第166話

 先代の死王の居場所は、教団の屋敷から数時間ほど歩いたところらしい。

 アジトを作り、ゾンビを沢山配備してあるとのことだ。


 それを聞いて、クルスはがさごそと地図を取り出す。


「この地図で言うと、どのあたりかな?」

「えっとですね……」


 司祭は戸惑っている。

 読み方を知らないと、地図は読めないものだ。

 商人や冒険者、軍人など、特殊な職業の者以外地図の知識はあまり必要ない。


「ここが王都でー。ここがムルグ村なんですよー」

「え? ムルグ?」


 クルスは指をさしながら説明するが、司祭は少し戸惑っていた。

 王都はともかくムルグ村は普通知らない。

 クルスの説明の途中で、チェルノボクがぴょんと跳ねて、地図の上に乗る。


『ここだよー』


 体の一部が細長く伸びて、地図の一点を示している。


「チェルちゃん、地図読めるの?」

『よめるんだよー』


 まだ、王都とムルグ村の場所しか説明していないのだ。

 現時点の場所すら説明していない。にもかかわらず、チェルノボクにはわかったのだ。

 元から地図が読めたのだろう。賢いスライムである。


「すごーい」

「もっも!」

「主上、さすがです!」


 チェルノボクはクルスに撫でられ、モーフィに鼻先でつんつんされまくっている。

 照れているのか、ふるふる震えた。


 はしゃいでいるクルスに俺は尋ねる。


「ここはクルス領?」

「そうなりますね。大体この辺りが境界線なんです」


 そういって、クルスは地図の上に指を走らせた。

 俺たちが今いる教団本部も、前死王のアジトも境界線のギリギリ内側だ。


「クルスの領地、変なの多いな」

「えへへ」


 そんなことを話していると、司祭が心配そうな顔になる。


「あの……もしや、この地の御領主さまだったのでしょうか?」

「そうですよー」

「ご挨拶にも伺わず、申し訳ございません」

「気にしないでくださいー」


 クルスは笑顔で続ける。


「後で税の徴収には来ますからねー」

「ははは、お手柔らかに……」


 司祭の顔は引きつっていた。


 その後、俺たちは前死王のアジトに向かうことにした。

 俺たちを見送る司祭が言う。


「私は死王を倒せば、不死殺しの矢の解呪が叶うかもしれないと言って、討伐に参加してもらおうと考えていました」

「ああ、そうだったんですね」


 そういえば、呪いをかけた前魔王は前死王の眷属だった。

 だからチェルノボクには解呪は難しいと言っていた。


「魔王様はそれを持ち出すまでもなく引き受けてくださいました。ありがとうございます」


 司祭に深く頭を下げられた。

 それよりも魔王と呼ばれてしまった。結構恥ずかしい。


「助けられるようだったら、困った人は助けますよ」

「なんと、徳の高い……」

「それより魔王はやめてください。討伐されてしまいます」


 司祭は少し微笑んだ。


「了解いたしました」

「内密ですからね」

「もちろんです」


 俺たちは司祭を置いて出発する。チェルノボクはクルスの懐の中に入って同行だ。

 建物を出ると門番たちから声を掛けられる。


「おお、お前たちもう帰るのか?」

「少し用事を言いつけられてしまいまして」


 門番はクルスを見て、首をかしげる。


「あれ? お嬢ちゃん……」

「どうしました?」

「胸が……いや、なんでもない」


 チェルノボクが入っているため、クルスの胸は豊満に見える。

 めちゃくちゃ怪しい。だが、門番はスルーすることにしたようだ。


「ではいってきますねー」

「気をつけろよ!」


 門番に見送られて、俺たちは出発した。

 屋敷から離れてから、フェムが巨大化する。そして一気に加速した。


 加速するといつものようにシギショアラが懐から顔を出す。


「りゃっりゃー!」

「シギは高速移動が好きなんだな」

『もっと速く走れるのだぞ!』

「りゃ!」


 シギは羽をバタバタさせている。とてもご機嫌だ。

 フェムは誇らしげだ。さらに少し加速した。


 クルスの懐に入っていたチェルノボクも少し体を出している。

 チェルノボクの場合、どこが顔かわからない。


「チェルノボクって目がないけど、見えてるの?」

『みえるー』

「へー」


 見えるらしい。目がない生物の視界がどうなっているのかとても気になる。


「どんな感じに見えるの?」

『ぜんぶがめだよー』

「なるほど。全身が目みたいなものなのか。死角がなさそうでいいな」

「ぴぎ」


 全身が目というのはどういう感じなのだろうか。

 死角がないのは便利だとは思うのだが、落ち着かない気もする。


 そんなことを話しながら、しばらく走ると、嫌な臭いが漂ってきた。

 歩いて数時間の道のりも、フェムたちの足ならばそう長くはかからない。


「臭いな」

「悪臭被害です! 領主として何とかしないといけないです」

「周囲に人里も街道もないのが不幸中の幸いか」

「そもそも、人里があったら、陳情が上がってくるのじゃ」

「それもそうか」

「ピギ」


 チェルノボクはクルスの肩に上って、ブルブルしていた。

 怯えているのか、武者震いなのか。それともまったく別のブルブルなのか。

 スライムの感情表現はよくわからない。


 さらに走ると、腐臭がさらにきつくなる。

 高い壁とグレートドラゴンのゾンビが目に入った。

 壁でアジトを囲み、ドラゴンゾンビを門番として使っているのだ。

 一応防備を考えているということかもしれない。


「アルさん! どうしますか?」


 俺はちらりとフェムとモーフィを見る。

 快調に走ってはいるが、この臭いの中に長くいるのはきつかろう。


「一気に死王まで突破する。進むのに邪魔な奴だけ切り捨てろ」

「了解です!」


 その返答とともに、クルスはさらに加速した。

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