第53話

 ルカに教えてもらった農業製品店は商業地区にあった。

 中に入ると、多種多様な農業製品が目に入る。


「すごいのじゃ」

「ヴィヴィは農業に詳しいからこういうの見慣れてるんじゃないの?」

「いや、魔王領に普及している農具は、ここにあるものに比べればガラクタみたいなものじゃ」


 どうやら農具製造技術は魔族領より上らしい。

 かわりに魔王領は農業系魔法技術が発達したのかもしれない。


「これはなんじゃ? ふぅむ。なるほどこういう仕組みなのじゃな」

「すごいんだなぁ」


 ヴィヴィは興味津々といった感じで、農具を見て回っている。

 クルスはヴィヴィの後ろをついて回り、解説を聞いて感心していた。


「あの、お客様? 今日はどのような御用でしょうか」


 店員がおずおずといった感じで話しかけてくる。

 忘れていたが、大きな狼と牛を連れているのだ。店員が警戒するのは当然だ。


「すみません。驚かせましたね。うちの番犬と飼っている牛です」

「はぁ。いや、それよりもその被り物は……いえ、なんでもありません」


 フェムとモーフィより、むしろ被り物の方を警戒していたらしい。

 だからといって、今さら、脱ぐわけにもいかない。

 何事もなかったかのように、俺は店員に笑顔で話しかける。

 残念ながら、笑顔は見えてないだろうが。


「種イモが欲しいのですが、在庫はありますか?」

「品種はどちらになりますか?」

「えっと、伯爵イモと竜の瞳です」

「はい。それでしたらございますよ。数はどのくらいご入用ですか?」


 さすがはルカが教えてくれたお店だ。

 狼の被り物をしたおっさんにも丁寧に接してくれる。

 購入希望数を伝えると、すぐに用意してくれた。


「これが種イモですか。普通のイモと変わらないですね」

「そうだぞ。もう種イモとごぼうを間違えるなよ」

「はい」


 クルスは種イモを見るのが初めてらしい。

 ごぼうと間違えたぐらいだ。食べるイモと全然違うものを想像していたのかもしれない。


「外見は一緒ですが、食用にするイモとは選別方法が違うんですよ」

「へぇ」


 店員は笑顔で説明してくれた。

 食用にするのには全く問題なくても、栽培するには不都合な病気というのがあるらしい。

 そういう病気にかかっていないものを魔法を使って選別しているとのことだ。


「当店には専属の魔導士が複数在籍しておりますから」


 店員は誇らしげに微笑む。自店の品質に自信を持っているのだろう。

 感心しているクルスに、新人らしい店員が近づいてくる。

 店員の顔は真っ赤だ。


「あの! 勇者クルスさまですよね?」

「はい、そうです」

「サインいただけませんか!」

「これ、お客様に失礼ですよ」


 すかさずベテラン店員が新人をたしなめた。

 ベテラン店員もクルスには気付いていたのだろう。だが、お客様だから気付かないふりをしていたのだ。


「大丈夫ですよー。サインぐらい、いくらでも書きますよ」

「ありがとうございます」


 新人店員は感激している。

 後で怒られたらかわいそうだ。なので一応フォローしておこう。

 俺はベテラン店員に話しかける。


「クルスさまは民と触れ合うのがお好きなのです。特に失礼ではありませんよ」

「そうですか。そうおっしゃっていただけると……」

「叱らないようにしてあげてください」

「はい。お供の方がそうおっしゃるのであれば」


 これで、それほど叱られまい。

 失礼ではないといった言葉が聞こえていたのだろう。

 店員が十人ほどクルスの前に並んだ。


「順番にサインしますねー」


 クルスはにこにこしながらサインしていく。

 ふと気づくと、ベテラン店員も並んでいた。自分も欲しかったのだ。


「人気じゃのう」

「そりゃ、勇者さまだからな」

「もぅ」


 なぜかモーフィも並んでいた。

 サインした後に握手しているのを見てうらやましくなったのかもしれない。

 店員へのサインが終わった後、自分の番になったモーフィはクルスに顔を押し付ける。


「モーフィもサイン欲しいの?」

「もぅ」


 モーフィはクルスに撫でてもらって嬉しそうだ。

 サインの効果か、種イモをかなり値引きしてくれた。


 クルスの家を通って、ムルグ村へと帰った。

 ムルグ村についたころには、もうお昼だった。


