第96話

 俺とクルスが撫でてやっている間も、フェムの輝きは増していった。

 輝きが増すのに合わせて、フェムのビクビク具合も激しくなっていく。


「りゃありゃあ」

 シギショアラも一生懸命、フェムを撫でている。心配なのだろう。


「何があったの?」

「どうしたのだわ?」

「もっもう」


 モーフィに連れられて、ルカとユリーナが走ってきた。


「フェムの様子がおかしいんだ!」

「フェムちゃんが震えて輝いてるんだよ」

「りゃああ」


 俺たちの言葉を聞いて、ルカとユリーナはフェムの様子を調べ始めた。

 そうしている間に、輝きは徐々に収まり、ビクビク具合も収まっていく。


 そして、輝きが完全に収まると、フェムは動かなくなった。


「フェムぅ!」

「フェムちゃーーん、死ぬなー」

「りゃあああ」


 俺とクルスはフェムを揺さぶる。シギも一生懸命揺さぶっている。

 そんな俺たちをルカが抑える。


「落ち着きなさい。息してるわ」

「へ?」 

 俺はフェムの呼吸を調べた。


「くぅー」

 フェムは気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 念のために心臓の鼓動も確認する。ちゃんと動いていた。


「大丈夫なのか?」

「病気でも怪我でもないし、健康そのものに見えるのだわ」


 魔法でフェムを調べていたユリーナがそんなことを言う。

 治癒魔法の専門家であるユリーナは、診断魔法の専門家でもある。

 治癒魔法と診断魔法は不可分なのだ。


 専門家のユリーナが健康だというのなら、安心だ。


「そうか。それならよかった。けどフェムは急にどうしたんだ?」

「……くふーん。もにゅもにゅ」


 心配していた俺たちの気も知らずに、フェムは気持ちよさそうに寝息を立てている。

 何かを食べている夢でも見ているのか、口を動かしている。


 シギはフェムの体に抱き着いたまま、ずっと撫でている。よほど心配なのだろう。


 そんなフェムをルカが調べる。

 まぶたをこじ開けたり、口を開かせたり、耳を引っ張ったり、尻尾を上げてお尻を見たりしている。

 そこまでされても、フェムは起きない。野生が失われすぎではないだろうか。


 一通り調べた後、ルカは真剣な顔で腕を組む。


「うーん」

「フェムに何があったかわかった?」

「ちょっと、念のために灯りをつけて」

「お、おう」


 そういえば、暗いままだった。

 俺は魔法の灯りを点けた。衛兵小屋には各部屋に魔法の灯りが完備されているのだ。


 灯りがついてルカは満足そうにうなずいた。

「やっぱりね」


 一方、俺は驚いた。

「うお! フェムの色かわってる」

「ほんとなのだわ」


 フェムの毛色はもともと銀だ。どちらかというと黒に近い濃い銀色だった。

 その銀色が白っぽい銀になっている。白銀色だ。


「フェムが白髪になってるじゃないか……」

「余程怖い夢を見たのかも。フェムちゃん! フェムちゃん!」


 クルスが懸命にフェムをゆすって起こそうとする。

 フェムはなかなか起きなかった。しばらくゆすり続けて、やっとフェムが目を開ける。


「……わふ?」

「起きたか。大丈夫か?」

「わふーぅ」


 俺たちの心配をよそに、フェムは大きな口を開けてあくびをする。とても眠そうだ。

 モーフィはフェムの匂いを一生懸命嗅ぎはじめた。

 モーフィもとても心配していたのだろう。


「怖い夢みたのか?」

「わふ?」

「大丈夫だからな! 安心しろ」

「ぼくがついてますよ!」

「りゃああ」


 俺はフェムに抱きついた。フェムを安心させようと思ったのだ。

 クルスもフェムに抱きつく。シギも抱き着いた。


「わふ?」


 フェムは、何のことかわからぬ様子できょとんとする。

 それを見ていたルカが、あきれた様子で言う。


「いやいや。怖い夢ぐらいで白髪にはならないでしょ」

『白髪?』


 フェムが寝ぼけまなこでぽつりとつぶやく。

 クルスがフェムに抱き着いたまま言う。


