第161話

 進むにつれ臭いはどんどんきつくなる。

 かなり腐敗が進んでいるゾンビのようだ。


「わふぅ」

「もぉう」


 フェムとモーフィが弱音を吐くように小さな声で鳴く。

 狼も牛も嗅覚は鋭い。俺たち人間より悪臭には弱いのだろう。


「大丈夫?」

『頑張るのだ』

「もぅ」


 モーフィもフェムも頑張ってくれるようだ。

 ありがたい。だが、無理はさせられない。


「モーフィ。こうしてやるのじゃ」

「もっも」


 ヴィヴィがモーフィの鼻先をハンカチで覆った。

 大して効果があるとは思えない。だが、モーフィは嬉しそうに鳴いた。 


「フェムも一応」

「わふ」


 効果はあまりないと思うのだが、一応布で鼻先を覆ってやった。

 フェムは尻尾をビュンビュン振った。効果はあったのかもしれない。


「りゃ」


 懐の中でシギショアラも鳴いた。

 シギの嗅覚はどうなのだろうか。人よりも鋭いのなら可哀そうだ。

 俺はシギを服の上から優しくなでる。


「シギ、無理しなくていいぞ」

「りゃあ」

「ここで待っておく?」

「りゃ!」


 一言シギは鋭く鳴いた。きっと拒否な気がする。

 俺はフェムとモーフィにも言う。


「フェムたちもここで待っていてもいいぞ」

「そうですよー。ぼくとアルさんでちゃちゃっと退治してきますから」

『気遣い無用なのだ』

「も!」


 力強い返事だ。

 さすがは魔天狼に、聖魔牛である。


 ひどい臭いの中、しばらく進むと大きなドラゴンが目に入った。

 ドービィより一回り大きい。

 肉は腐り、骨が所々見えている。


「あれは……グレートより大きいですね」

「ハイグレートかもな」

「ハイグレートのゾンビですかー」


 気負った様子もなく、クルスは手製の投石器を準備していた。

 遠心力で石を飛ばすひも状の投石器だ。


 ハイグレートドラゴンはグレートドラゴンよりさらに老いて成長したドラゴンである。


 人を含む多くの動物は老いれば力が落ちていく。

 だが、ドラゴンには寿命がない。だから老いても力は落ちないのだ。

 ひたすら成長し強くなる。


「このハイグレートドラゴン、死王がゾンビにしたのであろうか」

「そう考えるのが自然ではあるのだが」


 強力な魔人王ですらゾンビ化に成功したのはグレートドラゴンまでだった。

 ハイグレートドラゴンをゾンビにするほどの術者など、死王以外には考えにくい。


 とはいえ、魔人王が古代竜であるシギの母をゾンビ化しかけたのも事実だ。

 当然、古代竜はハイグレートドラゴンよりはるかに強い。


 周到に準備をし、手順を踏めば、死王でなくても可能ではあるのだ。

 だから死王がこのドラゴンをゾンビ化したとは言い切れない。


「死王がこやつをゾンビにしたのなら、なぜこやつの討伐を試練としたのじゃ?」

「わからん。もしかしたら死王以外の奴がゾンビを作ったのかも」

「ここは死王の屋敷の裏手じゃぞ。そんなことを許すとは思えぬのじゃ」


 ヴィヴィは納得できないといった様子で、考え込んでいる。

 一方、クルスは投石器に石をセットしてうずうずしていた。

 ハイグレートドラゴンが飛ぶことを想定しているのだろう。


「とりあえず、倒してから考えましょう」

「そうだな」

「アルさんは、見ててください。魔法使うとひざが痛くなるでしょう?」

「ありがたいが……。あぶないとおもったら、すぐに魔法ぶっ放すからな」

「大船に乗ったつもりで見ててください!」


 そういうと同時に、クルスは投石器をびゅんびゅんと回す。

 遠心力を利用して高速で石を放った。その石の速度は目でとらえるのも困難なほどだ。


 ――ガィン

「……あ」


 クルスの放った石は魔法障壁に弾かれてしまった。ドラゴンは魔法障壁を持っているのだ。

 ハイグレートともなれば、その障壁は強力だ。

 ハイグレートドラゴンゾンビはのそりと動き出す。


「聖剣使うしかないかー」


 クルスは気が進まない様子で聖剣に手をかけた。

 抜剣と同時。一瞬でハイグレートドラゴンとの間合いをつめると首を切り裂く――


 ――ガギン

「むう」


 ハイグレートドラゴンは牙で聖剣を受け止めた。

 牙が数本砕け散る。だがクルスの聖剣もまた首には届いていない。


 宙に浮いたクルスに向けて、

「GRAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」

 咆哮と同時に火炎ブレスを浴びせかける。


 一帯が火の海になってもおかしくない火炎だ。だがクルスはその火炎すら聖剣で切り裂いた。

 火炎は一瞬でかき消える。

 これぞ聖神と聖剣の力だ。


「こら! 待て!」


 クルスを勝てない相手だと認識したのか、ハイグレートドラゴンは空へと逃げる。

 こうなってはクルスには投石器ぐらいしか攻撃手段がない。


「俺の出番か……」

「もっもおおおおおおおおおおおおお」


 俺が魔法を撃とうとしたその時、モーフィが叫んだ。

 同時に魔力弾が連続で飛んでいく。

 一撃目で障壁を砕き、二撃目以降は体を砕く。


 地面に墜落したハイグレートドラゴンのゾンビは、まだ少し動いていた。

 もう戦闘能力はない。ゾンビだから死ねないでいるだけだ。


「ヴィヴィ。火炎魔法で燃やせるか?」

「…………」


 俺が後ろを振り返ると、ヴィヴィはモーフィの背に乗ったまま固まっていた。

 完全な放心状態、いやおそらく気絶している。


「「『あっ』」」


 俺とクルスとフェムは同時にモーフィの背が不自然にぬれていることに気が付いた。

 いまのヴィヴィに、火炎魔法は難しい。


「えっとクルス。聖剣でとどめとか……」

「ま、任せてください!」


 クルスが聖剣を使ってハイグレートドラゴンゾンビにとどめを刺してくれた。

 ハイグレートドラゴンの魂は安らかに天に召されたことだろう。

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