第129話

 ティミショアラが飛び立つのを見て、シギショアラは羽をバタバタさせる。

 俺の肩に乗っているので、顔にビシバシ当たるが、気にしない。

 シギは興奮気味だ。自分も飛びたいのかもしれない。


「シギもすぐに飛べるようになるさ」

「りゃあ?」


 シギは首をかしげると、俺の髪の毛の中に鼻を突っ込む。

 ティミが飛び立った遠くの空を、じっと見ていたルカが言う。


「速くない?」

「速いな」


 ティミショアラは危機察知魔法陣の範囲外に出て飛び立ってくれた。気を使ってくれたのだろう。

 魔法陣の範囲は広い。範囲外に出るまで、ワイバーンで10分かかる。


「5分も経ってないわよね」

「そうだな。人の姿でも飛んでいるワイバーンより倍速いのか」

「なるほどです」


 クルスが目を輝かせていた。かけっこ勝負でも思いついていそうだ。

 無害なので好きにすればいいと思う。

 人の姿で走ってワイバーンの倍ならば、古代竜の姿で飛べば何倍なのだろうか。


「ルカ。古代竜って、飛んだらどのくらい速いの?」

「わからないわ。グレートドラゴンやワイバーンよりも速いとしか……。今度聞いてみたいわね」

「乗せてもらえばいいじゃないか」

「乗せてくれるかな?」

「頼めば多分」


 ルカも目を輝かせていた。魔獣学者としての血が騒ぐのだろう。


『フェムの方が速いのである』

「そうか」


 どうだろうか。微妙なところだ。だがフェムは自信満々風に言う。

 あくまでも自信満々風なのだ。明らかに虚勢を張っているのが明らかだ。

 なぜなら、フェムはティミのいる食堂に一歩も入らなかったからだ。


「フェムさ、ティミのこと怖いの?」

『こ、怖いわけないのである!』


 そういいながら、尻尾が微妙に股の間にある。飛び去ったのにまだ怖いのだ。

 最強の狼である魔天狼も、最強の竜である古代竜は怖いのかもしれない。


「そうか。まあ少しずつ慣れればいいぞ」


 俺は頭を優しく撫でながら、尻尾をつかんで上に優しく引っ張ってやった。

 こんな姿を子分の魔狼たちに見られたら可哀そうだと思ったのだ。


「ちなみに、魔狼たちは?」

「小屋の中じゃない?」


 ルカがそういうので、狼小屋を見に行った。

 狼たちは小屋の中、その端の方に固まっていた。明らかに怯えていた。


「人の姿に変化しても、魔獣にとっては怖いのか」

「そりゃそうですよー。アルさん。にじみ出る雰囲気がなんかズドーンって感じですからね」

「そうなのか」


 クルスは鼻息が荒い。ずどーんがどういう感じなのか、俺にはわからない。

 だが、きっとなんかすごいんだろう。 


「もっもー」

 遠くからモーフィの声が聞こえた。

 ティミを見送るまでは一緒にいたのに、いつの間にか移動していたらしい。


「モーフィは元気じゃな!」

「もっも」


 モーフィは背中にヴィヴィとヴァリミエを乗せてご機嫌に走っている。

 外に出て、ヴィヴィの匂いに気づいて、駆けつけたのかもしれない。


「お、アル、起きたのじゃな?」

「ヴィヴィも、ヴァリミエも、おはよう。今日は早いんだな」

「うむ。朝ごはんをたべたらリンドバルの森に帰らねばならぬのじゃ。今のうちに仕事をしておこうと思ってのう」

「仕事?」


 俺が尋ねると、ヴァリミエはどや顔になる。

 その横ではヴィヴィもどや顔をしていた。ついでにモーフィもどや顔をしている。


「危機察知魔法陣をヴィヴィと一緒にいじって回っていたのじゃ」

「どんなふうに変えたの?」

「味方に反応しないようにしようと思ったのじゃ」

「味方っていうと、ティミ?」

「うむ。ティミショアラが飛んでくるたび警報が鳴っていたら困るじゃろう? それにドービィも遊びに来るかもしれないのじゃ」

「たしかにな。味方でも警報が作動したら、慣れちゃうからな」


 ヴァリミエとヴィヴィは姉妹そろってうんうんとうなずいている。


「衛兵小屋にある危機察知魔法陣の核に味方を登録できるようにしておいたのじゃ」

「それはすごい。どういう仕組みなの?」

「うむ! よく聞くがよいのじゃ」


 ヴィヴィとヴァリミエは一生懸命説明してくれる。

 かなり複雑な仕組みだが、何とか理解できた。


「それにしても、ヴァリミエも、ヴィヴィもすごいな。」

「そうじゃろそうじゃろ」


 ヴィヴィはとても嬉しそうだった。

