第128話

 アルフレッドラ。

 あまりかっこいいとは思わない。だが、まあいいかとも思う。

 竜の世界ではかっこいいのかもしれないし。それに人の世界ではこれまで通りアルフレッドなのだ。

 ミドルネームみたいにアルフレッド・ラ・リントにしてもいいだろう。


「らっらっらー」

 シギショアラが嬉しそうに鳴いていた。

 シギショアラが喜んでくれるなら、名前ぐらい小さな問題だ。


「そうだぞー。アルフレッドラさんだぞー」

「らっらー!」

 シギショアラが嬉しそうにしているので、撫でてやった。


「うむうむ。気に入ってくれてよかったぞ」

 ティミショアラも満足げだ。


 俺はティミに尋ねる。

「ティミはいつごろまで、こちらにいられるんだ?」

 もし長くいられるならば、シギに色々教えてやってほしい。

 古代竜の魔法など、俺の知らない知識はたくさんあるのだ。


「姉上の喪が明けるまでであるかな。それまでは子爵の公務もお休みできるからな」

「喪が明けるのってどのくらい?」


 人族の庶民では、服喪期間は10日ぐらいが一般的である。そんなに仕事を休めないからだ。

 だが、人族社会でも王族の場合はもっと長い。大体1年ぐらいだろうか。

 王侯貴族は儀礼を重んじるのだ。


「そうだな20年ぐらいであろうか」

「え?」

「む? どうかしたのか?」

「意外と長いんだな」

「そうだろうか」


 ティミショアラは首をかしげていた。

 寿命が果てしない古代竜(エンシェントドラゴン)にとって20年は一瞬なのかもしれない。


「そうか、しばらくこっちに居られるんだな」

「うむ!」

「それなら、シギに色々教えてやってくれよ」

「何でも教えてやるぞ!」


 ティミは豊かな胸を堂々と張る。

 そして、「あっ」と声を出した。


「どした?」

「大切なことを忘れていた。シギショアラは践祚(せんそ)しなければならない」

「践祚?」

「うむ。この場合は姉上が崩御した故の践祚だから、諒闇(りょうあん)践祚というのだがな。大公位をシギショアラが継がねばならぬ」

「喪が明けてからじゃないの?」

「喪が明けてからやるのは即位だぞ?」


 ティミはそんなことも知らないのかといった目で見てくる。


「そうよ。アルラ。人族の王族も、践祚と即位は違うでしょ?」

「そうなのだわ。アルラ。常識よ?」

 ルカとユリーナまでそんなことを言う。

 勝手にアルからアルラと呼び名を変えるのはやめてほしい。

 しかもアルラと呼ぶとき、にやにやしている。絶対面白がっている。


「そうだったんだー。ぼくも知らなかったです。アルラさん、おんなじですね」

 クルスはなぜか嬉しそうだった。クルスは素直にアルラという名をかっこいいと思っていそうだ。


 貴族でもない限り、即位と践祚の違いなど知らないのが普通だと思う。

 今は俺も貴族なのだが……。


 たまたま通りかかった、朝食準備中のミレットに尋ねる。

「ミレット、即位と践祚の違いって分かる?」

「ソクイ? センソ? それって何ですか? 魔法用語ですか?」

「いや、王様になることをそういうんだよ」

「へー。アルさんは物知りですね!」


 ミレットは、パンを運んでいる。キッチンの方ではスープなども作ってくれているのだろう。

 以前、手伝おうとしたら、断られてしまった。失敗して余計仕事を増やしたためだ。

 特にクルスが、やらかした。


 だから、最近では、後片づけをやらせてもらっている。

 一人で食事の準備をするのと、俺、クルス、ルカ、ユリーナ、ヴィヴィの5人で後片付けをするのでは1人辺りの労働量が違う。

 だから、いつも心苦しい気になる。


「ミレット。なにか手伝えることある?」

「だいじょうぶですよー。お任せください!」


 ミレットは笑顔でそう言った。いつもそうなのである。

 その時、コレットが、ティミのひざにポンと座った。

 ティミはコレットの頭を撫でながら、ミレットに言う。


「ミレット。うまそうなパンだな」

「ティミさんのお口に合うかどうか―」

「いや。おそらく合うと思うぞ。とても良い匂いだ」


 なにやら、ティミはミレット、コレットとも仲がいいらしい。