「ひぃ」

「かっこいい!」


 倉庫を出たところにミレットとコレットがいた。

 ミレットは被り物を見て悲鳴を上げる。だがコレットは目を輝かせた。


「ふふふ。正義の牛仮面! しかしてその正体はわらわだったのじゃ」

「してんのーかっこいい!」


 ヴィヴィが格好つけて牛の仮面を取る。

 俺は恥ずかしいのでこっそり脱ぐと、クルスに返した。


「クルス。仮面貸してくれてありがと」

「アルさんにお貸ししておきますよ。いつまた必要になるかわかりませんからね」


 そう言われたらそんな気もする。付けヒゲでごまかせるのはクルスぐらいかもしれない。

 いざというときに謎の狼仮面があれば便利ではある。


「いいの?」

「はい。使わないので」


 それもそうか。普通こんなの使いようがない。


「じゃあ、お言葉に甘えて」

「クルス。牛仮面も借りていて、いいかや?」

「いいですよー」


 クルスの言葉に、ヴィヴィは嬉しそうに微笑む。

 それを見ていたクルスも考え込む。


「ぼく用に仮面もう一つ買ってこようかな」

「結構高いんじゃないのか? これ」

「そうでもないです。アルさん、ぼくには何が似合うと思いますか?」

「えっと……」


 正直何の被り物でもいいと思う。だが、そう言うと拗ねるかもしれない。


「猫とか……」

「獅子ですね!」


 勝手に獅子と解釈された。猫科なので間違っていないのだが。


 温泉から帰ってきたルカたちと合流して、みんなで昼食を食べる。

 クルスが巻き込まれた騒ぎについて、ルカたちにも報告しておいた方がいいだろう。


「ルカ、申し訳ないんだが……」


 せっかくの休みなのに、厄介ごとを報告するのは気が引けるが仕方がない。

 報告しないほうが厄介になる。


 俺の報告をルカは黙って聞いていた。

 クルスは横で申し訳なさそうにしている。


「……まあ、いろいろ言いたいことはあるのだけど」

「ごめんなさい」

「後処理は私がやっておくわ」

「すまないが頼む」


 俺とクルスは頭を下げた。

 ルカはため息をつく。


「クルスは、ほんとに、そのうち大変なことになるんだからね?」

「はい」


 クルスは叱られてしょんぼりしている。

 ルカの説教は続く。徐々にクルスは泣きそうになる。


 そんなクルスを見ると、少しかわいそうになってしまう。

 だが、クルスのためなのだ。

 今回はしょぼいスラムの詐欺師だったので何とかなった。運がよかったとさえ言える。


 クルスが泣き出したところで、ユリーナが遮る。


「クルスには私から後でしっかり言っておくのだわ」

「ユリーナはそうやってすぐクルスを甘やかすんだから」


 昼食の空気が少し悪くなった。

 その空気を換えようというのかヴィヴィがルカたちに話を振る。


「それにしても、朝から温泉とは羨ましいのじゃ」

「いいでしょ。もう今日は働く気しないわね」

「今日は一日ゆっくりするのだわ」


 ルカとユリーナは休む気満々のようだ。


 昼食が終わると、ヴィヴィが種イモを準備し始めた。


「わらわは芽出し促進魔法陣の準備に入るのじゃ」

「手伝うことある?」

「ないのじゃ。モーフィの散歩にでも行ってくるがいいのじゃ」


 土壌改良兼魔石抽出魔法陣のときは、見ててと言ったのに。少し寂しい。

 単純に、自信作の難解な魔法陣と簡単な芽出し促進魔法陣の違いかもしれないが。


 ふと、クルスの様子を見てみると、ユリーナに頭を撫でられていた。

 それを見ながら、俺はルカに小声で言う。


「色々とすまない」

「気にしないでいいわよ」

「俺が叱らないといけないんだろうが……」

「そんなだと、いいお父さんになれないわよ?」

「善処する」


 そういうと、ルカがニコッと笑った。


 そのとき、モーフィが俺の袖を口で咥えて引っ張った。


「モーフィ、散歩に行きたいのか?」

「もぅ」

「そうだな。モーフィ、フェム散歩に行くぞ」

「わふ」「もぅ」


 それを聞いて、クルスが駆けてくる。

 クルスは泣きやんでいた。ユリーナに慰められたのだろう。


「ぼくも行きます」


 クルスを連れてフェムとモーフィの散歩に行くことになった。

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