第112話

 俺たちがムルグ村に帰還すると、ユリーナとモーフィが村の周囲を散歩していた。

 ユリーナも俺たちと同じで、まったく寝ていない。それなのに待っていてくれたのだ。

 見回りも兼ねて散歩してくれていたのだろう。ありがたいことである。


「ほんとモーフィは可愛いのだわ」

「もっも!」


 ユリーナはモーフィの背中を撫でまくっている。

 モーフィも嬉しそうにユリーナにじゃれついていた。服の袖をハムハムしている。

 ユリーナとモーフィが仲良さそうでよかった。


 俺たちの帰還に気づいたユリーナとモーフィが駆けよってくる。


「おかえり」「もう」

「ただいま」


 ユリーナはクルスに近寄って頭を撫でる。モーフィはヴィヴィに頭をこすりつけていた。

 俺はユリーナに軽く報告するとすぐに、寝ることにした。


「姉上とライはわらわの部屋で寝ればいいのじゃ」


 ヴィヴィがヴァリミエを引っ張っていった。姉妹の交流を楽しんでほしい。

 今日ぐらいは俺も衛兵業務を休んでもいいだろう。ミレットに許可をもらった後、寝ることにした。


 それでも昼頃には起きてしまう。起きてしまったら仕方がないので衛兵の業務につく。

 ルカやユリーナは俺より先に起きて王都に帰ったようだ。クルスとヴィヴィたちはまだ寝ている。



 夕方になったころ、俺の指輪が震え始めた。


 ――リリリリリリリリ

 小屋の中から鈴の音が聞こえてくる。


 俺の横で地面に寝ていたフェムも飛び起きる。シギショアラは怖かったのか俺にしがみついた。


「わふ?」「りゃっりゃ」

「侵入者だな」


 ヴィヴィが設置した危険察知魔法陣の警報である。一応俺は警戒する。


 十分後、ドービィが飛んできた。

「ドービィ早いな」

「ぎゃっぎゃ」


 さすがは森の隠者ヴァリミエが可愛がっているグレートドラゴンである。

 一日も経たずにムルグ村に到着した。予想より早い。

 並みのグレートドラゴンではここまで速くないはずだ。もしかしたらグレートドラゴンとは別の種族なのではないだろうか。

 そんなことを考える俺に、ドービィは鼻を押し付けてきた。可愛いので撫でてやる。


「ウーーー、ワウワウッ」「ワゥ!」

 魔狼たちが集まってドービィに吠えかかる。


「わふ」

 だが、フェムが一声吠えたら大人しくなった。仲間だと教えたのだろう。

 魔狼たちはドービィの匂いを嗅ぎまくる。

 ドービィも魔狼たちに挨拶するかのようにぺろぺろ舐めていた。


「ドービィ、無事じゃったか!」「がうがう」


 眠っているはずのヴァリミエとライも小屋から走って出てきた。

 今朝ぶりの感動の再会である。

 だが、ヴァリミエと一緒に寝ていたはずのヴィヴィが来ない。

 