 ヴァリミエがモーフィから降りて、小屋の陰からゴーレムを連れてきた。


「あと、ゴーレムも作っておいたのじゃ。手本にすればいいと思うのじゃ」

「おお、素材は鉄?」

「うむ。鉄と岩と木じゃな。三種類作っておいたのじゃ」


 どのゴーレムも人の半分ほどの身長だ。

 畑を荒らさずに収穫できそうである。


「姉上はすごいのじゃ!」

「褒めるでない褒めるでない」

「いや、本当にすごいと思うぞ」

「よすのじゃ、照れるではないかや」


 ヴァリミエは顔を真っ赤にしていた。

 次のゴーレムづくりの参考にさせてもらおうと思う。



 そのあと、皆で朝食を食べ、ヴァリミエは森に帰っていった。

 きっと、またすぐ来てくれるに違いない。


 ルカやユリーナも王都に帰った後、いつものように俺は衛兵業務につく。

 今日もクルスがそばに居てくれる。とてもありがたい。

 横では、ヴィヴィが魔法陣を描いている。

 ティミにもっていってもらう予定の転移魔法陣だ。


「やはり、オリハルコンは魔力伝達率が高いから描きやすいのじゃ」

「やっぱり違う?」

「全然違うのじゃ」


 ヴィヴィが魔法陣を刻んでいるのは大きな円形のオリハルコンの盾だ。

 盾はクルスが鞄から出してきてくれたのだ。


「オリハルコンの盾が余っててよかったですよー」

「クルス、提供してもらっちゃったけど、いいの? 結構高価なものだぞ」

「大丈夫ですよー。余ってますし」

「余ってたのか。そういえば、王都への転移魔法陣は、クルスが持ってた竜の逆鱗に描いたんだったよな」

「はい。あれも余っててよかったです」


 普通は余らないものだ。クルスの鞄の中に何が入っているのか、興味が出てきた。

 ヴィヴィは着々と魔法陣を刻んでいく。とても細かい作業だ。芸術的ですらある。


「すごい」

「ヴィヴィちゃん、やっぱりすごい魔法使いだったんだね」


 コレットとミレットに褒められて、ヴィヴィは頬を赤くしていた。

 一方、獣たちは畑の周りを駆け回っている。彼らなりに何かやっているのだろう。

 それを見ていて、思い出す。


「今のうちにドービィも通れるように倉庫の扉を大きくしておこう」

「たしかに大事なのじゃ。だがひざは大丈夫なのかや?」

「このぐらいなら大丈夫だ」

「無理はするでないのじゃぞ」

「ぼくがついているから大丈夫ですよー」


 クルスにつきそわれて俺は倉庫へと向かう。 

 倉庫の中、転移魔法陣が設置されている小部屋の入り口を拡張するのだ。

 そして、倉庫の入り口も広げなければならない。


「結構大変そうですね。大丈夫ですか? アルさん」

「大丈夫大丈夫。あまり魔力も使わないから」

「それならいいんですけどー」


 俺は倉庫の改装を始めた。気づいた獣たちが集まってくる。


「倉庫から肉を出そうとしているわけじゃないからなー」

「わふ?」「りゃっりゃ」


 フェムは首をかしげつつ、しれっと倉庫の中へと入っていく。フェムのうえにはシギが乗っている。

 絶対肉をこっそり食べる気である。


「もっも」

 モーフィはそんな肉食の二匹を無視して、クルスの手をハムハムしていた。

 俺が順調に倉庫の改装を進めていると、フェムの上に乗ったシギがこっそり肉をとろうとしていた。


「ダメだぞ」

「りゃーー」

 俺はシギを抱きかかえる。シギはいやいやをするようにバタバタするが、気にしない。


「フェムも、シギを連れてきたらダメだろ」

 フェムは「はっはっ」と言いながら、舌を出している。まるで犬のようだ。


 俺は獣たちに負けずに、倉庫の改装を無事終えた。


「やはり、魔法は建築に向いているな」

「ついでにドービィに挨拶してきましょうよ」

「りゃ!」「わふ!」「もっも」


 クルスの言葉で獣たちは皆元気に尻尾を振った。

 獣たちもドービィに会いたいようだ。


「クルスは旧魔王領に行ったらだめって言われただろ」

「でも、ヴァリミエちゃんのおうちなんですよね? なら大丈夫じゃないですか?」

「まあ、ちょっと見てくるぐらいなら、いいかもしれないな」

「わふぅ!」「りゃあ!」「もっも」


 獣たちも嬉しそうだ。

 俺とクルスと獣たちは、転移魔法陣を通って、リンドバルの森に向かうことにした。

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