第97話

 眠たかったので、俺たちはすぐにベッドに入った。

 シギショアラはすでに眠っている。赤ちゃんだから睡眠が必要なのだ。

 ヴィヴィもモーフィもフェムもすぐに眠りについた。


「くふぅわふー、くふ」


 だが、いつもよりフェムの寝言がうるさかった。苦しんでいなさそうなので、そこは安心だ。

 なんとなく、俺はフェムの頭を撫でてやる。


「変な夢でも見てるのか?」

「……くぅーん」


 しばらくしてフェムは大人しくなった。

 安心して俺も寝った。



 次の日。俺が起きるとなぜかベッドの中にクルスもいた。


「ん……うーん、むう」

 そして、クルスはうなされていた。


「わむ……わむ」

「もっもにゅ」


 フェムがクルスの右手をはむはむしていた。そして左手をモーフィがはむはむしていた。

 しかもクルスの顔面にはシギが乗っている。シギの尻尾はクルスの口の中に入っていた。


「ふへへ」

 そのうえ、ヴィヴィがクルスのお腹の上にうつ伏せで横たわっていた。

 ヴィヴィは機嫌よさそうな寝言を言っている。いい夢を見ているのだろう。


「……さすがのクルスもうなされるわ」

「ん、うーん、むむう」


 以前、起きたときに、モーフィが俺の手を咥えていたことがあった。

 そんな感じで、獣たちはいつも寝ている間クルスの手を咥えていた可能性がある。


 フェムが魔天狼に進化したのは、これのせいもあるのかもしれない。


「もっにゅもにゅ」

「わむわむ……」


 モーフィはまるで子牛が母牛の乳を吸うかのように、クルスの手を吸っている。

 本能で甘えたいのかもしれない。

 一方、フェムはあまがみしている感じだ。


 俺はとりあえず、シギの尻尾をクルスの口から取り出した。そして、そのままシギを抱きあげる。

 クルスは途端にうなされなくなった。気持ちよさそうだ。


「……うへへ」

「クルス、もう笑ってるし」


 まだ右手と左手をフェムとモーフィに咥えられているというのに、クルスは安らかな表情だ。

 ごろりとヴィヴィが寝返りをうつ。その拍子にヴィヴィの手がクルスの顔にベチっと当たった。


「えへ」

「……のじゃ」


 クルスはなんの痛痒も感じていないようだ。

 ヴィヴィも気持ちよさそうに眠っている。


「前も思ったけど、こいつら寝相悪すぎるな」


 俺はフェムやモーフィの口からクルスの手を取り出した。

 ヴィヴィもクルスの上からどかして横に寝かせる。

 そして、シギをヴィヴィとクルスの間に寝かせた。


「これでよしっと」


 俺は満足して部屋を出て食堂へと向かう。

 食堂にはすでにルカやユリーナ、ミレットがいた。


 朝食を食べ終わったころ、コレットが起きてきた。


「あれ? してんのーとクルスはー?」

「まだ寝てるぞ」

「お寝坊さんだね。起こしてくる」


 コレットが駆けて行った。


「あさだよーーー! フェムー、クルスーしてんのー モォオーフィイイ!!」

 そしてベッドに飛び込む音がする。


「もっもう!」「わふっ」

「りゃっりゃああ」


 獣たちの叫ぶ声がした。


 しばらくして、クルスたちが起きてくる。

 任務を果たしたコレットはどや顔だ。とりあえず頭を撫でてやった。


 シギを抱きながらヴィヴィが言う。


「大切な子を置いていってはだめなのじゃ」

「りゃー」


 シギが羽をバタバタさせている。

 機嫌はよさそうだ。


「シギは気持ちよさそうに寝てたからな」

「りゃぁ?」


 俺はシギの頭を撫でる。

 シギは、起きたときに俺が見えなくても泣き喚かないようになった。

 成長著しい。喜ばしい限りだ。


「……わふ」


 フェムはぐっすり眠っていたのに、まだ眠そうだ。

 種族進化が体に負担をかけているのだろう。成長痛のように体のどこかが痛いかもしれない。


「フェム大丈夫か? 痛いところはないか? 疲れてないか?」

『大丈夫なのだ』

「今日は寝ててもいいぞ?」

「わふ」


 フェムはしばらく考えるそぶりを見せた。

 そんなフェムにルカが近づく。


「ちょっとみせてね」

「わふ?」


 ルカはメモを取りながら観察していく。瞼をこじ開けたり、口を開けさせたり体温を測ったり色々している。

 魔天狼の生態をチェックしているのだろう。

 フェムは大人しくされるがままだ。


「チクっとするけど我慢してね」

「きゃうんっ!」


 ルカがフェムの背中に注射針を刺した。血を抜くためだ。

 フェムは驚いて悲鳴を上げる。


「ごめんごめん。もう、痛いことしないからね」

「ふぅーわふー」


 フェムは恨みがましい目でルカを見た。

 俺はフェムを撫でてやる。


「ルカはフェムを心配して色々調べてるんだぞ。怒らないでやってくれ」

