第117話
ひざは痛くても、俺はいつものように衛兵業務につく。
ひざの痛みは、座ってるだけなら何とかなる程度だ。
クルスは俺の横に座っている。ひどく痛むたびに撫でてくれるのだ。ありがたい。
「むう。ひざが痛いとは心配ですね。横になっておいた方がいいのでは?」
「今日は午後からイモの収穫だからな。痛いとか言ってられないんだ」
「そうはいってもー」
「クルスこそ、いいのか? 俺はありがたいが……」
勇者であるクルスは忙しいはずだ。にもかかわらず、今日はずっと俺のそばについていてくれている。
「りゃあ」
「シギは元気だねぇ」
シギショアラはクルスがいるのが嬉しいのだろう。クルスの頭の上に乗っていた。
シギはクルスの柔らかそうな髪に頭を突っ込んだりしている。
クルスも嬉しそうに頭上に手をやってシギを撫でていた。
「いまは暇なんですよ。魔人討伐も終わりましたし! 王都付近の魔獣出現率もがくっと下がったんです。だから今のうちに休んでおけば? ってルカが」
「そうだったのか」
最近の王都周辺の魔獣襲撃の多さは、魔人の暗躍のせいもあったのかもしれない。
よく考えたら、一時期ムルグ村周辺でも魔獣の襲撃が増えたこともあった。それも元はと言えば魔人のせいだった。
しばらく平和になるのかもしれない。そうなれば、とても嬉しい。
作業着を身につけたヴィヴィがモーフィと一緒にやってきた。
「ひざが痛いのであろ? 無理するでないのじゃ」
「そうはいってもな」
収穫は農作業最大のイベントである。参加しないわけにはいかない。
「もっもう」
一方、モーフィは俺の左手を口で咥えた。まるで子牛が母乳を飲むかのようにはむはむしている。
きっとモーフィなりに心配してくれているに違いない。
「もっちゅもっちゅ」
……いや、本当に心配してくれているのだろうか。
「足手まといになるのじゃ。アルはゆっくりしておくがよい」
ヴィヴィが優しさから言ってくれていることはわかる。
俺は右手でヴィヴィの頭を撫でた。
「ありがとうな」
「なっ!」「りゃっ」
戸惑ったのか、ヴィヴィは手をバタバタさせていた。
それを見てシギも羽をバタバタさせている。
俺は左手をモーフィにハムハムされながら、真剣に考える。
ひざが痛くても手伝えることはあるはずである。
「ううむ。重力魔法を使って……」
「また大げさなことを……」
俺の独り言を聞きとがめたヴィヴィが呆れる。
重力魔法でイモだけを浮かせることができれば、楽に収穫できるのではないだろうか。
だが、土からイモをより分けるのが大変だ。大雑把に持ち上げるだけなら楽なのだが。
それに地面の中にイモがどれぐらい取り残されるのかという問題も残る。
「収穫に重力魔法は色々面倒かもしれないな」
「そう思うのじゃ」
その時、俺はふと思いつく。
「そうだ。ゴーレムを作ろう」
「姉上に教わったゴーレム作りの技術を早速生かすのじゃな?」
「そうそう。ゴーレムに収穫させよう。うまくいけば、他の畑の手伝いもできるし」
「ふむ。姉上は植林や間伐にゴーレムも使っていたのじゃ。だからうまいことすれば使えると思うのじゃが……」
「よし、試してみよう」
善は急げだ。俺はいつも持っている魔法の鞄から材料を取り出す。
ヴィヴィの姉、森の隠者ヴァリミエにゴーレムの素材を沢山あげた。だが、まだまだ倉庫には大量に残っている。
その一部を、いつでも作れるように一通り魔法の鞄にも入れておいたのだ。
冒険者時代に集めた素材も含めれば、鞄の中に入っている素材は大量だ。
「基本素材は何にしようかな」
「姉上は石のゴーレムを作っていることが多かったのじゃ。やっぱりコストが安いからのう」
「ふむ」
ゴーレムは基本素材によって性能が変わる。基本素材は土、石類、金属類などが一般的だ。