「ヴィヴィはどうしたの?」

「まだ寝てるのじゃ」


 小屋の中に響いた鈴の音は、結構大きかった。


「あの音で起きないとは……たいしたものだな」

「わが妹ながら、すごいのじゃ」


 ヴァリミエはどこか誇らしげだ。

 一方、ライは魔狼たちとあいさつしていた。


 俺にはライ、ドービィとフェムたち魔狼が交流している間にやっておくことがある。


「ヴァリミエ。こっちに来てくれ」

「む? こちらは転移魔法陣ではないかや?」

「この建物は、本当は倉庫なんだ」

「……気づかなかったのじゃ」


 倉庫は中身を魔法で拡張しているので、とても広い。

 中にしまわれている素材は大量なのだが、それ以上に広いのだ。がらんとしている。


 そして、入り口のすぐ近くの小部屋に王都への転移魔法陣が置かれている。

 ヴァリミエは何度か通っている。だが、急いでいたし夜だったので倉庫だと気づかなかったのだろう。


「最近倒した魔獣の戦利品は大体ここに保管してあるんだ」


 俺はヴァリミエに倉庫の中を案内する。

 ヴァリミエは素材を見て驚いていた。


「すごい素材の量なのじゃ」

「最近、魔獣が多くてな」

「……ムルグ村は恐ろしいところじゃなぁ」


 ヴァリミエは心ここにあらずといった感じだ。

 素材に夢中である。


「どれでも好きなだけ持って行っていいぞ」

「え?」


 ヴァリミエは目を輝かせる。


「ほんとにいいのじゃな?」

「いいぞ。使わないからな」


 一応、クルスたちや村長にも許可は取ってある。

 

「そうじゃな、これとこれとー、これも欲しいのじゃ」

「いいぞ」

「ほんとじゃな?」


 ヴァリミエはものすごく嬉しそうだった。これで立派なゴーレムを作ってほしいものだ。

 嬉しそうにしていたヴァリミエは、ふと真面目な顔になる。


「アルにはお世話になってばかりなのじゃ」

「そんなことないぞ。魔人の本拠地教えてもらったしな」

「ヴィヴィもお世話になっておるし。なにかお返しができるとよいのじゃが……」

「気にしなくていいぞ」

「そういうわけにはいかないのじゃ」


 真剣な顔でヴァリミエは悩んでいた。

 だが、金は別に要らないし、素材で必要なものも特にない。

 俺はしばらく考えた。そして、思いつく。


「じゃあ、ゴーレムの作り方教えてよ」

「ゴーレムかや? アルほどの魔導士じゃ。ゴーレムぐらい作れるのじゃろ?」

「実は……作ったことないんだ」


 常に移動し続ける冒険に、ゴーレムはさほど役立たない。移動速度が速い勇者パーティーについてこれないのだ。少なくとも素材のコストに見合わない。

 だが、ゴーレムは防衛の役に立つ。


「じゃあ、教えるのじゃ」

「それは助かる」

 ヴァリミエと二人で倉庫から出ると、ライ、ドービィとフェムたちが仲良く遊んでいた。


◇◇◇◇

 魔人討伐から一週間、特に襲撃もなく平和だった。

 俺はヴァリミエにゴーレムの作り方を習いながら、ミレットたちには魔法を教えて過ごしていた。

 ドービィは倉庫の近くに横たわって、日向ぼっこしながら過ごしていた。



 夕食時に、ルカが報告してくれた。

 

