第105話

 俺とルカは、大人しくなった森の隠者ヴァリミエに向かって自己紹介する。シギショアラやフェムのことも紹介した。

 ヴァリミエはふんふんと頷いて納得していた。

 俺は落ち着いたヴァリミエに向かって問いかける。


「どうして、こんなところに?」

「それはじゃな……。いや、その前にライを離してやってほしいのじゃが」

「……ぐるる」


 そういって、ヴァリミエは獅子を見る。この巨大な獅子はライというらしい。

 獅子は、俺が重力魔法で押さえつけたままだった。


「これは失礼」

 俺が重力魔法を解除すると、獅子はゆっくりと起き上がった。

 その獅子を優しくヴァリミエは撫でる。


「ライ。大丈夫じゃな? 怪我はないかや?」

「がう」


 巨大なライはヴァリミエに鼻をこすりつけていた。よくなついている。

 それを見ながらルカが言う。


「お話しするのはいいけど、場所変えない?」

『臭すぎるのだ』


 フェムの声で、ヴァリミエがびくっとした。そしてさりげなく自分の下半身を見る。

 俺は気付かないふりをした。


「グレートドラゴンゾンビの死体が! ドラゴンゾンビの死体がとても臭いからな。とりあえず、グレートドラゴンゾンビの死体を燃やしてから移動するか」


 何が臭いか強調すると、ヴァリミエは少しほっとしたように見えた。

 それから、はっとしたヴァリミエが慌てたように言う。


「ちょっと待つのじゃ。これはゾンビ化事件の犯人をおびき寄せるための罠なのじゃ」

「罠?」

「うむ。グレートドラゴンは貴重じゃ。死体を再びゾンビ化するために回収しにくるはずじゃろ?」


 ヴァリミエはどや顔している。とっておきの策の様だ。

 俺とルカは顔を見合わせた。言いにくいが真実を告げるしかない。


「……とどめを刺したゾンビを、再びゾンビにするのは無理だぞ」

「そう……じゃったのか……」


 ヴァリミエは唖然としていた。

 優秀な魔導士だが、ゾンビ化技術に詳しくないのだろう。

 ゾンビ化技術は禁忌だ。

 俺も冒険者として対ゾンビ戦のために知識を仕入れただけだ。冒険者でもない魔導士は知らなくても仕方がない。


「このグレートドラゴンゾンビはヴァリミエが倒したのか?」

「いや、わらわだけではない。ライと一緒に倒したのじゃ」

「やるな」

「そうであろ? ライが強いのじゃぞ」


 ヴァリミエは自慢げだ。

 ライは魔力弾を口から出す巨大な獅子だ。

 ヴァリミエの魔法陣と組み合わせれば、ドラゴンゾンビも倒せるのだろう。


「ゾンビ化事件を追っていたのなら、話し合いに応じてくれれば戦闘しなくてよかったのに」

「おぬしらは怪しすぎるのじゃ……」

「怪しいかな?」

「怪しいじゃろ。巨大な魔獣に乗って、狼の仮面をかぶって……、最初、とんでもない新種の魔獣だとおもったのじゃ」


 そう言われたら返す言葉がない。これに関して反省するべきだ。

 俺はヴァリミエたちに向かって頭を下げた。


「それは……申し訳ない」

「あたしがついていながら、……ごめんなさい」

「……わらわも話を聞かなくて悪かったのじゃ」

「……わふ」「……がう」


 ルカも謝ると、気まずそうにヴァリミエも頭を下げた。

 その横ではフェムとライも頭を下げていた。


「ところで……」

「りゃああありゃあああああああ」


 まだまだ聞きたいことがある。だから俺は聞こうとしたのだが、シギが激しく鳴いた。

 明らかに抗議している声である。臭いから早く帰ろうと言っているようだ。


「帰ろうか」

「そうね。臭いし」

『早く燃やすのだ』

「りゃっりゃ」


 羽をバタバタさせながらシギも鳴く。

 俺はヴァリミエにもお願いする。


「ヴァリミエ、燃やすから手伝ってください」

「わかったのじゃ。すぐに壊された麻痺の魔法陣をアレンジするのじゃ」


 魔法の檻の方は俺が、麻痺の魔法陣はルカが壊している。

 俺としては火炎魔法で燃やすのを手伝ってほしかったのだが、ヴァリミエは魔法陣をアレンジする気らしい。


「魔法陣って、そんなに早く修復してアレンジできるもの?」

「普通は難しいであろうな。だがわらわなら出来るのじゃ。戦士が力任せに壊した魔法陣の修復など楽勝じゃ。そして麻痺の魔法陣を火炎の魔法陣にアレンジするのもわらわにかかれば簡単じゃ」