石と言っても宝石のような硬い石から柔らかい砂岩のような柔らかい石まである。
金属も錫、亜鉛、鉄からミスリル、オリハルコンなど様々だ。
硬さや脆さ、魔力伝導率など、いろいろな要素があって、ゴーレムづくりは奥深い。
「わらわも作ってみるのじゃ」
「そうだな。一緒に作ろうか」
「どっちがうまく作れるか勝負なのじゃ」
俺と一緒にヴィヴィもヴァリミエからゴーレムづくりを習っていた。
だから、俺とヴィヴィはゴーレムづくり歴はほぼ一緒なのだ。勝負するにはちょうどいい。
「やっぱり、ミスリルかな……」
「む? ミスリルゴーレムかや? 魔力伝導率が高いからいいゴーレムになりそうじゃな。わらわもそれにするのじゃ」
独力で作る初めてのゴーレムなのだ。ケチりたくはない。
だが、さすがにオリハルコンはもったいない気がした。だからミスリルに決めた。
ゴーレムを作りはじめた俺たちをクルスたちは楽しそうに眺めていた。
シギも興奮気味でしきりに羽をバタバタさせている。
変わったことを始めたことに気が付いたのだろう。コレットとミレットがやってきた。
なかなか目ざといと思う。
「あー、おっしゃん、なにやってるのー?」
「ゴーレムを作ってみようと思ってな」
「ごーれむ?」
「魔法で動く大きな人形みたいな」
「すっごーーい」
コレットは目を輝かせる。一方、ミレットは姿勢を正した。
「先生! 見学させていただいてもいいですか!」
「いいぞ」
一応、俺はミレットとコレットにとって、魔法の先生でもあるのだ。
「だが、ゴーレムづくりに関しては、俺は初心者だからな。人に教えられるようなレベルではない」
「アルさんにも、苦手な魔法があったんですね」
「そりゃあるぞ。だから、失敗するかもしれない。見ててもいいが、真似はするなよ」
「わかりました」
ミレットは素直にうなずくが、コレットは首をかしげる。
「真似しちゃダメなの?」
「うむ。今回うまくゴーレムを作れたとしても、たまたまかもしれない。熟練の業ではないんだ。ゴーレムづくりを学ぶならベテランに習わないと駄目だ」
「ヴァリミエおねーちゃんみたいな?」
「そうだぞ」
コレットは納得したようだ。うんうんと頷いていた。
ふと横を見ると、ヴィヴィが黙々とゴーレムづくりを進めていた。油断も隙も無いとはこのことである。
俺も真剣にゴーレムを作りはじめた。
俺もヴィヴィも、ヴァリミエの指導の元では何度かゴーレムを作った。
だが、一人で作るのは初めてだ。少し緊張する。
まずは大量のミスリルを使って、人型を形成する。
金属に限らず、すべてのゴーレムは関節部の構造が肝になる。可動域を広く、かつ頑丈に、形成しなくてはならない。
それから魔法陣を刻んでいく。ゴーレムに刻む魔法陣は大量だ。
魔法陣のエキスパートであるヴァリミエがゴーレムづくりも得意なのは納得である。
数時間後。
「やっとできた」
「わらわの方が早かったのじゃ」
「だが、勝負はどっちが有用なゴーレムか、だからな」
「わかっておるのじゃ」
やっと、俺とヴィヴィ、一体ずつのミスリルゴーレムが完成した。達成感がすごい。
「ふわあーかっこいいです」
「おっしゃんすごーい」
「りゃありゃああ」
クルスとコレット、そしてシギが大喜びだ。
「よし畑に連れて行って、動きを確認してみよう」
「そうじゃな。楽しみなのじゃ」
「その前にお昼御飯です」
ミレットが毅然として言った。そう言われて初めて空腹だと気づいた。
時刻は正午を少し過ぎている。
ゴーレムづくりに熱中しすぎて時がたつのを忘れていた。
俺たちはゴーレムを畑まで連れていく前に、昼ご飯を食べることにした。
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