第54話

 ヴィヴィをミレットの家に置いて外に出る。

 クルスにフェムとモーフィが付いて来た。


「もぉっ」

「わふわふっ」 


 散歩と聞いているので、フェムもモーフィも嬉しそうだ。

 フェムはぴょんぴょん跳びはねながら俺の周囲を回る。

 モーフィも嬉しそうに頭をうぐうぐと俺の腹に押し付けてくる。

 クルスはフェムとモーフィを撫でている。


「みんな散歩大好きなんですねー」

「こう見たらただの犬みたいだな」

「もぅもうっ」

『そうでもない』


 素直にモーフィは鳴いている。

 一方、フェムは急にお座りして念話を飛ばしてきた。だが尻尾をびゅんびゅん振っている。


「そうか。フェム。散歩に行くから乗せてくれ」

『仕方ないのだな』


 フェムは尻尾の揺れを激しくしながら、体を大きくする。

 俺がフェムに乗るのを見ていたモーフィがクルスに体を押し付けている。

 モーフィはクルスを乗せたいのかもしれない。


「クルス、モーフィに乗ってみる?」

「いえ、乗らないです。走ります」

「もぅ……」


 クルスは走る気満々だ。クルスも体を動かすのが好きなのだ。

 モーフィは少し残念そうに鳴く。


「モーフィが乗ってほしそうにしてるぞ」

「え、そうなんですか? モーフィそうなの?」

『のって』


 モーフィが久しぶりに念話を飛ばしてきた。

 少し驚いた。


「じゃあ、乗るね」

「もぉもぅっ!」


 クルスが乗ると、モーフィが嬉しそうに鳴く。

 クルスもにこにこしながら、モーフィを撫でている。

 あまりクルスが撫でると思わぬ作用があるかもしれない。ほどほどにしてほしいところだ。


「じゃあ、散歩行くかー。フェム自由に走っていいぞ」

「わふ?」


 フェムがほんとにいいのといった感じで、振り返って俺の方を見る。


「いいぞ。だが、速さはモーフィがついてこれる程度にほどほどにな」

「わふぅ」 


 フェムが嬉しそうに走り出す。

 クルスを乗せたモーフィが嬉しそうに付いて来る。


「もぅもうもうっ」

「わはは! たのしー」


 やはりモーフィも速い。牛の速さではない。

 クルスもはしゃいでいる。


 それを見ながら俺はふと思いつく。

 犬の散歩といえばあれだ。


「フェム。あれしたかったら、していいんだからな?」

「わふ?」

「ほら。縄張りを主張するあれ」

「わふぅ!」


 フェムが変な声を出す。

 フェムもイヌ科である以上、おしっこをそこらの木にひっかけたいはずなのだ。

 イヌ科にとって、散歩はそのためにあるといっても過言ではないのではなかろうか。


「ほんと我慢しなくていいんだからな」


 フェムが急に止まった。


『心外である』

「なにが?」

『フェムはそんなことしないのである』

「またまたー。いつもこっそりしてるんでしょ?」

『してないのである』


 フェムはかたくなに否定する。

 魔狼王としてのプライドがあるのかもしれない。


「わかった。変なこと言ってすまなかった」

『気を付けるのだぞ?』


 フェムはふんふんと鼻息を荒げていた。


 クルスはモーフィを撫でながら言う。


「この森は平和ですねー」

「そうだな」


 ムルグ村は、狼と猪に困っていた。

 だからこそ、俺が衛兵として雇われたのだ。


「でっかい猪がいたのだけど退治したし。魔狼たちとは仲良くなったしな」

「なるほどー」

「魔狼たちがいるから、この森に他の魔獣は近寄らないのかも」

「わふん」


 フェムはどこか自慢げだ。

 この辺りが魔狼たちの縄張りなのは確かだろう。

 だがどこまでが魔狼たちの縄張りなのだろうか。


「フェムの縄張りってどのあたりまで?」

「わふぅ?」


 俺が尋ねると、フェムは少し考える。


『かなり遠くまでなのだ』

「そうか」


 曖昧なものなのかもしれない。

 人間同士の土地の権利のように、はっきり境界を引けるようなものでもないのだろう。


「縄張りの端っこまで行きましょう!」

「フェムとモーフィが疲れるからダメだぞ」

『余裕なのだ』

『よゆう』


 クルスの提案に、フェムたちは乗り気だ。

 モーフィは、縄張りの範囲を知らないはずなのに乗り気だ。

 これでモーフィが疲れて動けなくなったら、日没までに村に戻れなくなる。


「まあ、いざとなれば野宿すればいっか」

「野宿! いいですね」


 クルスは目を輝かせる。

 野宿には慣れているが、俺はできればしたくない。クルスの感覚はよくわからない。

 

