第108話

 俺たちは王都に到着すると、そのまますぐに王都の外へと向かう。

 夕食後にムルグ村を出たのだ。当然、日はすでに沈んでいる。それでも勇者クルスがいれば問題なく外には出れる。

 王都を出てから、俺は改めてヴァリミエに尋ねる。


「本拠地って王都から近いって言ってたけど、方角はどっち?」


 当然、事前に大まかな話は聞いている。だが具体的な細かい場所までは聞いていない。

 説明してもらう時間を惜しんだのだ。


「こっちなのじゃ。ついて来るがよい」


 ヴァリミエはライに乗って進む。街道から離れ、どんどん森の中へと入っていく。

 ちなみに、ヴィヴィとユリーナはモーフィに、俺はフェムに乗っている。


 並走しながらクルスが言う。


「この辺り、ついこの前にも来ました」

「何の用で?」

「ユニコーンの討伐です! 巣があったんですよ」


 もしかしたら、ユニコーンは魔人の本拠地に追いやられて街道近くに来たのかもしれない。

 そう考えたら可哀そうな気もしなくもない。

 いや、やっぱり可哀そうじゃない。ユニコーンは迷惑すぎるのだ。王都近くにいるだけで討伐の対象になっても仕方ない。

 

 しばらく走ると、どんどん木の密度が上がっていく。

 狼であるフェムでさえ、走りにくそうなほどだ。


「鬱蒼ってレベルじゃないな」

「こんなに木が生い茂るのは自然じゃないのじゃ」

 ヴィヴィは深刻な表情をしていた。

 