 ヴァリミエはどや顔をしながら、魔法陣に近づく。

 そして、悲鳴を上げた。


「なんということじゃ!」

「どうした?」

「なんという壊し方をしておるのじゃ。的確に中枢を壊滅させておるのじゃ」

「えへへ」


 それを聞いてルカは照れている。

 ルカは戦士で、魔法の素養がないのに、なぜか魔法陣の破壊はうまい。


「何を照れているのじゃ! これでは一から描いたほうが早いのじゃ」

「じゃあ、俺が火炎魔法で焼いとくよ。ヴァリミエも火炎魔法で手伝って」

「むむ……仕方ないのじゃ」


 俺はグレートドラゴンゾンビの死骸を焼いていく。

 ヴァリミエも火炎魔法で焼いていく。俺はその様子を観察した。


 ヴィヴィよりも火炎魔法の腕は上に見える。

 だが、戦闘魔法に慣れている感じではない。ヴィヴィと同じで研究者タイプなのだろう。


 死体を燃やしながら、ヴァリミエがぽつりとつぶやく。


「自信作じゃったのに……」


 渾身の罠だったのだろう。ヴァリミエはものすごくがっかりしていた。

 少し可哀そうになってくる。

 そんなヴァリミエにルカが優しく説明する。


「あのね。魔獣の死体は、すぐに燃やしたりして処理しないと駄目なの」

「そうなのかや?」

「うん。病気のもとになるし。死体を食べて魔鼠が大繁殖したら大変なことになるの」

「それは……申し訳ないことをしたのじゃ」

「……がるる」


 ヴァリミエは反省しているようだ。ライもなぜかしょんぼりしている。

 俺は死体を燃やした後、ヴァリミエに聞く。


「ライって小さくなれる?」

「なれるのじゃ」

「じゃあ、王都経由で、ムルグ村に戻るか」

「そうね。それがいいかも。ヴィヴィも心配しているし」


 ルカの言葉に、ヴァリミエは驚いて聞き返す。


「ヴィヴィ? ヴィヴィを知っておるのかや?」

「知ってるぞ。ムルグ村で暮らしてる」

「そうであったか」

「ヴィヴィは森の隠者がゾンビになったんじゃないかって心配してたから、安心させてやれ」

「それは悪いことをしたのじゃ……」


 ヴァリミエは反省しているようだった。


 俺たちはヴァリミエを連れて、急いで王都へと戻る。

 小さくなったライの大きさは、小さくなったフェムと同じぐらいの大きさだった。

 犬科であるフェムより猫科であるライの方が猛獣度が高い。王都の民は怯えないだろうか。


 心配になった俺はルカに尋ねた。


「ライを王都に入れても大丈夫だよな?」

「たぶん大丈夫だと思う」

「なにがじゃ?」

「いや、ライ怖いかなって」

「ギルドに登録しているから何の問題もないはずじゃぞ?」


 魔獣を飼育するにはギルドへの登録が必要だ。そして魔獣ランクより上の冒険者でなければ、登録できない。

 小さい姿のライはBランクあたりだろうか。もちろん巨大な姿で登録すればAランク以上は確実だ。


「わらわは冒険者ランクはFじゃ。だが森の隠者ということでAランク相当扱いしてもらったのじゃ」

「そうかランク相当の実力を認められれば登録できるのだったな」

「そうじゃ」「がう」


 ヴァリミエはどこか自慢げだった。ライも誇らしげに胸を張っている。


 俺たちは安心して王都に入る。

 王都の中に入ると、やはり注目を浴びた。狼に獅子なのだ。その上俺は狼の被り物をかぶっている。

 だが、だれも問いただしには来はなかった。

 ギルドのお偉いさんであるルカが同行しているおかげかもしれない。

 そう思って俺はつぶやく。


「きっとルカのおかげだな」

「いや、クルスのおかげでしょう」


 ルカは笑いながらそう言った。それも、そうかもしれない。


 クルスの家を経由してムルグ村へと戻る。

 倉庫の前で、クルスが待っていてくれた。


「はやいですね! おかえりなさい」

「ただいま。ヴィヴィは?」

「今は小屋にいますよ」


 そして、クルスはヴァリミエに気づく。


「ヴィヴィに似てますね! お姉さんですか。ゾンビじゃなくてよかったです」

「いつもヴィヴィがお世話になっておるのじゃ……」

 ヴァリミエは丁寧に頭を下げる。


「いえいえー。ぼくの方がお世話になってますよー。この子名前なんていうんですか? 可愛いですね」

 クルスはライを撫でまくっている。


「が、がう」

 あまりの馴れ馴れしさに、ライのほうが戸惑っている。

 普通は獅子を見れば怯えるものだ。


 ライを含めて、紹介を終えてから、衛兵小屋の食堂へと向かう。

 食堂は小屋の中で一番広いので、集まるのに便利なのだ。


「もっもう!」

「……なんじゃ」


 モーフィに引っ張られて、ヴィヴィがやってきた。

 少し眠そうなヴィヴィにヴァリミエが話しかける。


「ヴィヴィ、久しぶりじゃな、元気にしておったかや?」

「…………」

「ヴィヴィ? どうしたのじゃ」

「……あねうえ?」

「そうじゃぞ。姉上じゃぞ」


 ヴィヴィは一瞬固まった。それからヴァリミエにものすごい勢いで抱きついた。


「……ばかああああああ」

「すまぬ」

「姉上のばか! 心配したのじゃ!!」

「……すまなかったのじゃ」


 ヴァリミエは優しくヴィヴィを抱きしめる。

 ヴィヴィは子供のように泣いていた。

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