第77話

 壁が爆発する少し前。俺は魔力の動きと殺気を感知していた。

 ほとんど無意識に、横になったまま、条件反射で魔法障壁を張った。


 直後、大きな音とともに壁が爆発した。

 爆風とともに壁の破片が障壁にぶち当たる。


 障壁が間に合わなければ、全員無事では済まなかっただろう。

 モーフィとフェムが素早く飛び起きる。


「ひぇ、なんじゃ、なんじゃあ」

 一方ヴィヴィは寝ぼけてバタバタしていた。


 俺はシギを抱いたまま、飛び起きる。


「りゃ、りゃっ」


 シギは怯えているのか、俺にしがみついている。

 崩れた壁の隙間から一人の男が侵入してきた。


「おはよ――」


 挨拶しかけた男に、俺は無言で魔法弾を撃ち込んだ。

 男が張った障壁ごと小屋の外へと吹き飛ばす。


「話を……」


 まだ口を開こうとしている。

 舐めた話だ。会話したければ、日が昇ってから、玄関から来るべきなのだ。


 俺は魔法弾を容赦なくぶち込んだ。

 男は必死の形相で障壁を張り続けている。


「ぐおおおおおお」


 男は叫ぶ。

 俺の魔法弾が障壁を砕く。魔法弾を食らった男が倒れた。


 そこで、俺はひとまず攻撃をやめる。


「なんか用か?」

「……竜の子を渡せば命だけは助けてやろう」


 地面に倒れた状況で、これだけ言えるとは大したものだ。

 シギショアラを渡すことなどありえない。


「お断りだ」

「ならば力づくで奪わせてもらおう」


 ビキビキと音を立てて、こめかみから二本の角が生えていく。鋭い爪が伸びていく。

 それだけでなく、魔法弾で付けた傷も一気に回復していった。


「やはり魔人か」

「いまさら後悔しても遅い」


 魔人は勝ち誇るように言う。

 俺の魔法弾を食らった今でも、絶対的な自信があるのだろう。


「後悔しながら焼け死ね!」


 魔人が火炎弾を放ってきた。

 村の近くで火炎は危険だ。障壁で弾くだけでは、火事の危険がある。

 だから水弾ですべて撃ち落とす。


「りゃっりゃー、りゃ」


 俺の胸にしがみつきながら、その様子を見ていたシギが嬉しそうに鳴く。

 花火のようなものだと思っているのかもしれない。

 確かに綺麗ではある。


 俺は水弾と同時に魔法弾を連続で放った。数発目で障壁が砕ける。

 魔人の顔が引きつった。


「たとえ魔人だろうが、俺に魔法戦を挑むとはいい度胸だ」

「くそがっ!」


 魔法戦では勝てないと判断したのだろう。

 魔人は腰の剣を抜いて、襲い掛かってくる。

 シンプルだが、よく鍛えられた業ものだ。


 目にも止まらなぬ素早さ。身体能力を魔法で上げているようだ。

 魔人は魔法能力も身体能力も高いのだ。


 鋭い斬撃。一流の剣士でも防御も回避も難しかろう。

 それを連続で浴びせかけてくる。


 俺は魔法障壁を操って、斬撃をさばく。

 隙を見て腹に魔力弾をぶち込んだ。


 魔人は吹き飛んだあと、再度襲い掛かるため跳躍する。

 その踏み込みの瞬間、重力魔法をかけた。重くするのではない。軽くしたのだ。


 魔人は自身の脚力で上空高くに飛び上がる。


「うおおおおおおおお」

「空中ならよけようもあるまい」


 俺は右手で火炎弾を連続で放ちながら、左手で特大の魔法弾を作り出す。

 火炎弾は対人では効率がよい。高温の火炎は、かすめるだけでダメージを負う。

 対象の近くで炸裂させればより効果的だ。

 上空に向かって放てば、火事の危険もないので安心だ。



「ぬうおおおおおお!」


 火に包まれて魔人は叫ぶ。

 障壁を何度も張りなおして、全方位から襲い掛かる火炎に必死に対処しているようだ。


「これもやろう」


 特大の魔法弾を何度も圧縮した高濃度の魔法弾をぶっ放す。

 障壁がたやすく砕けた。

 同時に周囲にたまっていた火炎がそのまま魔人を焼いていく。


 再度重力魔法を発動する。今度は重くしたのだ。

 火だるまになった魔人を、一気に地面へと叩きつけた。


 それでも、魔人はまだ息がある。

 油断はしない。すかさず魔法の縄で拘束した。


 そこまでしたところで、クルスやルカたちがやってきた。


「終わりましたか?」

「終わったぞ。手伝ってくれても良かったんだがな」

「まさか。アルさん邪魔されるの嫌がるでしょ?」


 クルスはそんなことをいいながら、にこりと笑う。


「りゃっりゃっ」


 シギは興奮しているのか、羽をパタパタしていた。

 そんなシギを撫でながらルカが言う。


「戦っている間、警戒しといてあげたんだから感謝しなさいよね」

「それはありがとう」


 ルカたちにもお礼を言う。

 魔人は俺一人でも大丈夫だと判断したのだろう。

 そして魔人が陽動であった可能性に備えてくれたのだ。

 頼りになる仲間たちである。


「おっしゃん、だいじょうぶ?」

「怪我はありませんか?」


 コレットとミレットが遅れて出てきた。

 二人とも不安そうだ。


「大丈夫だ。怪我もないぞ」

「そうでしたか」

「悪い奴は倒したから、安心していいぞ」

「わかった!」


 ミレットと、コレットも安心したようだ。


 一方、ルカは魔人を調べていた。


「こいつが卵泥棒ね」

「そうだな」


 魔人を包んでいた炎を消す。

 魔人は、黒焦げになりつつも、まだ息がある。


「何のために古代竜の卵を盗んだんだ?」

「……お前らには関係のないことだ」

「竜大公をゾンビ化させて支配するのが目的ってところか」

「……わかっているならなぜ聞く?」


 黒焦げになった魔人は体力とともに精神力を失っていたのだろう。

 黙秘を貫こうとはしなかった。


 成竜となった古代竜をゾンビ化させるのはほぼ不可能だ。

 だからこそ、人質として卵が必要だったのだろう。


「もう竜大公は死んだ。まだ卵がいるのか?」

「幼竜ならばゾンビ化も容易かろう」

「りゃー」


 俺の胸にしがみついていたシギが、怒るように鳴く。


「ゾンビ化させたあとどうするつもりだ?」

「人族を支配するためだ。人族の肉はうまい」


 魔人ならば特に不思議のない動機だ。

 だが少し単純すぎる気もする。


 その後も尋問した。

 だが、もうシギを狙っている魔人はいないという以外、有効な回答は得られなかった。


 それを聞いていたルカが神妙な顔で言う。


「アル。あとはあたしに任せてくれる? この前クルスが捕縛した魔人との関連も調べたいし」

「それはかまわないけど。関連あると思うか?」

「調べてみないとわからないけどね。クルスが捕縛したほうの魔人も魔獣を集めたりしていたようだし」

「ふむ」


 魔人は個人主義だ。魔人同士で連携することはまずない。

 あるとすれば、魔人を圧倒的な力で支配する何者かがいる場合だろうか。

 だが、それは少し考えにくい。


「ルカに任せる」

「ありがと。シギちゃんの親を殺して家の壁を破壊したし、放火の罪も加わるし。結構重い罰になると思うわ」


 そういって、ルカは魔人を連れて王都に戻っていった。


 その後、俺たちは、不安そうに様子を見に来た村人に、もう大丈夫明日説明するからと言って安心させた。

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