「そうなのか?」

「だって、日光が地表に届かなくなるじゃろ? その時点で新しい木の成長が阻害されてしまうのじゃ。にもかかわらずこの森では阻害されることもなくすくすく育っておる」

「ヴィヴィ。よくわかっておるな。自然ではあり得ぬ状態じゃ。素晴らしいぞ」

「えへ」


 ヴァリミエに褒められてヴィヴィは照れ臭そうに頬を赤らめている。

 ヴァリミエは俺の方を見ながら続ける。


「ヴィヴィの言う通り、この辺りは自然の森ではないのじゃ。魔人の本拠地を隠すため、魔術で無理やり木々を育成させたものじゃろうな」

「リンドバルの大森林みたいな?」


 無邪気な顔でクルスが尋ねる。

 リンドバルの大森林は、ヴァリミエが荒れ地から森林へと変えたものだ。

 ヴァリミエはぶぜんとした表情になる。


「全く違うのじゃ。わらわの森は末永く森林自体が成長できるように細心の配慮をはらっておるのじゃ」

「そうだったか。ごめん」

「き、気にしなくていいのじゃ」


 クルスが素直に謝ると、ヴァリミエは少し慌てた様子を見せる。

 偉い偉い勇者さまが素直に謝ることが意外だったのかもしれない。


 さらに進むと、かすかな魔力を感じた。おそらく、侵入者探知系の魔法だろう。

 俺は念のために皆に伝える。


「侵入者探知に引っかかった。急ぐぞ」

「了解です!」

「気づかなかったのじゃ……」

「わらわも……」


 クルスは素直に加速する。ヴィヴィとヴァリミエは気付けなかったことに、少しへこんでいた。


 急いで進むと、大きな建造物が目に入る。巨大な砦、いや城といった方がいいだろう。

 巨大な石で作られた直方体だ。継ぎ目一つなく、窓もない。大きな門扉はミスリルだ。

 仮に軍を使って攻め込むとするなら、相当苦戦するだろう。


 ヴァリミエが叫ぶ。

「あれが魔人の本拠地なのじゃ!」

「石にも扉にも防御魔法陣が描かれているのじゃ。厄介じゃぞ」


 ヴィヴィが解析して教えてくれた。

 クルスが、期待に満ちた目でこちらを見る。


「アルさん、どうしますか?」

「どうするもこうするも。こうするしかないだろ」


 すでに侵入者探知には引っかかっている。

 悠長に構えている時間はない。俺は詠唱を開始する。


「――神天(しんてん)に君臨せし神の王。根の国を司りし女主人

 古の王錫をもって、時空の門を開かん。

  其は命。其は理。

神域の王理(おうり)をもって、この世の不道を破壊せん。

 我が名はアルフレッド・リントっ!」


 呪文の詠唱が進むにつれて、建物が空間ごとゆがんでいく。

 そして発動。石造りの建物はねじ切れるようにして一気に崩壊した。


「……なんということじゃ」

「今のはどんな魔法じゃ……」

「りゃっりゃあ」


 ヴァリミエとヴィヴィは唖然として、崩壊した建物を見つめていた。

 シギショアラは俺の懐から顔だけだして、羽をバタバタさせている。

 とても嬉しそうだ。シギは魔法が大好きなのかもしれない。


「さすが、アルさんです。すごい!」

「少しは加減できないのかしら?」

 一方クルスはぴょんぴょん跳びはねていた。ユリーナは呆れた調子でため息をついていた。


『怖いのだ』「もっもう」「がぅ……」

 獣たちは、少し驚いているように見える。


「ほら、俺がよく使ってる重力魔法あるだろ。あれの上位版だ」

「重……、力?」


 ヴィヴィが首をかしげながら言う。ヴァリミエもわかっていなさそうだ。

 確かにぱっと見、重力っぽくなかったかもしれない。


「重力魔法って時空魔法の一種だからさ。ほら魔法の鞄とかと同じで」

「魔法の鞄……?」

「ほら、魔法の鞄って見た目よりずっと量が入ったり、重くなかったりするでしょ?」

「……うむ?」

「それを応用すると、時空ごと歪ませて破壊させたりとかできるんだぞ」

「へ、……へー。……すごいのじゃな」


 ヴィヴィはドン引きしていた。おかしい。

 威力が高すぎたのだろうか。派手さで言えば、火炎魔法とかの方が上だと思うのだが。

 もしかしたら、最高位の時空魔法を楽に発動したように見えたから驚いたのかもしれない。


 だから俺はアピールすることにした。


「魔力消費がすごく高いから疲れてしまったよ」

「……でしょうね」


 ヴァリミエが引きつった顔で言った。ドン引きしすぎて、口調もいつもと違って変になっている。

 とりあえず、建物を破壊したので、後は中に侵入して魔人を捕まえれば解決だ。


「よし、魔人を探すぞ!」

「ていうか、生きてますかねー?」


 クルスがそんなことを言う。可能性はある。

 魔人の城はがれきの山になってしまっているのだ。がれきの下敷きになったり、肉体が崩壊しているかもしれない。

 それだと尋問できないので困る。


「あ、ごめん。やりすぎたかも」

「今更なのだわ」

「いつものことですよー」


 ユリーナとクルスは笑っていた。ヴィヴィたちはドン引きしたままだ。

 俺はフェムに尋ねる。


「フェム。変わった臭いとか感じる?」

『崩壊した石の独特の臭いなのだ』

「ほかには?」

『ひしゃげて吹き飛んだ鋼鉄の扉の独特の臭いもするのだ』

 そんな臭いがあるのか。知らなかった。だが、それは見ただけでわかる。


「いや、そうじゃなくて魔獣とか魔人とか。血の臭いとか」

『魔獣の臭いはするのだ。血の臭いはしないのだ』

「そうか。ということは魔人は圧死してないかもな」


 俺は素早く周囲に探索魔法を走らせる。

 城にかかっていた魔法の防御ごと破壊してある。だから魔法で探査を使えるようになったのだ。


「ん? 地下室があるな。魔人はそっちかもしれない」

「そっちにむかいましょー」


 クルスが無造作にがれきに向かって歩き始める。


「……やってくれましたね」

 その時、地下から一人の魔人が現れた。

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