 俺が起きるまでの間に打ち解けたのだろう。


 ティミに頭を撫でられながら、コレットが尋ねる。

「ねえねえ、ティミちゃん。そのセンソ? とかいうのでシギちゃんは遠くに行かないと駄目なの?」

「そうだぞー」

「えーさみしいー」

「でも仕方ないのだ」


 ティミはそういうが、シギを連れて極地に行くのは大変である。

 距離も遠いし、何より寒い。

 それに俺のひざも痛いのだ。


「もうすこし、シギが大きくなってからじゃだめなのか?」

「だめだぞ。いまでも遅すぎるぐらいなのだ」

 ティミは真剣な表情をしていた。


「シギが践祚するまで極地の支配者が不在なままになってしまう。そうなれば良からぬことを考えるものもおるかもしれぬ」

「良からぬこと?」

「古代竜はおそらくそのようなことは考えないのだがな。20年は短いし。だが、古代竜じゃない魔獣が調子に乗るのだ」

「ふむふむ」

「それに人族にも調子に乗る奴がたまにおるのだ。戻ったとき、空白だった玉座に暗黒魔導士が座っていたらと思うと……。許せぬだろう?」


 ティミの言いたいことはわかる。権力の空白はそれだけで火種になる。

 ティミは静かな口調で続ける。


「践祚というのは、儀礼的には大公になることだ。そして、実務的には玉座を含む大公の宮殿の支配者として登録しなおすという意味だ」

「大公になると、極地にいないと駄目なの?」

「いや、登録さえすませれば、どこにいても構わないぞ。強固な魔法防御が作動するからな」

「魔人王は宮殿から卵を盗み出したけど」

「そのとおりだ。だが、侵入できるのは魔王や魔人王ぐらいのものなのだ」

「なるほどな」

「大公の宮殿はそれ自体が巨大な魔道具なのだ。いまも防御魔法がかかっているから容易に乗っ取られるものではない。だが、支配者不在が続くとほころびが生じやすい」


 シギが践祚しなければならないのは間違いないようだ。だが、移動が厳しい。

 ティミはにこやかに言う。


「我が乗せて行ってやるぞ。数日もあれば到着できるだろう」

「それはありがたいが……」

「ティミちゃんに転移魔法陣を設置してもらえばいいんじゃない?」


 ルカが目を輝かせていた。

 ルカは宮殿にフィールドワークしに行きたいのだろう。

 だが、ルカは忙しいから移動に時間のかかる極地に行きにくい。

 ならば転移魔法陣しかない。


 ルカの思惑はともかく、名案である。


「たしかに転移魔法陣があれば、移動も楽だし。シギを宮殿に連れていくことも簡単になるな」

「ふむ。だが我は転移魔法陣の作り方は知らないぞ」

「こっちで作って持っていけばいいぞ」

「そんなことができるのか?」


 ティミに設置方法を説明した。

 ティミはシギを乗せて極地まで飛びたかったらしい。だが、飛ぶこと自体は別にこちらでもできる。

 簡単に納得してくれた。


 しばらく話していると、

「あっ」

「どうしたティミ?」

「足がしびれた。そろそろ帰らねばならぬ」

「足が?」

「うむ。人に変化すると、どうにも血の巡りが悪くなってな。しびれるのだ」


 新事実である。知らなかった。

 ルカも知らなかったのだろう。メモを取っていた。


「帰るってどっちに?」

「それはだな。あちらの方に……」

 ティミショアラは説明してくれる。

 ティミショアラは、シギの親であるジルニドラがいた場所を仮の巣にしたらしい。

 あの場所は古代竜的に、何か惹かれるものがあるのかもしれない。


「いつ頃来れば、転移魔法陣は完成しているのだ?」

「遅くとも明日には」

「なんと! そんなに早いのか! ではまた明日来るぞ」


 小屋から出て行こうとするティミをミレットが止めた。

「ティミさん、待って」

「どうした?」

「これ朝ごはんです!」

「ありがとう。嬉しいぞ」


 人の姿ならともかく、古代竜の姿に戻ったティミにとっては量が少なすぎる。

 だが、ティミは嬉しそうだった。


 そして、笑顔のまま、ティミは村から離れていった。

 しばらく後、少し遠くで、巨大なティミが飛び立つのが見えた。

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