第148話

 俺たちは転移魔法陣をくぐって極地へと向かう。

 ルカもユリーナもお仕事を休んで同行してくれるようだ。


「古代竜(エンシェントドラゴン)の宮殿。楽しみねっ!」

「う、うん。そうだね」


 ルカはこれまでになく、うきうきしている。

 テンションが高くなって、クルスが若干引き気味だ。

 ヴィヴィとヴァリミエもついてきてくれることになった。


「転移魔法陣が新たにできたのなら、セキュリティも調整しないと駄目なのじゃ」

「姉上! わらわも手伝うのじゃぞ」


 ヴァリミエとヴィヴィもどこかテンションが高い。


「もっもーー」

「わっわふわふ!」

「りゃありゃ! りゃああ!」


 獣たちも興奮気味だ。

 極地。それは人族がたどり着くことすら困難な場所である。

 当然、住むことなど不可能と言っていいだろう。


 テンション高いみんなを見て、コレットもうずうずしたようだ。


「コレットも行きたい!」

「コレット、わがまま言ってはいけません」


 ミレットは止めた。ミレットは常識人なのだ。

 5歳児は危険な極地などに行くべきではないと思っているのだろう。


「お姉ちゃんだって、お弁当作ってたし!」

「こ、これは……。みんなのお昼ごはんで……」

「自分の分も作ってたのコレット知ってるもん!」

「お、お昼に食べようと……」


 ミレット自身、どこかうずうずしているのには気付いていた。

 本当は行きたいに違いない。


「行きたい行きたい行きたい!」

「我がまま言うんじゃありません」

「りゃありゃありゃありゃあ」


 駄々をこねるコレットを見て、シギショアラも真似をする。

 羽と手足をバタバタさせて、机の上でごろごろしていた。可愛い。


 それを見ていたティミショアラがコレットとシギの頭を撫でる。


「シギショアラもこう言っていることだし。コレットも行くかね?」


 こう言っている?

