第51話

 王都に乗り込むことに決めたといってもすぐには行けない。準備がある。


「あー、アルはこっそりムルグ村に来たのじゃったな」

「そうだぞ。俺は変装しないと」


 前にミレットにもらった付けヒゲをつける。

 クルスが感心しながらうなずいた。


「もうアルさんだと誰も気づきませんね」

「そうかな」


 クルスはだませた。ルカも結構だませていた。

 とはいえ、きっと見抜く人は少なくないはずだ。

 

「わらわも魔族だから変装したほうがいいかもしれぬ」

「ヴィヴィは変装しなくてもいいんじゃない?」

「そうであろか」


 王都に魔族は少ないが、いないわけではない。

 とくにほとんどスラム街である八番街には魔族は多めだ。


「ヴィヴィちゃんはこれ付ければいいよ」

「これをつけるのかや」


 クルスがヴィヴィに手渡したのは牛の被り物だ。

 ものすごくリアルで、まるではく製だ。

 なぜそんなものを魔法の鞄に入れているのか。


「クルス、なにそれ?」

「このまえお土産屋さんで見つけたんです。かっこいいので買いました」

「……そうか」


 俺が聞いたのはそれが何であるかであって、どこで手に入れたかではない。

 そして、特にかっこよくはない。


「それってはく製?」

「これは骨格は硬い木で、毛は南に生えてる木の実の繊維なんですよー」


 見た目以上に手が込んでいる。無駄に高そうだ。

 クルスに大金を持たせてはいけない気がしてきた。

 伯爵さまにして、勇者、S級冒険者ということで、クルスは結構金持ちなのだ。


「いい感じなのじゃ。アルはどう思う?」

「……似合ってるよ」

「そうじゃろ」


 牛の被り物をかぶったヴィヴィが胸を張る。

 ヴィヴィの角はどうなるのかと思っていたが、うまいこと牛仮面と調和している。


「もぉ」

「うひひ。お揃いなのじゃ」


 ヴィヴィとモーフィがはしゃいでいる。

 それを見たフェムがクルスの周りをぐるぐるし始めた。

 尻尾を振りながら、期待のこもった目でクルスを見ている。


「わふ……わふ……」

「フェム、どうした?」

「撫でてほしいんだね!」

「わふ……」


 クルスがフェムを撫でまくっている。

 きっとフェムは狼の被り物をクルスが出してくるのを期待していたのだろう。

 クルスに撫でられまくっているフェムが、こちらを見つめてくる。

 まるで助けを求めているようだ。


「クルス、狼の被り物はないの?」

「ありますよ? アルさん、被りますか?」

「わふぅ!」


 フェムが嬉しそうに尻尾を振った。

 こっちを期待の満ちた目で見つめてくる。


「……じゃあ、借りようかな」

「はい、アルさんどうぞ」


 これもかなり精巧だ。リアルすぎて、むしろ怖い。

 被ってみると、作り手の優れた技術がよりわかる。

 視界が広いのだ。死角がほとんど増えていない。


「わふぅ」

「落ち着きなさい」


 フェムが嬉しそうに飛びついてくる。

 クルスまで飛びついてきた。


「わぁい」

「やめなさい」

「すみません、つい」


 なにが「つい」かわからない。

 それはともかく、付けヒゲよりずっとばれにくくなった。

 この姿を見て、俺だと気づく奴はいないだろう。


「じゃあ、ぼったくり商人をこらしめにいくぞー」

「「おー」」

「わふぅ」「もぉ」

「え、フェムとモーフィもくるの?」

「わふ?」「もぅ?」


 同時に首をかしげる。

 既にフェムとモーフィはギルドに登録ずみだ。だから王都に連れていくことはできる。

 だが、目立ちすぎる。


「ささ、いくのじゃ」

「おー」


 ヴィヴィとクルスはモーフィに乗っている。

 一緒に行く気満々だ。

 フェムも大きくなって、ちらちら、こちらを見てくる。乗ってほしそうだ。


「まあ、いっか。一緒に行こう」

「わふぅ」


 ぼったくり商人もフェムとモーフィを見たらビビるだろう。

 そう判断して同行を決めた。



 一応村長に入り口を離れることを報告してから、王都へ向かう。

 倉庫の一番奥に描いてある魔法陣で、クルスの屋敷に転移した。


「でかい屋敷なのじゃ」

「そうかなー?」


 仮にも伯爵さまだ。屋敷は広い。


「メイドさんに見つかるとうるさいので、こっそり行きますよ」

「了解」


 伯爵さまのお屋敷なので当然メイドがいる。

 メイドに見つかると厄介だ。フェムとモーフィを見たら確実に腰を抜かすだろう。

 クルスの案内で、こっそり屋敷を抜け出した。


「ひえっ!」

「ひゃあ」


 通行人が悲鳴を上げる。

 モーフィはともかくフェムは怖い。巨大な狼なのだ。

 通行人にクルスが笑顔で声をかける。


「大丈夫ですよ-」

「なんだ、クルスちゃんのお友達か」

「びっくりさせないでよ」

「ごめんねー」


 さすがはクルスのご近所さんである。クルスがらみの騒ぎに慣れているのだろう。


「さっさと八番街に向かうぞ」

「了解です」

「ここが王都なのじゃな」


 ヴィヴィが観光気分できょろきょろしている。

 リアルな牛の被り物が怖い。

 リアルな狼の被り物をかぶっている俺も、きっと怖かろう。


「目立たないように急ごう」

「こっちがいいですよ」


 モーフィから降りたクルスが駆けていく。全速力ではない。

 一般基準で考えれば、とても速いがクルス基準では早歩き程度だ。


「クルス、裏道詳しいな」

「最近、追ってくるんです」


 クルスの会話は飛躍が多い。

 最近さぼろうとすると追いかけてくる人がいる。その際、裏道を通って逃げているので詳しくなった。

 そんなところだろう。

 普段逃亡に使っている道だけあって、人にはほとんど会わなかった。

 あっという間に八番街につく。


「ここに来ると一息つけますね」

「……そうか」


 治安のいい王都の中で、例外的に治安の悪い八番街だ。普通は緊張する。

 人間のチンピラが脅威になりえないクルスならではの感想だ。

 そして油断するからだまされる。


「さて。乗り込むのじゃ」

「がふ」「もお」


 ヴィヴィだけでなく、フェムとモーフィも気合十分だった。

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