第113話

 魔人討伐から2週間がたった。

 俺はいつものように村の入り口に座りながら、遊んでいるシギショアラを眺めていた。

 フェムも横で寝っ転がりながら、シギの方を眺めている。


「りゃっりゃ」

「ぎゃっぎゃ」


 シギはグレートドラゴンのドービィにじゃれついている。シギの大きさは、ドービィの指の先ほどだ。

 同じドラゴン属ということで、シギもドービィに興味があるのかもしれない。


 その時、ヴィヴィがモーフィと一緒に畑から帰ってきた。

 ヴィヴィはつなぎの作業着だ。農作業の時、ヴィヴィは大体このスタイルだ。


「ヴィヴィ、モーフィもお疲れ様」

「うむ」「もっも」

「畑はどうだった?」

「そろそろ収穫できるころなのじゃ」「もっもう」

「そうか、それは楽しみだな」


 ヴィヴィはシギとドービィの方を見る。


「ドービィも元気になったのじゃ」

「グレートドラゴンだからな。生命力高いんだろう」


 ドービィは元気いっぱいに見えた。

 たくさん肉を食べて、温泉の廃湯を飲みまくっているおかげかもしれない。


「ぎゃぁぎゃ」

「りゃあ?」


 ドービィが少し大きな声で鳴いて、シギが驚いたように首を傾げる。

 ドービィが大きな声で鳴くときは、ヴァリミエが帰ってきた時だ。


「ただいまなのじゃ」「がう」

「お帰り。今日は早かったな」


 ヴァリミエは最近は毎日王都に行っている。帰宅はいつも夜だ。

 王国貴族になったのだ。その式典などが色々あるのだろう。

 ちなみにクルスたちも最近は遅い。

 クルスは領土をもらったからその手続きが忙しいのだ。

 ルカとユリーナは、魔人事件の後処理だ。


「王都での手続きや儀式が、やっと全部終わったのじゃ」

「そうか。お疲れ様」「姉上、お疲れ様なのじゃ」


 ヴァリミエは遠い目をする。どこか寂しそうに見えた。


「ムルグ村での生活は楽しかったのじゃ。だがそろそろ森に戻らねばならぬのう」

「え? 姉上、ずっとムルグ村にいてくれるんじゃないのかや?」

「そうはいくまい。森の魔獣たちを守ってやらねばならぬしのう」

「でも……」


 ヴィヴィはまだ何か言いたげだ。ヴァリミエは優しくヴィヴィを抱き寄せる。


「わらわにしかできない仕事もあるのじゃ」

「……わかったのじゃ」

「ヴィヴィ、わらわと一緒に帰るかや?」

「……わらわにも仕事があるのじゃ」


 ヴィヴィも寂しそうだ。

 モーフィとライも寂しそうに匂いを嗅ぎあっていた。


「ヴァリミエ。いつ出立する予定なんだ?」

「うむ。明日の朝にはたとうと思うのじゃ」

「明日じゃと! 姉上、いくらなんでも早すぎるのじゃ」

「長い間、森を留守にしすぎたのじゃ。それに……、これ以上いると、余計帰るのがつらくなりそうじゃ」

 ヴァリミエの意思は固そうだ。


 その日の夜はヴァリミエ、ライ、ドービィの送別会をやった。

 村人も集まり、楽しく盛り上がった。


 ヴァリミエは早めに切り上げると、ヴィヴィと一緒に部屋に戻った。

 姉妹同士の別れがあるのだろう。



◇◇◇

 次の日の朝。ヴァリミエをみんなで見送る。

 ヴァリミエはライに乗って帰るようだ。


「寂しいです」

 クルスは泣きそうだった。ルカたちも名残惜しそうにしていた。


「いつでも遊びに来るんだぞ。困ったことがあったら言ってくれ」

「うむ。機会を見て遊びに来るのじゃ」


「姉上もライも、ドービィも気を付けるのじゃ」

「うむ。ヴィヴィも息災でな」


 意外と、ヴィヴィとヴァリミエはあっさりした感じだ。

 昨夜のうちに別れを済ませたのかもしれない。


 ミレットから弁当をもらって、ヴァリミエは出発する。


「ぎゃっぎゃあ」

 ドービィが飛び立つ。地上を走るライと同じくらいの速度で一緒に帰る予定らしい。


「りゃっりゃ」

「ぎゃっぎゃ」

 シギがドービィに挨拶するかのように鳴く。ドービィもシギに返事をするかのように鳴くと上空をぐるぐる回る。


「では行くのじゃ」「がぅ」

「気をつけてな」


 ヴァリミエはライの背中に乗って走り出す。

 一度も振り返らず、走っていった。


「りゃああああ」

 シギが羽をバタバタさせながら、数歩だけライを追った。シギは赤ちゃんなのに別れを理解しているのだ。

 そして、シギは寂しそうに俺のところに戻ってきた。足にヒシっとしがみつくので抱き上げてやった。


「行っちゃったわね」

「リンドバルの森。遠いなぁ」

「りゃぁ」


 ルカとクルスが寂しそうにつぶやいた。

 シギは鳴きながら俺の頬に顔をこすりつけている。ここまで露骨に甘えるのは久しぶりだ、

 シギを優しく撫でてやりながら、俺はリンドバルの森への道のりを考えた。

 馬なら1週間ぐらいだろうか。徒歩ならどのくらいかかるだろうか。


「ライは馬よりずっと速いから、3日ぐらいかな」

「遠いなぁ」


 クルスは遠い目をしながらフェムを撫でていた。ライのモフモフを思い出しているのかもしれない。

 フェムは撫でられながら言う。


『フェムなら2日なのだ』

『モーフィ1日』


 フェムとモーフィが張り合っていた。ライとフェムたちの速度はそう変わらない。

 2日はともかく、1日は絶対に無理だと思う。


 モーフィはしきりに、ヴィヴィに頭をこすりつけていた。

 モーフィなりにヴィヴィを元気づけようとしているのだろう。


「モーフィはいいこじゃな」

 ヴィヴィは遠い目をしながら、優しくモーフィの背を撫でていた。

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