第109話

 魔人はすでに戦闘モードに見えた。

 外見は人間にそっくりだが、人間の二倍以上の大きさだ。


「どのような手段を使ったのかはわからぬが、我が魔法技術の粋を結集して作られた城を破壊するとはな」

「どのような手段でって、魔法でちょっとな」

「戯言を。魔法で壊せるものか。なんであれ、城を壊した罪は重い。死で償ってもらおう」


 太く低い声で、そう言いながら、魔人は歩いてくる。

 魔人は人間に擬態していることが多い。だが、本気で戦闘するときは人間離れした本来の姿に戻るのだ。


「アルさん、魔人ですよ。やっちゃいますね」

「いや、少し待て」

「はい」


 いつものようにクルスはやる気満々だ。すでに聖剣の束に手をかけている。

 落ち着いた様子で、ヴィヴィがつぶやく。


「この前の魔人より大きいのじゃ」

「強いほど人間離れしていくのが魔人だからな」

「なるほどなのじゃ」


 前回、衛兵小屋に攻め込んできた魔人は人に近い姿だった。

 人より二倍以上大きい目の前の魔人はおそらく前回の魔人よりはるかに強かろう。


「お前が、古代竜(エンシェントドラゴン)の大公のもとから卵を盗んだ魔人か?」

「ふむ」

 魔人は俺の懐から顔だけ出しているシギショアラを見た。


「それはすんでのところで取り逃した古代竜の子ではないか。それをよこせば命だけは助けてやらぬことはないぞ」

「はぁ。立場が分かってないようだな」


 どうやら卵を盗んだ魔人のようである。

 こちらに条件を出せる立場ではないというのに。ボコボコにしてわからせた方が早い。

 俺はクルスに向かって言う。


「クルス。あとで尋問するから殺さないようにな」

「了解です!」


 電光石火。クルスは刹那で間合いをつめた。

 同時に聖剣は振りぬかれている。魔人の右腕が飛ぶ。

 俺が殺しちゃえと言っていれば、首が飛んでいただろう。


「ぐああああああああ」

 魔人は右腕をなくし、血を吹き出しながら、悲鳴を上げる。

 そんな魔人に笑顔で声をかける。 


「まだやるか?」

「きさまら……ぜったいに許さぬ」

「許さなければどうするんだ?」

「いでよ!」


 城の地下からグレートドラゴンのゾンビが大量にわいてきた。

 その数50近い。


「多いのじゃ」

「まずくないかや?」


 ヴィヴィとヴァリミエが不安そうな声を出す。

 それをきいて魔人はにやりと笑った。


「王都を陥落せしめる兵力だが、出し惜しみすまい!」


 さらに石蛇(ストーンナーガ)やバジリスク、ヒドラのような魔獣たちが出現する。

 それらも合わせて50はいる。

 計100体近い高ランク魔獣に囲まれた。


「もっもう!」「がるる」

「りゃああああ」


 モーフィとライが大きな声で鳴いた。本気を出すべき時だと思ったのだろう。

 一気にモーフィもライも小山のように大きくなった。

 シギショアラは勇敢にも俺の懐から顔だけ出して威嚇していた。


「こいつら全部ゾンビか?」

『うむ。全部ゾンビの臭いだ』

「そうか。厄介だな」


 ゾンビは耐久力が高い。怯えることもない。痛みにもひるまない。

 戦闘力が底上げされるのだ。

 そのとき、モーフィの背からユリーナが叫ぶように言った。


「なによ、厄介なんてかけらも思ってないくせに、よく言うのだわ」

「そんなことないよ」

「怪我したら治してあげるから。好きに戦えばいいのだわ」

「ありがと」


 それから俺は全員に向けて言う。


「クルスは魔人を、ヴァリミエ、ヴィヴィ、モーフィ、ライたちは雑魚を頼む」

「了解です!」「任せるのじゃ」「わかったのじゃ」

「もう!」「がう」「りゃあああああああ」


 一番元気に返事をしたのは、なぜかシギだった。

 すぐにモーフィたちは動き出す。

 モーフィは角や蹄でゾンビたちを倒していく。ライは魔力弾で空中の敵を撃ち落とした。

 クルスも魔人に向かうついでにゾンビたちを切り伏せていく。


『耳をふさぐのだ!』

 フェムの念話が響いた。ヴァリミエとヴィヴィは慌てた様子で耳をふさぐ。

 それを見て、フェムが大きく息を吸う。


「がぁあがああああああおおおおおおおおおおおうんん!」

「りゃあああああああああああ」


 魔天狼フェムの魔力の混じった大きな吠え声。一緒に鳴くシギ。

 近くを飛んでいたグレートドラゴンゾンビが地面に落ちた。

 俺たちに接近していたヒドラやバジリスクは口から血を吐いてうずくまった。


「……まじか。すごい効果だ」

『わふ……?』

「フェムちゃん、すごい!」

「りゃっりゃ」


 心底驚いた。フェムも驚いているようだ。念話で犬みたいな鳴き声を飛ばしてきた。

 クルスは倒れたゾンビにとどめを刺しながら、嬉しそうに跳びはねた。

 シギも嬉しそうに鳴いていた。


「ちょっと。ヴィヴィちゃんしっかり」

「がう!」


 モーフィから落ちかけたヴィヴィをユリーナが支えていた。

 ヴァリミエはライから落ちた。だが、ライが見事に空中で咥えてすくいあげる。

 さすが、獅子。見事な反射神経である。


 魔人はゾンビ軍団を、一気に半壊させられて呆然としていた。


「あり得ぬ。なんということだ……」

「逃がさないからな。降伏してもいいぞ」

「ふざけるな! 皆殺しにしてやる!」


 腕を切り落とされゾンビを半壊されても、魔人の心は折れていないようだ。

