第188話

 その後、クルスたちも帰ってきて、夕食になる。

 ヴァリミエは、ヴィヴィのことが心配なのだろう。しきりに話しかけている。


「ヴィヴィ、大丈夫かや?」

「大丈夫じゃ」

「無理をするでない」

「無理してないのじゃ」


 ヴィヴィは笑顔を浮かべているが、疲れ切っているのは明らかだ。

 ヴァリミエはティミショアラに言う。


「まずは礼を言おう。わが妹の訓練に付き合っていただいて、感謝するのじゃ」

「気にするでない」

「じゃが……、一体何をしたら、こんなに疲れ切ることになるのじゃ」

「なにも特別なことはしておらぬぞ? 普通のことだけだ」

「その普通のことの内容が知りたいのじゃ」

「内容と言っても、我の咆哮をぶつけているだけじゃぞ?」


 ヴァリミエは顔をひきつらせた。


「な、なんと、古代竜の咆哮をぶつけるじゃと……」

「もちろん、全力ではないがな」

「当たり前じゃ!」


 そして、ヴァリミエはヴィヴィの肩をつかむ。


「本当に大丈夫なのかや? 古代竜の咆哮など、命を落としてもおかしくないのじゃ」

「わらわは大丈夫じゃぞ」

「そうだぞ。全力の咆哮ではないのだ。耐えられるギリギリぐらいを狙っているからな!」

「りゃっりゃ!」


 ティミはどや顔をする。

 俺の懐の中でシギも鳴いている。シギは大丈夫だと言っているのだろう。


 シギは食事中もずっと、俺の懐に入っていた。

 最近では、自分でお皿から食べていたのに、今日は俺の手からご飯を食べたがった。

 きっと、甘えているのだろう。


 一日離れていたのが、よほど寂しかったのかもしれない。


 ヴァリミエは結構強めの口調で言う。


「古代竜の咆哮を何度も浴びる訓練なんて……そんな危険なことさせられないのじゃ」

「わらわは大丈夫じゃ」

「いやだが……」

「それに、わらわがティミに頼んだのじゃぞ」

「……むむぅ」


 悩むヴァリミエに向けて、ティミが言う。


「いや、もう特訓は一段落だぞ」

「そうなのかや?」


 ヴァリミエは少しほっとした様子だ。


「うむ。古代竜の咆哮に耐えられるようになるには、一朝一夕ではいかないからな」

「それはそうじゃろうが……」

「あとは、基礎的な精神力を鍛えねばならないからな。それは咆哮を浴びているだけではな」


 それを聞いていたクルスがうんうんとうなずいていた。


「精神を鍛えるのは大変ですからねー」


 まるで、自分も鍛えたかのように言うので、すごく気になる。

 鍛えるという言葉は、クルスとは対極にあるような言葉だ。


「もしかして、クルスも、鍛えたりしたの?」

「当たり前ですよー。ぼくは修行が大好きですからね!」

「へー。どうやって鍛えたんだ?」


 俺の問いは、みんなも聞きたかったことなのだろう。

 全員の視線がクルスに集まる。


「それは過酷な訓練でした。……まずお風呂をいつもより熱めにします」

「……うん?」

「そして、熱いの我慢して入り、100を数えるのです。そしたらもう出たくなります。しかし、そこで出てはだめです。さらに100を数えます」


 クルスはどや顔をしている。

 火炎耐性がめちゃくちゃ高いのがクルスだ。熱いお風呂が何だというのだろうか。


「ね?」


 みんなの反応が乏しいからか、クルスが同意を求めるように言う。


「えっと、クルス。どのあたりが過酷なんだ?」

「熱いお風呂とかすぐ出たくなりますからね。そこを我慢すると精神力が鍛えられるのです」

「へ、へー」


 全く参考にもならない特訓だった。

 あきれた様子のルカが尋ねる。


「で、その特訓とやらをした結果、なにか鍛えられたの?」

「えっとね、その特訓のあと、ドラゴンの咆哮とかが全く効かなくなったよー」

「その前は効いていたの?」

「その前は鳥肌立ってたけど、それからは立たなくなった」


 最初から大して効いていないようだ。

 おそらく、風呂の特訓は関係なく、咆哮自体に慣れただけだろう。


「ヴィヴィちゃんも、熱いお風呂に入る修行しよう!」

「い、いや。わらわは……」

「遠慮しないで!」


 ヴィヴィが困っている。


「えっと、クルス。熱いお風呂はあまり体に良くないからやめとこうな」

「わかりました!」


 元気に返事をすると、クルスはヴィヴィに向き直る。


「ごめんね。アルさんに止められちゃったから……熱いお風呂訓練はできないや」

「お、おう。構わないのじゃぞ。まったく構わないのじゃ」

「なにか健康に訓練できるのがあればいいんだけどなー」


 そんなクルスに向けてルカが言う。


「そう簡単に鍛えられるものじゃないわよ」

「そうなのかー」

「過酷な環境にいるから鍛えられるってものでもないし」

「ふむー。難しいんだねー。アルさんはどうやって鍛えたんですか?」


 クルスに尋ねられて、改めて考える。

 特に精神力を鍛えようと思ったことはない。

 だが、精神抵抗は昔に比べてずっと高くなっているのは確かだ。


「冒険者を続けている間に、自然と鍛えられた気がする」

「そんなものですか」

「うむ。魔力を高めるのとは、また別だけど少し似ている気もしなくもないし……」

「アルにもよくわかってないのじゃな」


 ヴィヴィがそういって笑う。


「そうだな。難しい。だが、冒険者の方が一般人より精神抵抗が高いということから考えると……」

「冒険というか、魔獣とかと戦った方が鍛えられるってことじゃな?」

「恐らくな」


 敵と戦うと緊張する。死の恐怖に襲われる。

 戦闘に勝利するには、その緊張と恐怖に耐えて冷静にふるまわなければならない。

 その結果として精神抵抗を成長させるのかもしれない。


 それから、夕食の間中、精神力はどうやったら鍛えられるかという話題で盛り上がった。

 だが、最後まで、結論は出なかった。

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