『……わかったのだ』


 フェムは聞き分けがよい。

 ルカはフェムの血を鞄にしまってから、フェムを撫でる。


「痛くしてごめんね。改めて調べたけど、やっぱり魔天狼ね」

「それって魔狼とどう違うんだ?」「わふ?」

「説明が難しいわね。魔狼の一種ではあるんだけど。聖なる力を持った強い魔狼ってかんじかなー?」

「ふむ?」「わふう?」


 よくわからないが、強くなったらしい。

 詳しく話を聞くと、魔法生物である聖獣ではないが、聖別された獣ではあるらしい。

 つまり聖獣である。


「ん? 昨日魔獣って言ってなかった?」

「魔獣って魔力をもつ獣ぐらいの意味だからね。聖獣も魔獣の一種なの」

「ふむ」

「モーフィは霊獣にして聖獣ね。フェムは魔獣にして聖獣」

「ほう?」


 霊獣というのは肉体ではなく霊体の獣だ。だからご飯を食べなくても死なない。

 フェムは肉体を持つ獣なのでご飯を食べないと死んでしまう。大きな違いはそこらしい。


 モーフィはご飯いらない。フェムはご飯が必要。

 それだけ理解していればいいだろう。


 ルカは俺が理解したと判断して説明を続ける。


「魔天狼が記録に残ってるのは一番最近で300年前かしらね」

「300年前っていうと先代勇者と一緒にいた魔狼王の?」

「そうそれ。魔天狼は種族名っていうより、状態を示す言葉だという説や、300年前の魔狼王の二つ名だという説もあったわね。いまだ学会でも結論は出ていないの」


 フェムは300年前の魔狼王の孫だ。

 それにフェムと300年前の魔狼王は勇者と触れ合っているというのが共通している。きっとそのあたりに鍵があるのではないだろうか。

 俺がそういうと、ルカは深くうなずいた。


「きっとそうね」

「魔狼王を勇者が聖別した状態が魔天狼って説明が一番しっくりくるな」

「そうかもしれないわね」


 きっとルカが学会に論文を発表して定説が変わるのだろう。

 そんなことを話していると、フェムが大きく口を開けてあくびした。

 退屈したのかもしれない。


「わふぅー」

「まあ、強くなったって思ってくれればいいわ。詳しいことはあたしが勝手に調べておくから」

「なにか、面白いことがわかったら教えてくれ」

「わかったわ」



 朝食を食べた後、クルスたちは王都に向かった。

 俺はいつものように衛兵業務だ。

 俺が村の入り口で座っていると、フェムはその横で眠っていた。


「わふ?」「わふう?」


 フェムの様子が違うことに気が付いたのだろう。

 魔狼たちが集まって来る。


「……わふ」


 眠そうにフェムが応対する。

 魔狼たちはフェムの匂いをみんなで嗅いでいた。


 魔狼たちとフェムが匂いの嗅ぎあいを終えたころ。

 モーフィに乗ったヴィヴィが帰ってくる。


「魔法陣を地上からの侵入者にも対応できるように改造してきたのじゃ」

「おお。すごい」

「そうであろそうであろ」「もっもう」


 ヴィヴィは自慢げに胸を張る。

 モーフィも嬉しそうだ。


「地上と空中で、指輪の振動の仕方を変えておくのじゃ。これで安心なのじゃ」

「それは助かる」


 着々とムルグ村の防備が固まってきている。

 フェムも強くなったし、危機察知の魔法陣も充実してきた。


「攻撃系の魔法陣も設置しておいたほうがいいかや?」

「ダンジョンにあるトラップ系の魔法陣みたいな感じ? それだと誤爆が怖いかなー」

「魔法陣起動を手動で行うようにすればいいのじゃ」

「ほう? それは術者以外でも起動できるようにするってこと?」

「そうじゃ」

「それだと敵に利用されたとき困らない?」

「……それもそうじゃな。ならば、わらわだけが起動できるようにすればいいのじゃな」

「ヴィヴィだけが遠隔で発動できるようにしたらどうだろうか」

「ふむ。難しいが可能ではあるのじゃ」


 攻撃系魔法陣設置まではもう少しかかりそうだ。少しずつ進めるしかないだろう。



 魔人の襲撃がないまま数日がたった。

 その間、俺はコレットたちに魔法を教えたり、ヴィヴィと一緒に魔法陣を試作したりした。


 そんなある日の夕方。

 ルカとユリーナが一緒に帰ってきた。

 俺の顔を見るなり、ユリーナが真剣な表情で言う。


「アル。ゾンビ化事件の情報を仕入れてきたのだわ」

「教会の情報か。信頼性が高いな」

「教会だけじゃない。冒険者ギルドもちゃんと情報を調べてきたの」


 そう言ったルカは自信ありげに見えた。

 同時に情報を持ってきてくれるとは、とても助かる。



「ちょうど衛兵業務も終わったし、小屋の中でゆっくり聞こう」


 俺はルカとユリーナと一緒に小屋に向かった。

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