第265話

 師匠として、降参したミレットに向けて言う。


「ミレット。いい戦い方だ」

「ありがとうございます」


 ミレットは嬉しそうに笑う。

 そんなミレットにティミショアラがさりげなく水を差しだした。


「ありがとうございます」

「うむ。良い試合だったぞ」

 ティミも満足そうにうなずいている。


「ミレットも筋がいい。この調子で頑張れば、大魔導士になれるぞ」

「そんな、私なんか……魔法をはじめたのも、大きくなってからですし」

「いや、本当だ。もしかしたら、魔法を始めるのは幼いほどいいという説は誤りだったのかもしれないな」


 そういうと、ミレットは照れる。

「アルさんはお世辞がうまいです」

「いや、お世辞ではないぞ」


 その時、モーフィが俺の袖を咥えた。


「もっも」

「どうした?」

『もーふぃもしあい』

「そうか、モーフィとも試合するという話だったな」

「もぅ」

「フェムも一緒に試合するか?」

『順番に試合するのだ』

「そうか。どっちが先にする?」


 俺がそういうと、フェムとモーフィは相談を始めた。


「わふ」「もっも」「わふわふ」

 しばらく、そうした後、フェムが来る。


『フェムから行くのだ』

「了解。いつでもいいぞ」


 フェムは俺から少し離れる。そして本来の大きな姿に戻る。


「がおおおおおおおおおんっ!」


 フェムは大きな声で咆哮すると、一気に駆けてくる。

 咆哮に魔力は混じっていない。ただの気合を入れるための咆哮なのだろう。


 フェムの速さは矢の様だ。

 駆けながら、口から魔力弾を次々に放ってくる。

 その破壊力もかなりのものだ。


「なかなかやるじゃないか」

「わぅ!」


 俺は手に魔法障壁をまとわせると、フェムの魔力弾を叩き落とす。

 その時、一瞬でフェムの姿が俺の視界から消える。

 横に素早く飛んだのだ。瞬発力がすさまじい。


 俺がフェムの方向に体を向けると同時に、フェムからの魔力弾が飛んでくる。

 その魔力弾を俺は叩き落とす。俺の体勢が少し崩れた。

 そこに隙を見出したのだろう。

 フェムの牙が襲い掛かってくる。喉笛をかみ切る勢いだ。


「うぉっ!」

 咄嗟に右手で上あごの牙を、左手で下あごの牙を掴んだ。

 フェムが口を閉じようとする。顎の力がとても強い。

 ギリギリと口が閉じていく。俺の体にフェムの牙が届きかける。

 少しやばい。


 俺はフェムの真下から、魔力弾を撃ち込んだ。

 咄嗟にフェムは後ろに跳びはねてかわす。


「なかな……」

 俺はフェムをほめる言葉をかけようとした。

 だが、フェムは間髪入れずに、再び距離を詰めている。

 咄嗟に飛びのいたのは、今度は俺の方だった。


 ――ガチッ!

 先程まで俺のいたところにフェムの牙が咬合した。

 飛びのいた俺にフェムの魔力弾が襲い掛かる。

 さすがは魔天狼にして魔狼王だ。とても強い。


 俺もやられっぱなしではいられない。反撃に転じる。

 痛くない右足に魔力を溜めて、フェムに一足飛びで跳びかかった。


「がうっ」


 一瞬、フェムは驚いたようだった。だが、すぐに反撃体制を整える。

 魔力弾を俺に向かって撃ち込みながら、爪でなぐ。

 俺が宙にかわしたところに、牙で襲いかかってくる。

 鼻の頭を手で抑え、フェムの後方へと飛び越えた。


 フェムは即座に反転し、再度牙で襲いかかってくる。その動きは読んでいた。

 俺はフェムの顎の下に潜り込み、首の皮を捕まえ投げ飛ばす。

 フェムは仰向けに転がる。起き上がろうとするフェムを魔法で抑えつける。

 シギショアラの母、大公ジルニドラにやった魔法による抑えつけだ。


 フェムはしばらくもがいていたが、動けなくて降参した。

 すぐに、小さないつもの姿に変化した。


「やっぱりフェムは強いな」

『手も足も出ないのだ』

「そんなことないだろ」


 俺はフェムの頭を撫でまくってやった。


「わふ」

 気持ちよさそうにフェムは尻尾を振っていた。



「次はモーフィだな」

「も!」


 モーフィは張り切っているように見えた。

 本来の巨大な姿に戻っていく。


「うわぁ、大きいのです!」

 初めて、山のように巨大なモーフィを見たステフが驚きの声を上げた。


「モーフィ。何時でもいいぞ」

 そういえば、モーフィと本気で試合したことはない。

 それでもかなり強いことは知っている。俺は気合を入れて待ち構える。


「もっもーぅ」

 モーフィは突撃してきた。

 俺は全身に魔力を流してモーフィの鼻のあたりを抑えこもうとした。

 だが、吹き飛ばされる。かなりの距離を飛ばされて着地した。

 左ひざに負担がかかって、痛みが走った。


 そこに魔力弾。角の先から、連続で撃ち込まれる。かなりの威力だ。

 だが、モーフィはフェムほど、好戦的ではないようだ。喧嘩上手でもない。

 主な攻撃が突進と魔力弾だけなのだ。そして攻撃はどれも素直だ。

 フェムのようにフェイントを駆使したりもしてこない。

 肉食動物と草食動物の違いだろうか。


「もっももっも!」

 楽しそうに突っ込んでくるだけだ。身体が大きいのでそれだけで充分に脅威だ。

 だが、俺にとっては御しやすい。フェムよりも余裕をもって対処できる。


 俺はモーフィに思う存分体を動かさせてやった後、ひっくり返して魔法で抑えつけた。

 そして、モーフィはあっさり降参する。


「も!」

 ひっくり返ったまま、モーフィは小さくなった。


「モーフィも強いなぁ」

「もっもうもっもう!」

 そういって、モーフィのお腹を撫でまくる。モーフィもご機嫌だ。

 体を動かせて満足したのかもしれない。


「さすがモーフィなのじゃ!」

 ヴィヴィも嬉しそうに、モーフィのお腹を撫でている。


「りゃっりゃっ!」

 シギも俺の懐からモーフィのお腹の上に降り立つ。

 そして撫でまくっていた、


「もっも!」

 モーフィはとても楽しそうだった。


「師匠。すごいです」

 ステフは巨大なモーフィを倒したことで、師匠への尊敬を深めたようだった。


「次は我の番だな」

 ティミショアラは待ちきれないといった様子でそう言った。

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