第87話

 指輪から発せられる音は涼やかできれいなものだった。

 だから緊張感はまるでない。


「その音はなんですの?」

「綺麗な音ですね」


 ユリーナもきょとんとしている。

 アントンたちも不思議そうな顔でこちらを見ていた。


『急ぐのだ!』

「もっもう」「りゃりゃっ!」


 一方、フェムとモーフィは大急ぎで走り始める。シギショアラもどこか緊張気味に鳴いていた。

 フェムとモーフィは指輪について知っているのだ。


 この指輪はムルグ村上空警戒魔法陣と連動している。

 つまり、ムルグ村上空に侵入者があったということだ。


「ムルグ村に何かあった。急ぐぞ」

「よくわからないけど、わかったのだわ」

「はい」


 ユリーナは細かい説明を求めずに了解してくれた。

 後で説明を聞けばいいと思っているのだ。


 アントンたちも真剣な表情でうなずく。


「アントン、エミー。無理はするな。モーフィも二人に配慮してくれ」

「大丈夫です」「わたしも!」

「もっもう」


 アントンたちは、あまり大丈夫には見えない。かなり必死の形相だ。

 モーフィは速い。その分、振動も激しい。馬に乗るよりはるかに大変だろう。

 治癒魔術で癒されたとはいえ、二人とも血を失っているのだ。

 無理はさせられない。


「もう一度言うが、無理はするなよ。ゆっくりでいい」

「は、はい!」

「もっもう」


 モーフィは二人に配慮して速度を緩める。フェムとの差が少しずつ開いていった。

 走りながら、ユリーナに言う。


「この指輪が鳴るということは、ムルグ村上空に侵入者が現れたってことだ」

「魔人かしら?」

「可能性は高い」

『急ぐのだ』

「頼む」


 フェムはさらに加速する。本当に速い。

 先程まではアントンたちに配慮していたのだろう。


 フェムのおかげで、あっという間にムルグ村に到着した。


「あ、アルさん」

「早かったわね」


 クルスとルカが出迎えてくれる。二人以外の人間の姿は見えない。家の中にこもっているのだろう。

 二人の周囲にはワイバーンが5頭ほど転がっている。

 上空にはさらに10頭ほどのワイバーンが飛んでいた。


「飛ぶ奴相手だと戦いにくいですよー」

「アル。空はあなたの領分でしょ。お願い」


 クルスとルカがそんなことを言う。

 ルカもクルスも主武器は剣だ。遠距離攻撃が苦手なのは仕方ない。


 その時ワイバーンの1頭が急降下してくる。鋭い爪がルカを襲う。

 ルカはかわしざまに切り捨てた。


「ほんとにめんどくさいわね。一斉に降りてこないかしら」

「ほんとにねー」


 クルスは近くにあった石をたくさん拾うと、

「やっ!」

 ワイバーンに向かって連続で投げつける。

 ワイバーンは巧みによける。そう簡単には当たらない。

 だが、最後の一投がワイバーンの頭を砕いた。1頭のワイバーンが地面へと落ちてくる。


「アルさーん。やっぱり投石だと効率がわるいですよー」

「みたいだな」


 投石で上空のワイバーンを落とせること自体異常だ。だがクルスがやったのなら別に驚かない。

 俺は魔法の槍を準備する。


「よく頑張った。あとは任せろ」

「はいっ!」

「お願い」


 フェムに乗ったまま魔法の槍をぶっ放す。

 敵の数が多いので、威力を最初から高めておいた。ワイバーンの障壁を砕いて、次々と刺さっていく。

 ひらひらと、ワイバーンは地面に向かって落下していった。


「さすがアルさん。はやいです」

「空の敵はアルに任せるのが一番ね」

「りゃっりゃあ」


 クルスとルカは嬉しそうにはしゃいでいた。

 シギも懐から顔を出して嬉しそうに鳴いていた。


 ユリーナがフェムから降りて、クルスたちのもとへと走る。


「怪我はないかしら?」

「大丈夫ー」

「ありがと。特にけがはないわ」

「それは何よりだわ」


 一息ついて、周囲を見回した。ワイバーン15頭の死体が地面に転がっている。

 15頭という数が自然に襲ってくるわけがない。


「こいつらもゾンビかな?」

「調べてみるわね」

「頼む」


 ルカがワイバーンを調べてくれる。その間俺たちは手分けして解体していった。

 戦利品の回収は冒険者としての本能なので仕方がない。


 すぐにルカが結論を出す。


「やはりゾンビね」

「ゾンビだったか。ちなみにバジリスクもゾンビだった」

「流行っているのかしら」

「いやな流行りだな」


 衛兵小屋からヴィヴィがやってきた。

 ヴィヴィは戦闘向きではない。小屋の中にいてくれた方が、クルスたちは戦いやすかったのだろう。


「モーフィはどうしたのじゃ?」

「アントンたちを送ってきている最中だ」

「そうであったか」


 俺はヴィヴィからもらった指輪を左手で触る。


「ヴィヴィ。助かった。早速指輪が役に立ったな」

「魔人はいなかったみたいじゃが」

「だが、魔人の差し金と考えたほうがいいのかもしれない」

「そうじゃな」


 威力偵察といったところだろうか。

 アントンたちを襲ったバジリスクも魔人が準備していたものかもしれない。


「姿が見えないのは、不気味だな」

「うむ。これからまだ襲撃があるやもしれぬのじゃな」

「そう考えたほうがいいかもな」


 ヴィヴィはぽつりと言う。


「空の敵と戦う方法も考えたほうがいいかもしれぬのじゃ」

「ヴィヴィは魔法陣で役に立っているのだし、別に戦闘で活躍できなくても」

「それでも活躍できた方がいいに決まっておるのじゃ」

「りゃっりゃあ!!」


 ヴィヴィの意思は固いらしい。

 シギも張り切っているのか、羽をバタバタさせていた。

 まだ赤ちゃんだから言葉はわからないはずだ。だが、まるでわかっているかのように反応している気がするのだ。

 気のせいだろうとは思うのだが。


 ヴィヴィがシギを撫でながら言う。


「指輪で気づいた点とかあったかや?」

「そうだなぁ。隠密ミッション中に鳴ったら困るとはおもったかな」

「ふむ。確かにそうじゃな」


 ヴィヴィは真剣な表情で考え込む。

 だが、音自体はさほど重要でもない。


「襲撃は滅多にないし。隠密行動なんて、もっとないし。それが同時に起こることなんてないと思うぞ」

「いや、そういうことを言って油断していると起こるものじゃ。少し貸すがよい」


 俺は指輪を外してヴィヴィに渡した。

 その指輪をヴィヴィはいじりはじめた。


「対策はそう難しくはないのじゃ」

「そうなの?」

「うむ。魔法陣と連動させることにくらべたら、児戯のようなものじゃ」


 ヴィヴィはどこか自慢げだ。

 ヴィヴィはすらすらと魔法陣を刻んでいく。細やかな作業だ。


「これでよいであろ」

「どう変わったの?」


 ヴィヴィから指輪を受け取って、指にはめる。

 見た目はまったく変わっていない。


「音が鳴るのではなく、震えるようになったのじゃ」

「ほほう。すごいな」

「ふふん。であろ?」


 さすがはヴィヴィである。

 これでいつ隠密ミッション中に襲撃があっても安心だ。


「わらわの指輪も震えるように改造しておくのじゃ」

「おそろいだな」

「……えへ」


 ヴィヴィは照れ臭そうに笑った。

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