第153話

 俺が魔王らしいと確認した後、一度極地の宮殿に戻った。

 クルスは笑顔だ。


「アルさーん! おめでとうございます!」

「え?」

「いやー、アルさんは只者じゃないと思ってたんですよー」


 クルスは、うんうんとうなずいている。

 勇者のくせに、魔王になんの敵対心も覚えていないようだ。


「クルス。どうやら俺は魔王らしいけど、倒さなくていいの?」

「なんでですか?」


 クルスは心底わからないといった様子である。


「なんでって、勇者は魔王を倒すものだし」

「違いますよー。前魔王も侵略開始したから討伐したんですよ?」

「それは、そうかもだけど……」


 そこでクルスは考え込んだ。

 額に手を当てて、うんうん唸っている。


「クルス、どうした?」

「いや、アルさんが侵略開始したらどうしようかなって」

「やっぱり討伐?」

「うーん……」


 クルスは真剣に考えこんでいる。

 考え込むあまり、動きを止めたクルスにすかさずモーフィが近づいていく。

 服をかんだり匂いを嗅いだりぺろぺろ舐めたり、やりたい放題だ。

 手もハムハムしたそうだが、両手で頭を抱えているのでできないでいる。


「まず、旧魔王城をおとしましょう!」

 クルスがわけわからないことを言い出した。


「は?」

「クルス何言っているの?」


 俺とルカは思わず疑問の声を上げた。


「なにって、侵略する方法ですよ! 魔王城を拠点にした方が侵略がうまくいくと思うんですよ」

「魔王となったアルが侵略開始したら討伐するかどうかを悩んでいたんじゃないの?」

「なんで、ぼくがアルさんを討伐しないといけないんですか?」


 真顔でクルスはそんなことを言う。


「侵略するときは言ってくださいね! ぼくも手伝いますから」

「お、おう……。それはありがたいが……」

「でも、人を殺すのはだめですよ! 可哀そうですもんね。城を壊したりして、降伏させる方向で行きましょう!」


 クルスの作戦は楽観的過ぎる。

 城を壊した程度では降伏しないだろう。


「クルスもアルもなに言ってるのよ!」


 ルカは呆れるが、ユリーナはそれを見て満足げにうなずいた。


「クルスは仲間思いね。そこがクルスのいいところなのだわ」

「仲間思い……って言っていいのかしら」


 ヴィヴィが俺の手を取る。

 それを見てモーフィが素早く寄ってきた。最近モーフィの手に対する執着がすごい。

 もしかしたら、母牛とのスキンシップが足りていなかったのだろうか。


「魔王が必ず魔族の王になると決まっているわけではないのじゃ。アルの好きにすればいいのじゃ」

「そうか、ありがと」

「もちろん魔族の王になってもいいのじゃがな」

「魔族の王になるつもりはない……かな」

「それでいいとおもうのじゃ!」


 どこかヴィヴィは嬉しそうだった。


「とりあえずだけど、アルが魔王ってのは隠しておいた方がいいわね」

「そうなのだわ。大騒ぎになるし」


 俺が魔王になったと知れば、王国中枢は黙っていないだろう。

 それは教会組織も冒険者ギルドも同じだ。

 そして、過激派の魔族たちも騒ぎ始めるに違いない。戦乱の火種になりかねない。


「魔王だとしても特に何かするつもりはないぞ。だからみんな内緒にしておいてほしい」


 俺は田舎の衛兵の仕事が気に入っているのだ。

 ムルグ村の衛兵は自由度が高い。衛兵の仕事すらきちんとしなくていいぐらい緩いのだ。

 王都の衛兵では考えられない緩さである。


「わかったのじゃ」

「冒険者ギルドにも報告しないでおくわね」

「教会にも言わないでおくのだわ」


 みんな内緒にしてくれるようだ。


「おっしゃん、魔王ってかっこいいね!」

「村の皆にも内緒だぞ!」

「わかった! ないしょね」


 コレットは真面目な顔で口を手でふさぐ。可愛い。


「私、魔王の弟子ってことになりますね。賢者の弟子よりかっこいいです」


 ミレットは冗談めかしてくれる。空気を和らげようとしているのだ。

 怯えられなくてよかった。


「ミレットもコレットもありがと」

「? どういたしまして」

「おっしゃん、気にしなくていいよ!」


 ルカが真面目な顔で言う。


「それにしても、どうしてアルが魔王になったのかしら」

「アルさんが強いからですよ!」

「強いからって魔王になるわけではないと思う」