「魔人の調査が大体終わったわ」

「どうだった?」


 例の魔人はミスリルの魔人王と呼ばれる200年前から暗躍していた魔人とのことだ。

 十数人の魔人を支配下に置いているのだという。


「個人主義の魔人を、支配下に置くとは。大したもんだな」

「まったくなのじゃ。恐ろしい魔人じゃ」

「魔人王だったんだね。道理で強いとおもった」


 ヴィヴィとクルスがうんうんとうなずいていた。

 俺は、地下で捕まっていた魔獣たちが気になっていたので尋ねる。


「あの子たちは元居た場所に返すことにしたわよ」

「それはよかったけど、結構手間かけるんだな」

 殺した方が金も手間もかからない。


「訓練を兼ねているのよ。軍も王都の冒険者もなまりすぎだってお偉いさんが切れて」

「へー」


 なんでもいいが、魔人の被害にあった魔獣たちが元の生活に戻れるならそれでいい。


「魔人にも尋問して、資料なども精査して、一応計画の全容をつかめたわ」


 ルカは語る。

 ゾンビ化した魔獣の軍団で王都を襲うという計画だ。

 石蛇(ストーンナーガ)を使って、王都城壁への地下通路を作ってもいたらしい。

 その際に起こった事件が、ダンジョン崩落事件だ。


 俺はルカの話を聞きながら、シギショアラを優しくなでる。

「りゃ」

 シギは俺の指をカプっと咥えた。それを見てルカは微笑んだ。

「シギの親を切り札にするつもりだったみたいね」

「そりゃ、古代竜(エンシェントドラゴン)のゾンビが暴れたら大変なことだ」

 国が滅びる。


「そうね。だけど失敗したから、今度はヒナであるシギを狙ったみたいね」

「その割には散発的だったような」


 最初に魔人が一体襲ってきた。それからは数度ゾンビの襲撃があっただけだ。


「ムルグ村の戦力を見誤ったのだと思うわ」

「普通は勇者がいるとは思わないものな」


 転移魔法陣の存在。俺や勇者クルスたちの存在。それらを見誤ったせいで、散発的な攻撃になったのだろう。

 それに魔人の城からムルグ村へ移動するには時間がかかる。そのタイムラグのおかげで効果的な攻撃ができなかったのかもしれない。

 そして、手間取っているうちにヴァリミエに城の場所をつかまれてしまったのだ。


 ヴァリミエは心配そうに尋ねる。

「部下の魔人たちはどうしたのじゃ」

「王都近くにいた何人かは捕縛したわよ。でも逃げたのもいるわね」

「……それは不安なのじゃ。部下の魔人たちが魔人王の意思を継いだりしたら厄介なのじゃ」

「不安ではあるけど、それほど心配しなくてもいいと思うわよ」

「どうしてそう言えるのじゃ?」

「魔人は個人主義なのよ。ミスリルの魔人王が力で無理やり支配していたから従っていただけ。忠誠心とかないのよ」

「そうなのじゃな」

「だから、魔人王が捕縛されたことに大喜びしているわよ。今頃は好きなことし始めていると思うわ」


 それはそれで、問題ではある。どうせ悪事をし始めるのだ。

 だが、魔人に関して、これからは通常通りの警戒で充分だろう。


「国の方では大騒ぎね。かなりの規模だったし。もう少しで大惨事だったのだから」

「それはそうだろうな。軍務卿とかびびりまくってただろう」

「そうね。で、ここからが大事なのだけど。ヴァリミエに爵位が与えられることになったわ」

「へー。それはめでたい」「ヴァリミエおめでとう!」「姉上おめでとうなのじゃ」


 俺たちが祝いの言葉を述べると、ヴァリミエは戸惑う。


「ちょっと待つのじゃ。なぜわらわが――」

「魔人討伐の際の功績が大だったからよ。与えられる爵位は子爵。あたしたちとお揃いね」

「爵位などどうでもよいのじゃ。わらわは別に王国に所属しているわけでは――」


 困惑するヴァリミエに、ユリーナが諭すように言う。


「うちの国にリンドバルの森の領有を認められるわけだし。色々便利よ?」

「ううむ」

「リンドバルの森を開拓しようという話が出ることもありえるのだわ。それを持っていれば防ぐこともできるわよ?」

「むむう……ならば子爵になってもよいかもしれないのじゃ」

「もらえるものは、もらっておきなさいな」

「だがのう。わらわだけ褒美をもらうというのは……」


 困った顔をしているヴァリミエに対して、クルスが言う。


「ぼくもご褒美もらいましたよ?」

「クルスは何もらったんだ?」

「えっと、どっかに領地もらいました。ほんとはアルさんにも与えろって言いたかったんですけど」

 

 それは困る。俺は基本隠遁しているのだ。


「アルさん嫌がるかと思って、報告するのやめときました」

「偉い! クルス偉いぞ!」

「えへへ」


 クルスは照れていた。

 それにしても、もらった領地がどこか把握していないのもクルスらしい。

 引退した高級官僚などを代官として雇うのだろう。知識もないのにやる気を出すより、優秀な代官に任せた方がいい。



 クルスやヴァリミエは、おそらくしばらく忙しくなる。

 だが、俺は平和な日々になるだろう。


「りゃあ、りゃあ」

 シギショアラも嬉しそうに羽をバタバタさせていた。

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