第50話

 次の日。朝早くにクルスは王都に帰っていった。

 ルカたちはそれを呆れた表情で見送っている。


「今日は休みだっていうのに、クルスは随分と張り切っているのね」

「休みじゃない日こそ張り切ってほしいのだわ」


 ルカとユリーナはそんなことを言う。

 クルスもルカもユリーナも今日はお休みらしい。

 いくら若いとはいえ、いや、若いからこそ、たまに休みがないとつらかろう。


「ルカもユリーナも王都に帰らなくていいのか?」

「だからお休みなんだってば」

「そうなのだわ。お休みの日になぜわざわざ王都に行かないといけないのよ?」


 二人ともムルグ村で過ごすつもりらしい。気持ちはわかる。

 王都にいればいつ急用が持ち込まれないとも限らないのだ。


 ムルグ村で存分に羽を伸ばしてほしいものだ。

 それを聞いていた、ミレットが笑顔になる。


「そうだ! お二人とも一緒に温泉に入りましょう」

「え? まだ朝だけど」

「昨日も温泉いただいたのだわ」


 戸惑うルカとユリーナに向けてミレットは力強く言う。


「朝だからです」

「朝だからなの?」

「朝だからこそです」

「そ、そう」


 ルカもミレットに圧されている。


「朝温泉のすばらしさは、体験しなければわかりません。そして朝温泉は休みの日にしか味わえません」

「そ、そうなのね」

「はい!」


 ユリーナもミレットに説得された。


「ヴィヴィもせっかくだから温泉入ってきたら?」

「わらわにはやることがあるのじゃ」

「牛?」

「そうじゃ」


 ヴィヴィは最近暇を見つけては、自主的に牛の世話もしているようだ。

 牛たちは将来的にお肉になる。

 ヴィヴィはモーフィで懲りたのか、もう名前は付けていないらしい。


「そうか、俺も衛兵業務があるな」

「あとでわらわも行くのじゃ」


 ルカとユリーナは休日でも、俺やヴィヴィは休日ではない。

 だからつい、クルスに種イモ購入という仕事を頼んでしまった。

 せっかくの休みなのに、申し訳ないことをした。謝っておこう。

 あとで埋め合わせをせねばなるまい。


「じゃあ、私たちは温泉行ってきますね」

「わらわも牛小屋みてくるのじゃ」


 ヴィヴィが牛の世話をしに行き、ミレットたちは温泉に行った。

 俺はいつものように村の入り口で衛兵だ。


 村の入り口からは、この前作った倉庫がよく見えた。

 倉庫の軒下辺りは魔狼たちの巣のようになっている。

 モーフィも軒下が気に入ったのか、フェムと一緒に寝っ転がっていた。

 そんなモーフィに子魔狼たちがじゃれついていた。


――ぽと


 音がして振り返ると、ネズミが落ちていた。

 ネズミを運んできたらしい魔狼が自慢げに尻尾を振っている。

 ネズミを持ってくると、ほめられると学習したようだ。


「えらいぞ」


 たくさん撫でてやった。

 ネズミは農作物を食べたりするので非常に厄介な害獣だ。

 ネズミの数を減らしてくれるのはありがたい。


 思う存分撫でてやると、魔狼はネズミを咥えてフェムのところにもっていった。

 子魔狼たちのご飯にするのだ。


 子魔狼たちが一生懸命ネズミを食べる様子を眺めていると、倉庫の扉が開いた。

 クルスが飛び出してくる。


「アルさーん」

「お、早いな」


 クルスは笑顔だった。


「種イモ買ってきましたー」

「お疲れ様。休みの日に悪いな」

「いえ! 気にしないでください」

「で、種イモは?」

「これです!」


 そういって、クルスが取り出したのは、袋に入ったごぼうだった。

 腐った太いごぼうを輪切りにしたものだ。


「クルスさんや」

「はい!」

「この種イモは、どこでお買い求めになられたんで?」


 ちゃんとした農業製品販売店が、ごぼうと種イモを間違えるはずがない。

 ごぼうくださいとクルスが言わない限り、これを買ってくることはあり得ない。


「はい。昨日ルカが言っていた王都の農業製品販売店に行ったんです」

「そうだな、昨日ルカが、おすすめの店を教えてくれたな」


 ルカは王都にも詳しいのだ。


「そのお店の様子を外から伺ってたら、親切なおじさんが何が買いたいんだい? って聞いてくれたんです」

「親切なおじさん?」

「はい。おじさんに種イモを探しているって言ったら、その店の種イモは品質が悪い上にぼったくりだと教えてくれて」

「ルカの教えてくれた店がぼったくりとな?」

「はい。ルカはああ見えて抜けているところがありますからね!」


 この場にルカがいなくてよかった。

 それにしても、クルスは自分が抜けているという自覚がなさすぎる。


「親切なおじさんが老舗の種イモ屋さんに連れて行ってくれたんですよ」

「ちなみにその老舗の種イモ屋さんってのはどこに?」

「王都の八番街の裏路地にあるお店です」


 ちなみに八番街はほとんどスラム街だ。その裏路地に王都に詳しい堅気の人間は近づかない。

 ほとんどというのは、まだ完全に無法地帯にはなっていないからだ。

 だが、治安のいい王都の中で、例外的に治安は悪い。


「そんなところで農業製品は普通売らないんじゃないか?」

「穴場のお店でした」

「で、それを手に入れたと」

「はい」

「値段は?」

「最初、アルさんにもらったお金を出したら、足りないって言われたんです。だから出直そうとしたら、特別にその値段でいいって」


 お金を取りに帰ったら、知恵のあるものに騙されていると教えられる。そう考えたのだろう。

 だからその場でとれるだけ金をとったのだ。完全にかもにされている。


「値下げしてもらえました! お得です」

「お、おう」


 クルスには結構な額のお金を持たせた。開墾した畑に植えるのに十分な量の種イモを買える金額だ。

 開墾した畑はそれなりに広い。当然種イモの量は多くなる。

 それに加えて、失敗したときのための分に、いざというとき村にも分ける分も購入する予定だった。


「えへへ」


 クルスはほめて欲しそうに目をキラキラさせている。

 そんなクルスに、それは種イモじゃなくて腐ったごぼうだとは言いにくい。

 こんなに素直な子をだますなんて許すことはできない。

 素直だからこそ、いいカモにされたのだろうけど。


 そこに牛の世話を終えたヴィヴィが帰ってきた。


「クルス、早かったのじゃな」

「うん。種イモ買ってきたよ」

「む? これは種イモではないのじゃ。ごぼうじゃぞ。しかも腐っているのじゃ」

「えっ!」


 クルスは驚いて、ヴィヴィの顔を見た後、俺の顔を見る。

 こうなってしまえば正直に言うしかない。 


「クルス。残念だが、それはごぼうだ」

「そ、そんな。お店の人は種イモだって……」

「だまされたのじゃな」


 クルスは泣きそうな顔で謝ってくる。


「ごめんなさい。ぼくのせいで……」

「クルスは悪くないぞ」


 だまされるほうが悪い?

 違う。だます方が悪いのだ。


「アル。どうするのじゃ?」

「もちろん。クルスをだました報いはうけてもらう」

「そうじゃな」


 俺はヴィヴィとクルスを連れて、王都に乗り込むことを決めた。

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