第160話

 教団幹部は俺たちを見ながら言う。


「そなたたちは冒険者なのであろう?」

「ええ、まあ」

「やはり。そうか。しかもかなりの腕前だな?」

「ええ。まあ」


 幹部はうんうんとうなずく。


「お布施の金額が高額だったからな。凄腕の冒険者でもなければ支払えない額だ」

「さすがです」

「目の付け所が違う」


 幹部の横にいる部下たちが、幹部を称賛している。だが、別に鋭くもない。

 副業で儲けている場合もあるのだ。金持ちが趣味で冒険者をやっている場合だってある。

 たまたま当たっただけのこと。

 だが、おだてておいた方がいいだろう。


「さすがですね! よくわれわれが凄腕だと見抜きました」

「なに、初歩的なことだよ」


 幹部のどや顔に腹が立つが仕方がない。

 俺は笑顔で幹部に尋ねる。


「凄腕のわれわれに、何か頼みたいことがあるのでしょうか?」

「それは違うぞ。あくまでも試練なのだ」


 それは依頼料は支払わないということだろう。

 それもまあ、やむを得ない。こちらはお願いする立場である。


「了解いたしました。試練は一体?」

「うむ。この建物の裏に大きな山がある。そこにドラゴンゾンビが住んでおる。それを討伐してくるのだ」

「はあ?」


 さすがに、難易度が高すぎると思う。

 もちろん、俺やクルスなら楽勝だろう。だが、一般的な凄腕冒険者には難しい。


 俺の声に少し驚いたように幹部はびくりとした。


「不可能か?」

「いや、まあ。不可能ではないですけど」

「そ、そうか。ならば頼む」

「了解しました」


 俺がそういうと、幹部はほっと胸をなでおろしたような、そんな安堵の表情を浮かべた。

 ドラゴンゾンビを退治したかったけど退治できなくて困っていたのかもしれない。

 俺は幹部に一言いってやりたくなった。


「普通はドラゴンゾンビを退治できる冒険者はいませんよ?」

「そう……かもしれないな」

「われわれが無理だと言ったら試練はどうなったんです?」

「主上は乗り越えられない試練はお与えにならない。それだけのこと」

「なるほど」


 別の試練を用意したのかもしれない。

 だが、部下たちは尊敬の目で幹部を見ていた。


「さすがです。試練を受けに来たものの力量を正確に見極めるとは!」

「なかなかできることではありません」

「私の力ではない。何もかも主上のお力である」

「ははぁー」


 そんなやり取りを俺たちは無視して建物の外に出る。

 建物の外では門番が不安そうにこっちを見ていた。


「なにか厄介なことでも言いつけられたのか?」

「裏手のドラゴンゾンビを倒せって言われてしまいました」

「なんと……」


 二人の門番は互いに顔を見合わせる。


「悪いことは言わん。今からでも謝って別の試練に変えてもらった方がいい」

「試練って普通はどんなものなんです?」

「冒険者ならゴブリン退治とか。農民なら畑を耕すとか、商人なら物を売ってこいとか」

「なるほど」


 門番は心配そうな顔で続ける。


「余程、司祭殿を怒らせたのだな。お前たちなにをやったんだ」

「特に何も……」


 どうやら幹部は司祭という役職らしかった。だが、司祭の地位は教団によってばらばらだ。

 司祭の地位がとても高い場合もあれば、さほど高くない場合もある。

 死神教団の司祭がどのような役職なのかはまだわからない。


「そんなはずはない。司祭殿は温厚な方だぞ。余程のことをやらかさない限り……」


 そして、門番たちはモーフィとフェムを見る。


「も?」

「わふ」

「あ、もしかして牛と犬を連れて建物の中に入ったのが逆鱗に触れたのか」

「それなら、俺たちも一緒に謝ってやるから……」

「そうだな。俺たちが牛と犬の入場を許可してしまったのだし」


 門番たちは結構いいやつだったようだ。

 もし教団と戦いになっても、見逃してやろうと思う。


「ありがとうございます。ですが、ご心配には及びません」

「無理をするな」

「いえいえ、我々ドラゴンゾンビの討伐は得意分野なので」

「何を馬鹿なことを……。ドラゴンゾンビなど、人の手に負えるものではない」


 心配して引き留めようとする門番を説得するのに少しかかった。

 門番たちは、去り際までずっと、心配そうにしていた。


「絶対に無理をするなよ」

「はい。ありがとうございます」


 俺たちは死神教団の屋敷の裏手に回る。そこには登山道の入り口があった。


「この登山道を登っていけばいいのかな」

「あまり整備されてませんね」

「ドラゴンゾンビが出て、整備できなくなったのかもな」

「可能性はありますね!」


 クルスは元気に走っていく。

 俺はフェムに乗り、ヴィヴィはモーフィに乗って後を追った。

 ずっとおとなしくしていたシギショアラが、懐から顔を出す。


「りゃ!」

「静かにしていて偉かったぞ」

「りゃあ」


 シギは賢いので、騒いだらダメな時がわかるのだ。


「ドラゴンゾンビって、グレートですかね?」

「レッサーかもしれないし。地竜の類かもしれないな」

「ふむー。アルさんはどれが好きですか?」

「ドラゴンゾンビに好きとかないぞ。倒しやすさならレッサーかな」


 レッサードラゴンは他のドラゴンに比べて、小さくて耐久力が低いのだ。

 魔法障壁だって弱い。


「ぼくは地竜ですね。飛ばれると面倒ですから」

「なるほどな」


 そんなことを話しているうちに、腐臭が漂ってきた。

 おそらくドラゴンゾンビの臭いだろう。


 俺たちは臭いのもとに向かって急いだ。

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