 ルカの言葉を否定するように、ティミショアラが首を振る。


「いや、基本的に魔の神は魔法の才を好むと言われているぞ」

「前魔王より、アルの方が魔法の才に優れていたから選ばれたってこと?」

「可能性は高い。もちろん神の意思だ。いくら我らが推測しても真意に到達できるかわからないが」

「神の意志はわからない……か」

「うむ。これまでの魔王は、当代でもっとも魔法の才に優れていたものが選ばれていた。そこから推測しただけに過ぎない」


 神の意志はわからない。意図もわからない。

 だが、過去の傾向がそうならば、そういうものなのかもしれない。


「いつから魔王になってたのかしら」


 ルカの問いにティミが答える。


「我が思うに、魔王を倒した後ではないかと」

「討伐されたとき、魔王は加護を喪っていた可能性が高いらしいけど」

「魔王を超える魔法の才と能力を持つアルラが出てきて、魔王は神の加護を喪ったのであろうが」

「じゃあ、その時からもう魔王だったんじゃないの?」


 それなら勇者が現魔王を連れて、前魔王を倒したということになってしまう。


「前魔王が魔神の加護を喪ったからといって、すぐに新たな使徒が生まれるというわけではない。あくまでも過去の実例によればだがな」

「なるほど」

「魔王を超える才を持つもの、アルラが現れて、魔王位が一度空位になった。その後、アルラが魔王を倒して魔王就任という可能性が一番高いかも知れぬな」

「入れ替わり? いや代替わりみたいなものか」

「過去の例ではそうなった例は結構多いぞ」


 そしてティミは俺の左ひざに目をやった。


「不死殺しの矢は死神の領分だ。だから魔神の加護を受けたアルには効きが弱かったのだろう」

「かなりつらかったけども……」


 石が成長したとき、ものすごく痛かった。あれで効きが弱いのだろうか。

 ティミはシギショアラを撫でる。


「姉上の最後の様子は我も聞いた。夜な夜な苦痛に叫んでいたとか」

「……そうだな」

「姉上は精神力が高く、痛みにも強い。高潔であり、誇り高く、余程のことがないと鳴き声など上げないのだ」


 俺が味わっていた以上の苦しみをジルニドラは味わっていたのかもしれない。


「りゃ?」

「そうだぞ、姉上、つまりそなたの母上は立派だったのだ」

「りゃあ」


 シギは、そっとティミに体を寄せた。


「それに魔法を使ったら成長するというのも、魔力が魔の神の加護だからなのだろうな」

「そういうものか」

「うむ」


 ユリーナが俺のひざを見ながら言う。


「魔神の加護を受けたのは、魔王を倒した直後ってことだけど……最近石の成長が加速しているのだわ」

「確かに。昔は魔法を使っても石が成長しなかったのに」

「最近はちょっと使っただけで成長するようになったな」


 シギを撫でていたティミが言う。


「ふむ。それならば、死の神の使徒、死王が力をつけているのだと思うがな」

「それはそれで、厄介だな」

「死王と話をつけるのを優先しなければならぬな」


 今後の方針が決まったので、俺たちはムルグ村に戻ることにした。


「アルラ。この宝具はお主が持っておくがよい」

「いいの?」


 それは例の神の使徒の位置がわかる魔法の地図だ。


「うむ。姉上から玉璽を託されたのはアルラだからな。それにこれがないと死王を探すのも大変だろう」

「そうか。じゃあ借りるね」


 俺は地図を魔法の鞄に大切にしまう。

 みんな転移魔法陣の方に歩いていっている。


 みんなの後ろ姿を見ながら、俺は傍らにいるフェムにささやく。


「ありがとうな」

「わふ?」

「あの時、俺とクルスの間に入ってくれて。守ってくれようとしたんだろ」


 クルスが俺を魔王だと指摘したとき、フェムは素早く間に入ってくれた。

 そしてクルスを威嚇し、唸ってくれたのだ。

 クルスは勇者である。いくら魔狼王たる魔天狼のフェムでも勝てる相手ではない。

 それでも、立ち向かってくれたのだ。


『わふ! 違うのだ!』

「どういうこと?」

『えっとえっと……』

「とにかくありがと。すごくうれしかったよ」


 俺はフェムをぎゅっと抱きしめた。


「わふぅ」

 フェムは小さな声で鳴くと、ゆっくりと尻尾を振った。

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