 フェムとモーフィは楽しそうに走り出した。


「わふわふー」「もうもぅー」


 楽しそうに鳴くのを聞きながら、俺はクルスに話かけた。


「クルス。今日はすまなかったな」

「ぼくのほうこそごめんなさい。ごぼう買っちゃって」

「だまされるのは危ないからな。気を付けないとダメだぞ」

「はい。ルカにも心配かけちゃいました」

「こういうことは俺が教えないとダメなんだろうな。それもすまない」

「ぼくはアルさんから色々教えてもらってますよ」


 クルスは微笑む。まだ15歳。これから色々知っていけばいいと思う。


「せっかくの休みなのに、おつかい頼んで悪かったな」

「それこそ、全然気にしないでください」

「そうはいくまい。なにか埋め合わせをさせてくれ。なにか頼みがあったら言ってくれ」

「え? なんでも?」

「なんでもとは言ってないぞ?」


 勝手に歪曲されるのは困る。

 だが出来ることならば、やってやりたいとは思っている。


「うーん」

「とりあえず言ってみろ」

「思いつかないので、考えておきます」

「そうか」


 それはそれで怖いが、仕方ない。

 そんなことを話している間に、かなり遠くまで来た。


『この辺りまでなのだ』

「結構広いんだな」


 そういうと、フェムは自慢げに胸を張って尻尾を振る。

 20頭の魔狼が生存するにはそれなりに広い縄張りが必要なのだろう。


「向こうは誰の縄張りなんだ?」

『色々なのだ。だが一番強いのは熊なのだ』


 どうやら群雄割拠しているらしい。

 熊は、ただの熊の時点でかなり強い。それが魔獣となったら、さらに強くなる。


「熊は戦利品がいまいちおいしくないから、あまり好きじゃない」

「確かに。美味しくないです」


 俺のおいしいとクルスの美味しいは多分違う意味だ。

 熊の戦利品は毛皮などがメインだ。熊の毛皮はあまり高くない。


「しばらく休憩していくか」

「そうですね」

「わふ」「もう」


 フェムから降りて、地面に座る。クルスが隣に座ってくる。

 フェムたちは近くで遊んでいる。


 しばらくぼーっとした。クルスもぼーっとしている。


 ――ジョバぁぁ


 モーフィがおしっこしていた。

 霊獣だから飲み食いしなくていいはずだ。

 だがモーフィは食べたり飲んだりしている。そうすると出るのだろう。


 その時、一瞬周囲の虫の音が静まった。


「GAAAAAAAA!!」


 おしっこするモーフィに巨大な熊が襲い掛かる。


「もぉ!」


 モーフィの反応は早かった。さすがは草食動物。危機対応能力が高い。

 熊に頭突きした。熊はよろめいた。


「ガウガウ!」


 そこにフェムが飛びつく。あっという間に首に噛みつきねじ伏せた。

 俺とクルスが動くまでもなかった。


「急に襲ってきたな」

『熊はおしっこに反応したのだ』

「へぇー」


 フェムはそういうが、よくわからない。縄張りを侵されたと感じたのだろうか。


「GRAAAAAAAA!」「GAAAAAAA!」

「GYAAAAAAAAA!」「GGOOAAAAAAA!」

 

 周囲から魔獣の吠え声が続々と聞こえてきた。

 フェムは身構える。だがモーフィはきょとんとして首をかしげている。


「集まって来てない?」

「そうですねー。ぼくは熊じゃないほうがいいな」


 まさか食べる気じゃないだろうな。そう突っ込む暇はなかった。


 襲ってきたのはワイバーン2匹。バジリスク3匹。地竜1匹。

 ワイバーンは中型サイズだ。馬の3倍ぐらいの大きさになる。

 バジリスクも普通サイズだ。馬ぐらいだ。

 地竜はやや大型だ。馬の5倍ぐらいある。


 それらが一斉に襲い掛かってくる。


「明らかに熊の魔獣より強い奴じゃないか?」

「そうですねー。倒しちゃっていいんですよね?」

「いいぞ」

「はい」


 クルスは一番近い地竜に向かって突貫する。

 その背後を狙うようにワイバーンが急降下していく。


「飛んでるやつは魔導士の獲物だ」


 魔力の矢を連続で放った。

 竜種が持つ魔法障壁を砕き、翼を破く。

 ワイバーンは地面に向かって落下した。


 そのころには、クルスが地竜の首をはねていた。

 バジリスクなどは地竜のついでに狩られている。


「フェム。まだ敵いる?」

『いないと思うのだ』


 フェムがそういうならひとまず安心だ。


「クルス。食べたらだめだからな」

「え? ……わかってますよー」


 絶対食べる気だった。そんな気がする。

 クルスにもう一度食べないように念押ししてから、俺は解体を始めた。

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