第177話

 転移魔法陣を通って王都へ行く。

 出る場所は、いつものクルスの王都屋敷である。

 魔法陣部屋から出るとクルス屋敷のメイドと出会う。


「あっ、おはようございます」

「おはようございます」


 メイドたちも慣れたものだ。特に何も言われない。


「さすがはクルスのメイドだな。我たちを見ても驚きもせぬとは」


 狼の被り物をかぶったティミショアラが感心していた。

 ティミが狼の被り物をかぶる必要はない。

 なのに、シギショアラが喜ぶからと、ずっとかぶっている。


「そうだ。アルラは交渉で忙しいのだろう? シギショアラは我が抱いておこうか?」

「じゃあ、頼むよ」

「りゃあ」


 ティミが抱きたそうにしているので、シギを手渡した。

 シギも大人しくティミに抱かれている。


「シギショアラ。大人しくしているのだぞー」

「りゃっりゃ!」


 ティミはシギを懐に入れて、ご満悦だ。

 仮面のせいで表情はわからないが、多分にやにやしているに違いない。


 クルスの屋敷を出ると、食肉取扱業者へと向かう。

 ルカにあらかじめ主要な食肉を取り扱っている店の場所は聞いてある。


 食肉を取扱っている業者の建物は商業地区だ。高級住宅街のクルス邸からは少し歩く。


「アルラ! なんか売ってるぞ!」

「屋台ですね。ちょっとした食べ物とかを売ってるんですよ」

「なるほど。なに? シギショアラ、食べたいのか?」

「りゃ」


 ティミの懐の中からシギの声がする。


「アルラ! シギショアラが食べたいそうだぞ?」

「用事済ませたらな」

「むむー」

「りゃあ」

「そうじゃぞ。肉を売ってからじゃ」


 狼の仮面をかぶったティミが、牛の仮面をかぶったヴィヴィに諭されている。

 不思議な光景だ。通行人の視線が痛い。


 きょろきょろしながらミレットがつぶやく。


「目立ってますよね。大丈夫ですか?」

「多分、大丈夫じゃないかな……」


 よく考えたら、今まで王都に来たときはルカやクルスが同行していた。

 そしてトラブルの解決は全部ルカとクルスに任せてきた。だから何ともなかったのだ。

 だが、今日はルカもクルスもいない。

 衛兵とかに職務質問されたら、俺が対応するしかないかもしれない。

 それは避けたい。


「急ぐか」

「そ、そうですね」


 危機感を覚えて、食肉取扱業者の建物まで走った。

 その店の名はトルフ商会。

 商会というだけあって食肉専門ではないようだ。幅広い商品を取り扱っている。


 トルフ商会に到着すると、すぐに中へと駆けこんだ。店員が叫び声をあげた。


「ひゃあああ」

「落ち着いてください! 怪しいものではありません」

「いや、絶対怪しいですよ!」


 ぐうの音も出ない。狼の被り物と牛の被り物をかぶっているのだ。


「我々はクルス・コンラディン伯閣下の従者でして……」

「ああ、なるほど。道理で……」


 なぜか納得された。王都でのクルスの普段の行動がとても気になる。

 店員は部下に耳打ちする。本当にクルスの関係者か調べさせるのだろう。


 店員はひとまず納得してくれたが、怪しんでいるのは確かだ。

 ヴィヴィとティミを怯えた様子で見つめている。


「ヴィヴィ、ティミ、とりあえず仮面脱ごうか」

「えっ! なぜだ?」

「なにゆえじゃ?」


 ティミとヴィヴィは不満そうだ。だが、ヴィヴィもティミも仮面をかぶる必要がない。

 正体を隠さないといけないのは俺だけである。

 ヴィヴィはいつもの癖で仮面をかぶってしまっただけだ。


「店員さんが怖がっているから」

「かっこいいのだが」

「仕方ないのじゃ」


 ティミとヴィヴィは仮面をとる。

 中から可愛らしい少女が出てきたので、店員も安心したようだ。


「今日はどのようなご用件でいらしたのですか?」

「牛肉を売りに来ました」


 ミレットが交渉に入る。

 まず最初に量を伝えて対応を頼む。この場で肉を広げるわけにはいかないのだ。

 外に出すと肉の品質は落ち始めてしまう。

 現物を出すのは品質保持魔術のかかった倉庫に移ってからだ。


 量を伝えた時点で、店員の表情が変わった。何事かを部下にささやいた。

 倉庫の手配などを指示したのだろう。


「ですが、その……品質は大丈夫なのですか?」

「どういう意味でしょうか?」

「いえ、そのような大量の牛肉だと保存の魔術をかけるのも大変だと思いますし」


 店員の懸念はもっともである。持ってきた牛肉の量は大量だ。

 よほど熟練の魔導士でなければ保存魔術をかけるのが難しい量である。


 俺の冒険者カードを見せるべき時が来た。魔法の品質保証も魔導士の仕事のうちなのだ。


「えっと、私はこういうもので……」


 俺がカードを取り出そうとしたその時、店の奥から声をかけられた。


「もしや、アルフレッドさんでは?」

「えっと、あっ、お久しぶりです」


 そこにいたのは、以前肉を売りに行ったときに対応してくれた店主だった。

 前回、肉を売ったのは王都ではない。ムルグ村近くの都市である。


「髭のおかげで、一瞬気づきませんでした」

「ご存知の通り諸事情がありまして」

「わかっております」


 店主には俺が勇者パーティーの一員のSランク冒険者の魔導士ということは説明済みだ。

 そして、身分を隠して隠遁していることも明かしてある。


「どうして王都に?」

「むしろ私はこちらの店主が本業といいますか」

「そうだったんですね」

「あちらはトルフ商会の支店なんです。立ち上げてから軌道に乗るまで本店店主の私が出張していたんですよ」


 いまこちらにいるということは、支店の方の経営も順調ということなのだろう。

 支店の名前は憶えていないが、きっとトルフ商会だったに違いない。


 店主は店員に指示を出している。

 伯爵の関係者なのは間違いないとか品質も大丈夫だとか説明してくれている。


「今回も前回と同じものを?」

「そうなります」

「では、こちらにお越しください」


 本店店主が自ら交渉しようとするので、店員たちは少し慌てていた。


「伯爵閣下の関係者との商談なのだ。私が出なくては失礼にあたる」


 そんなことを説明している。

 その後、しばらく歩いて、本店倉庫へと通された。保存魔術のかけられた立派な倉庫だ。

 倉庫につくと、店主から改めて自己紹介される。


「そういえば、自己紹介をしていませんでしたね。トルフ商会会長トリル・トルフと申します」

「ムルグ村のミレットです」


 ミレットとトルフの自己紹介が終わった後、俺は魔法の鞄から肉を取り出して並べた。


「ふむ。相変わらずよい品質です」

「ありがとうございます」


 ミレットとトルフが交渉を開始する。

 意外とあっさりと交渉は終わる。かなり色よい値段をつけてくれたようだった。


「伯爵閣下と……アルフレッドさんには今後とも仲良くしていただきたいですからね」


 お礼代わりにティミのことをトルフに紹介しておいた。

 ティミは古代竜の子爵にして、大公の叔母である。商人的には嬉しかろう。

 ティミは堂々と店主に言う。


「なにか入用な時は頼むぞ!」

「はは。よろしくお引き回しのほどをお願い申し上げます」


 双方にとって良い取引になったようで何よりである。

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