 敵意をむき出しにして吠えている。


「もう勝負はついたと思うけど――」

 そういいながら、俺が魔人に魔法をぶちこもうとした瞬間。

 魔人はビキビキと音を立てて変身した。


 皮膚は金属光沢をもち始める。まるでミスリルのようだ。

 体はさらに二倍以上に膨れ上がった。つまり人の大きさの4倍以上である。

 翼も生えて、人類とは似ても似つかぬ姿に変わる。


 さすがに俺も驚いた。

「……まじか」

「魔人って人間離れするほど強いんですよね?」

 だが、クルスはワクワクしている。どうしようもない。クルスは戦闘が大好きすぎるのだ。


「仕方がないな。クルス好きに暴れろ」

「ありがとうございます!」


 クルスは笑顔で突っ込んでいく。

 実は俺も戦闘が大好きだったりする。だが年上だから我慢する。


「もっもおおおお」「がうががううがあうう」


 ゾンビの残党は、モーフィとライが倒していく。

 ヴィヴィやヴァリミエも魔法をぶっ放す。戦場に火炎が降り注いでいた。


 クルスはゾンビを無視して魔人に突っ込む。相変わらず速い。

 ――カキン


「うわ! こいつ聖剣をはねかえしましたよ! 困りました!」

「替わろうか?」

「大丈夫です」


 口では困ったとか言いながら、クルスの顔は笑っていた。

 魔人も速い。最初の一撃以外、すべてかわしている。


 俺はクルスに近づくゾンビを火炎弾で仕留めて行った。クルスを魔人戦に専念させるためだ。


「魔人も速いな」

『しかも硬いのだ。フェムの牙でも折れるかもしれないのだ』

「そうだな。一度とはいえ、聖剣を弾いたしな」


 俺はフェムと語らいながら、雑魚掃除を進めていく。

 クルスは楽しそうに魔人と切り結んでいる。うらやましい。


「うわっと」

 クルスは素早く回避した。さっきまでいた場所に、火柱が上がる。

 魔人は動きが速いだけではない。魔法の発動も速いようだ。しかも威力が高い。


「りゃああああ」


 シギが魔人を見て鳴いた。

 シギの親である古代竜の大公から卵を盗みだした魔人である。

 弱いわけがないのだ。


『アルとどっちが強いのだ?』

「一対一でか? 魔法戦なら勝てると思う」

『そうなのだな。肉弾戦はどうなのだ?』

「それも含めても勝てると思うんだけどなぁ」

 万全な状態なら勝てると思う。だがひざが痛いのが懸念材料ではある。

 フェムに乗って戦ったら、多分勝てる。


「勇者クルスと同じくらい速い上に、さらに強力な魔法まで使ってくるとはな」


 クルスを仕留められないことに焦ったのだろう。魔人は魔法をばらまき始めた。

 ヴィヴィたちの方にも魔法が飛ぶ。


「おおっと。そうはさせない」


 それはすべて俺が防ぐ。

 魔人は魔法をクルス以外にも飛ばしながらクルスと切り結んでいる。

 魔人は俺が想定していた以上に強いらしい。

 放っておいてもクルスなら勝つと思う。だが、時間がかかるし被害が出る可能性も捨てきれない。


「クルス。遊びは終わりだ。俺も参加する」

「えー」


 クルスは不満そうだが、無視をする。ヴィヴィたちに被害が出てからでは遅いのだ。

 俺は魔人に向かって魔法の槍を連続でぶっ放す。最初から手加減抜きの強力な槍だ。

 魔人はとっさに魔法障壁を張ろうとするが、容易に砕いて、胴体に突き刺さった。

 だが、魔人はなんの痛痒も感じていなさそうだ。どれだけタフなのだろうか。


 クルスが嬉しそうに声を上げる。


「聖剣もはじかれたのに、アルさん凄い!」

「クルスもはやく本気出せ。俺が倒してしまうぞ」

「いや、本気出してますよ。腰を入れないと切れないんですけど、なかなか隙が無いんですよー」


 語りながら戦ってるから、切れないのでは? と思わなくもない。

 だが、隙がないと前衛が言うなら、隙を作るのが魔導士の役目だ。


 俺はクルスと切り結んでいる魔人足下の重力を一瞬弱めた。ほんの少しだけ魔人がバランスを崩す。

 クルスには、それで充分。


 次の瞬間には。魔人は縦に真っ二つになっていた。

 それを見てユリーナが声を上げる。


「あーー! 尋問するから殺すなって言ったのだわ!」

「あ、ごめん」


 クルスが困った顔をする。勢い余ったのだろう。

 クルスの気持ちはわかるので、俺にはとても責められない。

 だから俺はクルスに向かって優しく声をかける。


「まあ、なんだ。気にするな。よくあることだぞ」

「はい」


 そのころには、ゾンビたちはすべて駆逐されていた。

 ユリーナがモーフィから降りてこちらに来る。


「クルスったら仕方ないのだわ」

「えへへ」

「死体からでもわかる情報はあるのだし、慎重に……え?」


 魔人の死体、いや死体だと思っていたものが震えた。

 そして、半分に分かれているとは思えない速度で逃亡し始めた。


「逃がすか」

 俺は魔人を重力魔法で押さえつけ、魔法の縄で縛りあげる。


「油断も隙も無いな」

「どれだけ生命力高いのよ……」


 ユリーナも顔を引きつらせていた。

 ヴィヴィが恐る恐るといった様子で、モーフィの上から語り掛けてくる。


「ひとまず終わったのじゃな?」

「そうだな。とりあえずはな」


 魔人との長い長い戦いがついに終わった。

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