「うん、白髪じゃないね。シルバーだもんね。かっこいいよ。フェムちゃん。輝くほど怖い夢を見たんだよね。安心して」

『……うわ。白いのだ』


 クルスの言葉で自分の毛を見たフェムが驚いて声を上げた。


 いつの間にか部屋に来ていたヴィヴィが言う。


「フェムは怖い夢を見ていないのじゃぞ。よく考えるがよい。怖い夢を見ていたなら漏らしておるはずじゃ。フェムは漏らしていないであろう?」

「そうだな。漏らしてないな」

「だから、フェムは怖い夢を見ていないのじゃ」

「なるほど」


 ヴィヴィの解説を聞いて、フェムが心外そうに尻尾をベッドにたたきつけた。


『フェムは怖い夢ぐらいで漏らしたりはしないのだ』

「じゃあ、怖い夢を見てたのかや?」

『……見てないのだ』

「ほらやっぱりなのじゃ」


 ヴィヴィはどや顔だ。

 フェムは不満げに鼻息を荒げる。


「で、ルカ、結局何だったの? 急にびくびくして輝いて白くなったんだけど」

『……気づかなかったのだ。フェムは気持ちよく寝ていただけなのだ』


 フェムがぽつりと言う。

 苦しくなかったのならそれでいい。


「ビクビクの理由はわからないけど、輝いて白くなるって心当たりない?」

「えっと……、モーフィの霊獣化のときみたいな?」

「そう」

「もっもぅ」


 モーフィはフェムをぺろぺろなめる。

 俺はフェムを調べる。クルスやヴィヴィも調べている。


「うーん、霊獣って感じじゃないけど」

「魔獣のままの気がするのじゃ」

「霊獣って感じではないですよねー」


 ヴィヴィとクルスがルカに疑念の目を向ける。


「フェムが霊獣化したとは言ってないでしょ。最後まで聞きなさいよ」

「ごめんなさい」

「わかればいいわ。で、本題だけど、あたしがみたかぎり魔天狼かしら」

「魔天狼?」

「魔狼の上位種族よ」

「わふ?」


 フェムは首をかしげた。

 そう言われてフェムを見れば、なんとなく強そうになった気がする。

 体内の魔力も増えている気がする。


 フェムを見ながら、クルスが疑問の声を上げる。


「種族って変わるものなの?」

「魔獣は変わるわよ」

「どうして種族が変わったんだろう。クルスに撫でられまくったから?」


 俺が尋ねると、ルカは首をかしげながら少し考える。


「それもあるとおもうけど。それだけで変わるかしら」

「モーフィだってクルスに撫でられまくって聖獣になったし」

「それはそうだけど」


 ルカは釈然としていない感じだ。


「フェムは昨日、クルスの周りのお湯を飲みまくってたから、それなのだわ」

「……あり得るわね」


 ユリーナの言葉に、ルカは同意した。

 聖神の使徒であるクルスの周りのお湯に特別な効果があってもおかしくない。


「それに最近フェムはドラゴンの肉を食べまくってたから。それもあるかも」

「なるほど」


 最近の魔狼たちのご飯は、以前狩った地竜の肉だったりワイバーンの肉だったりする。

 ドラゴンはとても強い。肉に含まれる魔力も、そこらの魔獣の比ではない。


「原因はそれらが全部組み合わさって起きたのかもしれないわね」

「ふむ」

「りゃあ」


 ルカの考察を聞いていると、シギが大きくあくびをした。

 もう眠いのだろう。赤ちゃんなのだ。仕方がない。


 寝ぼけまなこのミレットが出てきた。


「いつまで騒いでるんですか、夜遅いですよ」

「それもそうだな」

『もう寝るのだ』

「そだね。続きは明日だね」


 そう言ってクルスはベッドに入ろうとした。

 その腕をユリーナがつかむ。 


「クルスはこっち」

「えー」

「えーじゃないのだわ」


 ユリーナがクルスを連れて去っていった。

 ルカも眠そうに自室に帰っていった。


 代わりといった感じでヴィヴィがベッドに入っていく。


「明日も早いのじゃ」

「仕方ないな」

「りゃあ」「もっも」


 シギとモーフィはヴィヴィが来てくれて嬉しそうだ。

 俺も疲れたので、そのまま眠りについた。

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