第45話

 ミレットの家に戻ると、ヴィヴィがいた。


「ヴィヴィ。倉庫に転移魔法陣描いたの?」

「そうじゃぞ。驚いたであろ」 

「驚いたよ。今度からは相談してからにしてよね」

「いやじゃ!」


 拒否されてしまった。まあ、いいのだが。

 ほんとにやばいことになったら俺が頑張って何とかすればいい。


 ミレットに夕食のことを頼むと、喜んでくれた。

 しばらくして温泉からクルスとユリーナが帰ってくる。


「クルスちゃん。ルカちゃんは来ないの?」

「……ルカは忙しいから来ないよ」


 ミレットが尋ねると、クルスの目が泳いだ。


「クルス?」

「な、なんですか?」

「もしかしてルカに黙ってきた?」

「そ、そんなわけ……あるわけないじゃないですか」


 ユリーナが呆れてため息をつく。


「ルカには言ってませんわ」

「ユリーナ、言っちゃだめー」

「隠してどうするのよ」


 クルスはルカに黙ってきたらしい。そして俺にルカに黙って出てきたことがばれたら叱られると考えているらしい。


「別にルカに黙ってきたからといって怒ったりしないぞ?」

「ほんとですか?」

「ほんとだぞ」


 帰った後でルカに叱られるのだ。今叱る必要はないだろう。


「よかったー。ルカは仕事全部終わらせないとムルグ村に行っちゃダメっていうから、ごまかして来ちゃったんですよー」

「それは、よかったわね」

「ひぇ」


 クルスの背後にルカがいた。


「よくもまあ、あんなのでごまかせると思ったわね。あれでだませると思われてたってことがショックだわ」

「クルスはどんな細工をしたんだ?」

「仮眠しますって部屋に貼り紙して、枕を布団の中に放り込んで膨らませてたの」

「それだけ?」

「それだけ」


 クルスは、自分と同じぐらい他の人も騙されやすいと勘違いしているのではないだろうか。


 クルスはルカにこっぴどく叱られた。

 クルスが放置した仕事も、ルカがある程度消化して駆けつけたらしい。

 優秀な戦士である。

 むしろ戦士のままにしておくのはもったいない。官僚にでもなるべきだ。

 クルスがごめんなさいを言うだけの生き物になった後、ルカから書類を渡された。


「ほら、アルも。これ書いて」

「これは?」

「フェムとモーフィの飼育許可申請書」

「ああ、忘れてた。ありがとう」


 ルカは気が付く。とても助かる。

 ヴィヴィが不満げにほほを膨らませる。


「モーフィは魔獣ではなく霊獣なのじゃ」

「霊獣のほうが珍しいし強い奴が多いから当然申請は必要なの」

「そうじゃったか」


 ヴィヴィがモーフィの書類を手に取ろうとしたがルカが止める。

 

