最強の魔導士。ひざに矢をうけてしまったので田舎の衛兵になる

第165話

　死神教団の司祭は語る。

「先代は学者肌の魔導士で、……それも研究のためにはすべてを犠牲にするといったところがありまして」

「なるほど」

　マッドサイエンティスト的な魔導士だったのだろう。

　魔導士には、そういうやつがたまにいるのだ。

「ちなみに何の研究を？」

「不老不死です」

「……なんという皮肉」

　そんなやつを使徒にするとは死神の考えることはよくわからない。

　死神は不死を絶対許さない系の神だったはずだ。

　「神の真意を推測するだけ無駄……か」

　ティミショアラの言葉を思い出す。

　神は、地上をかき回して、ただ遊んでいるのだろうか。

　いや、もしかしたら、数千年、数万年単位の未来を見据えているのかもしれない。

　この大陸、いやこの星すら超えた何か目的があるのかもしれない。

　どちらにしろ、神ならざる人の身では理解することなど不可能なのだろう。

　それでも一応尋ねてみる。

「死神って不死者を許さない系の神様だと思ったのですが、使徒になった後、先代は不老不死の研究はあきらめたのですか？」

「先代の目的は使徒になった後も、まったく変わりませんでした。より過激になったと言ってもいいかもしれません」

　司祭は首をゆっくりと横に振った。

「この教団も以前は死神を信仰する古い素朴な宗教でした。それを先代が過激に作りかえたのです」

　ヴィヴィが首をかしげる。

「死神は邪神とも言われているほどの神じゃ。その教団が素朴とは信じられぬ」

「そう思われるのもわかりますが、人は必ず死ぬのです。そして死は誰もが恐ろしい」

「それはそうじゃが」

「だから、いつ死んでもいいように、悔いなく生きなさい。それが死神の教えだと我らは考えています」

「ふむう」

　ヴィヴィは腕を組んで考えている。

　思ったよりまともだった。古い宗教ほど丸くなる傾向があるものだ。

　死神教団も古くなるに従い、穏健になっていったのかもしれない。

「不老不死実現のために、先代は何でもやりました。資金が不足したとなれば、金をもらって先代の魔王を眷属にし、素材が足りないとなれば、素材と引き換えに魔人王を眷属にしました」

「節操がありませんね」

「それだけでなく、ゾンビの秘術を広めたり、自らゾンビを作ったりし始めたのです」

「そうなると完全に邪教だから……取り締まらないといけなくなるかも」

　クルスが顔をしかめる。

　クルスはこの地の領主なのだ。ゾンビを作る組織があれば取り締まる義務がある。

「今はけしてそのようなことは致しておりませぬゆえ……」

「でも、裏山にドラゴンゾンビいたけど」

「あれも先代が作りました。退治したくても強力すぎて退治できなかったのです」

「ドラゴンゾンビ、しかもハイグレートドラゴンのゾンビですからね。退治は難しいでしょう」

『ありがとアルフレッドラ。クルス。ヴィヴィ。もふもふ』

「とても助かりました」

　チェルノボクと司祭に再びお礼を言われた。司祭は頭を下げている。

　チェルノボクは平べったく変形していた。頭を下げているということなのだろう。

　クルスがチェルノボクを撫でる。チェルノボクは気持ちよさそうにフルフルし始めた。

　もふもふと呼ばれたフェムとモーフィもチェルノボクの匂いを嗅いでいる。

「ぴぎ」

「チェルノボクちゃんは、いつ使徒になったの？」

『このまえー』

「主上が使徒になったのは、先月のことです。その前は先代の研究対象、つまりは実験魔獣でした。私は飼育員です」

『そーなのー』

　司祭は説明を続ける。

　ある日突然、先代は教団から消えた。

　その後しばらくして、使徒座が先代からチェルノボクに移ったのだという。

　それからは、皆が元の穏健で素朴な宗教に戻そうとしているらしい。

「チェルちゃんは使徒になったことに、すぐに気づいたの？　ぼくもアルさんも気づかなかったよ」

「啓示がありました」

「死神からの？」

「はい。主上ご自身と、教団の主だった者たち全員に」

「へー。ちなみにどんな啓示だったの？」

　司祭はチェルノボクを見る。

　神の言葉を軽々に信者以外に伝えてよいのか悩んでいるのかも知れない。

　チェルノボクはプルプルした。

『いいよっ』

「はっ」

　司祭は姿勢を正して目を閉じる。神の言葉の代弁なのだ。

　信者的には畏れ多いことなのだろう。

「新しき我が使徒チェルノボクとともに、我が教えに背いた旧き使徒に死を与えよ」

　そして深呼吸してから目を開いた。

「以上が神のお言葉です」

「はっきりと指示出したりすることもあるんですね。ぼくは聖神から何か言われたことなんてないです」

「俺も言われたことないな」

「ですよねー」

「死神は、魔神や聖神とは違って積極的みたいだな。それにしても……」

　最初から使徒にしなければよかったのだ。

　不死を研究してるマッドサイエンティストなのだ。こうなることはわかりきっていた。

　なにが「教えに背いた」だよ。

　そう俺は思う。

　だが信者の前で、それもおそらく敬虔な信者である司祭の前だ。口には出さない。

「でも、最初から――」

「つまり！　神からの啓示があったから、先代の使徒を倒してほしいということですね」

　クルスが余計なことを口走りかけたので、大きな声でかぶせておいた。

　ふと横を見ると、モーフィとフェムがチェルノボクを前足でつんつんしたりしていた。

　シギもチェルノボクと遊びたいのか、懐から飛び出そうとするので手で抑える。

　シギを死神の使徒に触れさせていいのか慎重に判断したい。シギは赤ちゃんなのだ。

「はい。そうなのです」

『おねがい！』

「先代は自らを強力な不死者と化しました。並みの冒険者では討伐できません」

　クルスがチェルノボクを撫でながら言う。

「チェルちゃんだと、先代は倒せないの？」

『むずかしいー』

「主上は、周囲の弱いアンデッドを一気に天に還すことができます。強力なアンデッドでも直接触れれば可能です。それが死神の使徒の権能です」

「じゃあ、倒せるんじゃないの？」

　司祭は首を振る。

「先代は自らをアンデッドとするだけでなく、ゾンビの軍団を作りました」

『ちかづけないよー』

「数体のゾンビを天に還している間に、魔術などでやられてしまいます」

『つよいんだよー』

「主上の戦闘能力は、さほど高いものではありません。ドラゴンゾンビも何度か退治しようとしましたが、近づけなくて失敗したのです」

『ぶれすこわい』

　そういって、チェルノボクはブルブルしていた。これは怯えの震えだろうか。

　ドラゴンゾンビは、とても強い。

　戦闘能力が低いなら、触れることも難しかろう。

　改めて司祭は頭を下げる。チェルノボクもぺちゃんとなった。

「どうか我らに力をお貸しください。先代のもとに主上をお連れしてくださるだけでよいのです」

『おねがいー』

　困っているなら助けてあげるべきだろう。

　それにゾンビの軍団が存在しては物騒だ。

「引き受けましょう」

「不死殺しの矢も、先代の眷属……え？　よろしいのですか？」

　司祭が驚いた様子を見せた。

「いいですよ、な、クルス。ヴィヴィ」

「任せてください」

「仕方ないのじゃ」

「フェムとモーフィもいいかな？」

「わふう」

「もっも！」

「りゃっ！　りゃっ！」

　シギも賛同の意を示すように力強く鳴いた。