調べられたのだろう。弟子たちは、そんな感じの表情をしていた。

 俺はティミに向かって言う。


「ティミ、そろそろ、人の姿に戻った方がいいかも」

「そうか。アルラがいうなら、人の姿になろうではないか」


 ティミは瞬く間に人の姿に変化した。

 そして、古代竜の貴族たちに言う。


「そなたたちもご苦労だった」

「RYAAAAA」


 古代竜の貴族たちは鳴きながら、頭を下げる。


 ティミが人型に戻ると、フェムやヴィヴィ、ミレットにステフが駆けてきた。

 巨大な古代竜の貴族たちより、人型のティミの方が怖くないからだろう。


「ティミ、天井と壁を壊してしまったが、大丈夫か?」


 天井のうえにも、さらに天井があったようだ。

 それゆえ極地の冷気が入ってこないのは幸いだ。


「部屋を封鎖して放置しておけば勝手に修復されるであろう」

「どのくらいかかるんだ?」

「うーん、これほど壊れたら……、ひと月ぐらいはかかるやもしれぬ」

「たった、ひと月で治るのかや?」


 ヴィヴィが驚いている。俺も驚いた。

 現代魔法の技術の粋を結集しても、自動で修復させるには数年かかるだろう。


「恐らくだが、そのぐらいであろうな」

「なんという魔法技術じゃ……」

「神代のものだからな」

 どこかティミは自慢げだ。


「わふぅっ!」

 フェムが驚いたようにひと声鳴いた。

 尻尾がピンと立っている。


 いつの間にか、古代竜の貴族たちが近寄って来ていた。

 巨体なのに、気配を消して近寄ってくるのはやめて欲しい。

 それにしても、古代竜たちは気配を消すのがとてもうまい。


 俺は古代竜の貴族たちに頭を下げた。

「お手伝いありがとうございます」

「Ryaaaa……。無礼な物言いをいたしました」


 貴族たちは、ティミやコヴァスと同じように、古代竜の姿のまま人語を話す。

 人語の発話は念話よりずっと高度な魔法だ。

 なんなく人語を発話するとは、さすが古代竜の貴族である。


「無礼ですか?」

 特に俺には無礼を働かれた覚えはない。


「アルフレッドラ閣下が、これほどお強い方だとはつゆほどにも思わず……」

「アルラは強いのだぞ。ただの人族だと思ってはならぬぞ」


 ティミがどや顔で言う。


「アルフレッドラ閣下の力を見誤り、試合前に差し出がましいことを申しました」

「大変無礼なことを……」

「申し訳ありません」


 古代竜たちは頭を下げる。下あごを床につけた。

 試合前にティミに試合をやめるよう進言していたことを詫びているのだろう。


「お気になさらないでください。私の身を案じてくださったのでしょう?」

「なんという寛大な……」

「ありがとうございます」


 そのとき、俺の懐に入っていたシギが鳴く。


「りゃっ!」

「「「ははーーー」」」


 古代竜たちは、一斉にごろんごろんと床に転がる。

 そして、こちらに向けて、お腹を見せた。


「りゃっりゃー」

「畏れ多きお言葉、感謝いたします」


 古代竜の貴族たちは、何やら感動しているようだった。


 その後、ティミの案内で、別室に移動する。

 人族サイズに対応した応接室だ。


 そこに、人型になった貴族たちがお茶やお菓子を持ってきてくれた。


「あ、ありがとうなのです」


 古代竜だと知っているからか、ステフは固い。

 そんなステフに俺は尋ねる。


「試合してみてどうだった?」

「緊張したのですが、やれることは全部やれたと思うのです」

「うん、ステフの戦い方は、よかったと思うぞ」

「ありがとうなのです」


 弟子たちの成長を確認出来て、有意義な一日だった。

 俺は満足して、古代竜のお菓子を食べた。

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