第186話

 次の日の朝。ヴィヴィは、ティミショアラと一緒にまた極地に向かった。

 モーフィとシギショアラも一緒である。


 俺はフェムと門の横で衛兵業務だ。


「シギがいないと寂しい」

「わふ」


 フェムが俺のひざの上に顎を乗せてくる。

 元気づけようとしてくれているのかもしれない。


 クルスは領主の館で仕事中だ。

 ルカやユリーナは王都に、ヴァリミエはリンドバルの森に行っている。

 みんな仕事があるのだ。頑張ってほしい。


「さて、何かすることはないかな……」

『アルは座ってるのが仕事なのだ』

「それはそうなのだが」


 俺は座りながら、畑の方を見た。

 畑にはすでに魔法陣を描き終わっている。

 魔石がどんどん産出されて、土壌はよくなっていくだろう。


「きゃふきゃふ!」「きゃう」


 子魔狼たちが畑で遊んでいる。穴を掘ったり、モグラを捕まえたりしている。

 それを保護者っぽい魔狼が見守っていた。


「子魔狼たちも狩りの練習しているんだな」

『そうなのだ』

「だけど、子魔狼たちって、あまり大きくならないな?」

『魔狼だからな』

「そういうものか?」

『寿命が長い生き物は成長が遅いのが普通なのだ』


 そう言われたらそんな気もする。

 ネズミより犬の方が、そして犬よりも人間の方が成長は遅い。


「わふ」

「きゃふ」「きゃう」


 保護者魔狼が、子魔狼を一匹咥えて小屋の方に向かう。

 咥えられていない子魔狼も保護者魔狼にくっついて小屋へと歩いている。


「む?」

『来客なのだ』


 寝っ転がっていたフェムがお座り体勢に移行した。

 番犬モードなのだろう。


 しばらくして来客の姿が見える。ぶんぶんと手を振っている。


「アルフレッドさーん」

「……久しぶりだな」


 以前、ムルグ村にやってきたBランクの冒険者パーティーだ。

 三人兄妹で薬草を取りに来て、バジリスクの群れに遭遇し壊滅しかけた。

 それを俺たちが助けたのだ。

 ユリーナの治癒魔法なければ、死者が出ていただろう。


 重戦士がアントン、軽戦士がエミー、弓使いがリザという名前だった。

 門のところまで来たアントンたちは笑顔で言う。


「アルフレッドさん、お久しぶりです」

「おお、元気そうで何より」

「はい、おかげさまで」


 アントンたちの本拠地は一番最初にモーフィの肉を売りに行った都市である。

 トルフ商会の支店のある場所だ。ちなみにクルス領ではない。


「今日はギルドのクエストか?」

「そんなところです」

「この前は薬草取りで来たんだったな……今回は?」

「ちょっとしたお使いクエですよ」


 アントンは言葉を濁す。

 きっと守秘義務か何かがあるのだろう。そういうクエストは珍しくない。

 ベテランの冒険者としては深く聞かない。それが嗜みである。


「補給する必要もありましたし、せっかくだしアルフレッドさんたちにもお会いしたくて」

「そうか、歓迎するぞ」


 俺とアントンが会話している横では、エミーとリザがフェムを撫でていた。


「わふ」

「フェムさん、もふもふだねー」


 フェムはぴんと耳を立てながら、撫でさせている。

 魔狼王としての威厳を見せつけているのだろう。


「モーフィさんはいらっしゃらないんですか?」

「今日は所用で出かけていてな」

「残念です」


 エミーは心底、残念そうだ。

 モーフィは可愛いので、会えなくて残念なのはよくわかる。


 しばらく会話をした後、アントンたちは村の中へと入って行った。

 アントンは村長を捕まえて何か会話をしている。別に何かを買うような様子もない。


 それをみながらフェムが言う。


『何しに来たのだ?』

「さあな」

『気になるのだ』


 フェムは好奇心でふんふん鼻息を荒くしている。

 だが、守秘義務があるようなら詮索しないのがマナーである。

 そんなことをフェムに説明した。


『そういうものなのだな』

「そうだぞ」


 フェムに冒険者の心得を教えている間、アントンたちは村長とずっと話している。

 牛小屋の方へ行ったりもしている。

 そして、こちらに村長と一緒に戻ってきた。


 俺は村長に尋ねる。


「どうしました?」

「いや、なに。アントンさんが畑を見たいとおっしゃいましてな」

「そうでしたか」


 アントンたちは、村長と一緒に畑の方へと歩いて行った。

 フェムがますます興奮する。耳も尻尾もピンと立てている。


『怪しいのだ』

「怪しくはないだろう」

『怪しくないのだな?』

「うむ」


 アントンたちが何をしに来たのか、既に俺には予想はついている。

 畑を見た後、アントンたちは、そのまま帰るようだった。


「ヴィヴィさんやクルスさんたちに会えなかったのは残念です」

「ユリーナさんにも、よろしくお伝えください」


 アントンたちはユリーナの治癒魔法に命を救われている。

 だからユリーナには特に恩義を感じているのだろう。


「帰りにも余裕があれば、ぜひ寄ってくれ」

「はい!」


 帰り際にもエミーたちはフェムを撫でていた。

 それを見送った後、村長が言う。


「アントンさんたちは何をしにこられたんでしょうか」

「それはですね……」

「はい」

「いや、私の推測を話す前にお尋ねしたいのですが、村長、なにを話されてましたか?」

「えっと、今年は農作物の実りはどうでしたかとか、年貢についてとかですね」

「やはり」


 フェムが首をかしげる。


『つまりはどういうことなのだ?』

「代官補佐が不正していないか、村々を回っているんですよ。まあムルグ村は代官が担当したので少し違うのですが」

「ほほう?」

「クルスたちが、冒険者ギルドに依頼を出すって言っていたので、それでしょう」


 代官補佐を更迭した後、ルカが手配してくれると言っていた。

 B級冒険者パーティーを雇うとは、クルス領は惜しみなく金を使っているようだ。

 不正を絶対許さないという、クルスの意思を感じたのだった。

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