 シギは一体なんといったのであろうか。とても気になる。


「ティミ姉ーちゃん、いいの?」

「二人ともかまわぬぞ。ミレットよ。ダメであろうか?」

「ご迷惑ではないでしょうか?」

「それは気にしなくてもよい」

「そういうことならば、よろしくお願いいたします」

「やったーー」

「りゃっりゃーー」


 コレットもシギも嬉しそうにはしゃいでいる。

 その後、俺たちは転移魔法陣に向かう。


「では行くぞ」

「りゃー」


 全員で極地へと転移した。

 クルスが叫んだ。


「さっむい! すっごい寒いですよ!」

「なにこれ、寒すぎるのだわ」

「長い間、稼働していなかったから、宮殿が冷え切っているのだな」


 すこしきまりが悪そうにティミが言う。


「極地は極寒の土地なのよ。太陽の位置が低いからね」


 ルカが冷静に解説してくれる。ルカは学者だけあって博識である。

 クルスが、首をかしげる。


「低いっていうと?」

「太陽があまり高く昇らないの。おかげで地表に届く光の量がすくなくなるの」


 ルカはメモ帳に図を描いて説明してくれた。

 図で見るとわかりやすい。


「それに極地では一日中夜だったり、昼だったりするのよ」

「なにそれすごい!」


 饒舌にルカは語る。だが唇の色は青くなりつつあるし、小刻みに震えている。

 それはみんな同じだ。


『寒いのだ』

 フェムでさえそんなことを言う。


「もっもー」

「りゃっりゃー」

 一方、モーフィとシギは寒さをものともせずに、はしゃいでいた。


「魔法で防寒対策でも……」

「ちょっと待つのだわ」


 俺が魔法を使おうとしたらユリーナに止められた。


「またひざが痛くなるかもしれないじゃない」

「いや、たぶん大丈夫だぞ。たいして魔力使わないし」

「またそんなこと言って。この前もたいして魔力使ってないのに石が成長したのだわ!」

「それは、そうだけど……」


 ユリーナの言うとおりである。

 魔法を使うのはなるべく避けた方がよさそうだ。


「いったん戻って、装備を整えたほうがいいかもね」

「そうですね」

「寒いの!」


 ルカの提案にミレットとコレットも賛同する。

 準備をするというティミショアラを置いて、俺たちは一度村に戻った。


「あそこまで寒いとは……」

「極地が寒いのは当然よ? 準備不足が過ぎると思う」


 ルカはそういうが、ルカも薄着で極地に行ったのだ。

 人のことを言えないと思う。


 俺たちは大急ぎで防寒具を整えた。 


「フェムちゃんにはこれがぴったりだね」

「わふ?」

「モーフィちゃんはこれかなー?」

「もっも」

「シギちゃんはこれがちょうどいいかな?」

「りゃあ!」


 クルスが獣たちの防寒具を用意してくれている。

 四足歩行の動物向け防寒具を常に持っているのがすごい。


 フェムとモーフィの防寒具は、馬用の防寒具、いわゆる馬着(ばちゃく)だ。

 モーフィもフェムも、普段は馬より小さくなっているので難なく着られる。

 シギの防寒具は着ぐるみの様な感じである。可愛らしい。


「馬着はともかく、シギにぴったりの着ぐるみとかよく持ってたな」

「えへへー。こんなこともあろうかと」


 何を想定していたのだろうか。クルスの考えはよくわからない。

 防寒具を身につけて、再度極地へと向かう。


「暑い!」

「すごく暑いのだわ」


 クルスとユリーナが叫んだ。

 実際すごく暑かった。


「もっも!」

「わふぅ……」

「りゃりゃ」


 モーフィとフェムも困惑している。

 一方、シギは元気だ。お構いなしにパタパタふわふわ浮かんでいる。

 そこに、ティミがやってくる。


「みんな寒がっていたからな。暖房で、暖めておいたのだぞ」

 ティミはどや顔だ。


「お、おう、ありがとう。でも、践祚しないと宮殿の機能動かないのでは?」

「もちろん、本格的に稼働させるにはシギショアラの登録が必要だ。だが、暖房ぐらいなら我でも動かせるのだ」

「そうだったのか」


 そういいながら、俺は防寒具を脱いでいく。

 みんなも脱いでいる。


「フェムとモーフィ、シギも脱ぐ?」

『暑いのだ。脱ぐのだ』

『ぬぐ』

「りゃ?」


 シギ以外は脱ぎたそうだ。

 俺は素早くフェムとモーフィの防寒具を脱がせてやる。


「シギは本当に脱がなくていいの?」

「りゃあ!」


 シギは着ぐるみが気に入ったようだ。

 そんなシギを見てティミが言う。


「シギショアラは何を着ても可愛いな」

「りゃあ」

「シギ、本当に暑くないの?」

「シギショアラは我慢強いからな!」


 ティミは自慢げだ。

 我慢しているのなら、脱がしてやった方がいい。


「シギも脱ごうねー」

「りゃあー」


 俺が脱がしている間、シギは大人しくしていた。

 防寒具を脱ぐと、少し暑いが我慢できないレベルではない。

 そう伝えると、ティミが暖房を調節しに行った。


 やっと落ち着いて、転移魔法陣部屋の様子を観察できた。


「広いですねー」

「天井が高いのだわ」

「これほどの大きな建物は人間の国にはないかも」


 クルスたちが感嘆の声を上げていた。

 本来の姿の古代竜でも普通に暮らせるほどの建物なのだ。

 村が一つ入りそうなほど大きな部屋である。


「一部屋でこのぐらい大きいのなら、宮殿全体はどのくらいでかいのか……」

「すごいですね」

「ひっろーい!」


 ミレットとコレットも感動していた。

 壁や天井も見たことのない素材で作られている。

 部屋を見回していたヴィヴィが言う。


「防御魔法陣を刻むのは無理じゃ……」

「大きすぎるのじゃ。この部屋を防御するだけでも、魔法陣が巨大になりすぎる。とてもじゃないが無理じゃな」


 ヴィヴィもヴァリミエもあきらめたようだ。


「防御なら安心するのだ。シギショアラが践祚すれば宮殿自体が強固な魔術的防御に守られることになる」

「なるほど。ムルグ村のほうを固めておけば大丈夫かな」

「そうしてくれ。頼むぞ。ヴィヴィにヴァリミエ」


 ティミにそう言われて、ヴィヴィたちはうんうんとうなずいていた。

 それから、ティミはシギを抱きしめて言う。


「さてさて。シギショアラの践祚を行う部屋はこちらだぞ」


 俺たちはティミの案内で、儀式が行われる部屋に向かうことにした。

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