「魔獣はその討伐ランクより高い冒険者じゃないと申請許可は下りないわよ」


 正確には、冒険者ランク相当である。

 正騎士ならCランク、騎士団長ならBランクに相当する。高名な傭兵や剣士、騎士などはAランクだったりする。

 そのランクを分類するのは戦闘力だ。


「モーフィは霊獣なのじゃ」

「霊獣はほとんどの魔獣よりも強いのよ? 霊獣の飼育許可には最低でも冒険者ランクB以上必要なの」

「そうじゃったか……」


 もし戦闘職ではないものが魔獣を飼いたい場合は飼育係に相当ランクの人物を雇わなければならない。


「アル、頼むのじゃ」

「任せろ」


 俺を飼い主としてフェムとモーフィの飼育許可申請書を書いた。


「これで大丈夫よ。審査はあたしが通しとくから安心して」

「いつもすまんな」


 そうこうしているうちに夕食の時間になった。

 ミレットの料理を初めて食べたユリーナはおいしいおいしいと絶賛していた。


 寝る時間になった。クルスたちも寝ていく気満々である。


「こんなこともあろうかと、持ってきましたー」


 クルスは魔法の鞄の中に折り畳み式ベッドを入れてきていた。

 しかも三台である。


「クルスの魔法の鞄、すごいな」

「えへへ。ベッドもすごいんですよ。熟練工に作らせた最高級品なのです。折り畳むと、こんなに小さくなります」


 とても小さい。一般的なベッドの八分の一ぐらいだ。

 それほど折りたたんだのに、厚さは短剣の刃ほどしかない。


「ほんとにすごいな」

「そして畳んだ状態だと盾にすることができます」


 そういってクルスはベッドを構えて見せる。

 ベッドの素材はミスリルだった。


「色々と無駄に贅沢だな……」

「えへへー」


 三台のベッドを空き部屋に置き、そこでクルスやルカ、ユリーナは寝ることになった。

 俺はフェムと一緒に眠る。ヴィヴィは、ミレットとコレットと一緒だ。


 全員が寝静まったころ。

 クルスがこそこそしながらやってきた。


「おじゃましまーす」

「……おい」

「まあ、まあ」


 そんなことを言いながら、俺の布団の中に入ってくる。

 仕方のない奴である。


「わふ?」

「フェムもいい子だねー」

「わふぅ……」


 クルスがフェムをなでなですると、フェムは気持ちよさそうに眠りについた。


「クルスが撫でると、フェムが霊獣になりかねんから、ほどほどにしてやれ」

「はい」


 クルスは布団の中でもぞもぞする。


「アルさんと一緒に寝るのは久しぶりですね」

「そうだな。クルスは……」

「くかー」


 クルスは、もう寝ていた。どれだけ寝るのが早いのか。

 もはや特技である。


「むぬゆ」


 クルスは意味不明な寝言を発している。

 そしてガシっと俺にしがみついてきた。

 力強い。柔らかい胸が当たっているが、それ以上に、腕の力が強いので痛い。

 俺はクルスの腕をほどいて、フェムに抱きつかせる。


「わふ?」

「もふゆ」


 フェムは驚いていたが、クルスは満足げな表情をして意味不明な寝言を言っている。

 俺は安らかに眠った。


 次の日。クルスたちは早起きだった。

 俺もつられて起きてしまう。


「起きるの早いな」

「王都には、今日もうんざりするほど仕事があるのですわ」

「さぼりたいのはやまやまだけどね」


 口ではそういいながらも、ユリーナとルカはどこか誇らしげだ。

 これから王都に帰るらしい。忙しそうだ。


 一方。

「さぼりたいなー」

 クルスは心底さぼりたそうにしていた。


「あ、そうだ。モーフィに会ってから帰ろう」

「ふむ。モーフィもクルスには会いたいかもしれぬのじゃ」


 ヴィヴィがクルスをモーフィの元へと案内する。

 俺もついていくことにした。


「よーしよしよしよし」

「もぉぉ」


 クルスはモーフィを撫でまくっている。

 モーフィも嬉しそうだ。


「モーフィもフェムみたいに小さくなれれば、家の中に入れるようになるんだけどな」

「そうなのじゃ。いつまでも屋外でかわいそうなのじゃ」


 俺の言葉にヴィヴィも同意する。

 それを聞いていたクルスが、モーフィに語りかける。


「モーフィ。小さくなれないの?」

「もぉ」

「そうなんだ。じゃあ、ちょっと小さくなってみて」

「もぉもぉ」


 モーフィが小さくなった。普通の牛より少し小さいぐらいだ。


「はっ?」「えっ?」


 俺とヴィヴィが変な声を同時に出した。


「な、なんですか。モーフィに小さくなってほしいって言ったのアルさんたちじゃないですか」

「そうだけど、え? クルス、牛の言葉わかるの?」

「わかるわけないですよ」

「だよな」

「でも、念話? みたいな感じで霊獣となら話せますよね?」

「話せないよ!」


 念話はそう難しい魔法ではない。俺もヴィヴィもフェムも使える。

 だから真っ先に試した。だが、モーフィと意思疎通することはできなかった。


「そんなもんですかー」


 クルスはきょとんとしている。

 勇者おそるべし。常識が通用しない。


「モーフィ、よかったのじゃ」

「もぉもぉ」


 ヴィヴィに抱きつかれて、モーフィも嬉しそうだった。

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