第28話

 ヴィヴィは力説する。

 巨牛モーフィの骨を使い牛のスケルトン兵としたいのだという。


「それは、果たして……いいのだろうか」


 同じアンデットではあるが、スケルトンはゾンビとは違う。

 ゾンビは意思を残したまま、行動を完全に奪う。だから忌避されるし恐れられる。

 スケルトンは、生前通りの意思があって、意思通りに行動することもできる。


 俺はゾンビになるのは絶対ごめんだ。

 だが、スケルトンなら状況次第でありかもしれない。


『問題は魂の所在であろうな』

「ふぁ?」


 急に賢そうなことをフェムが言うので驚いた。

 だが、フェムの言う通りだ。


 死後、魂がどうなるのか。魔術が発展したこの世界でもわかっていない。

 魂が転生すると考える宗教もあれば、時間が経てば消滅すると考える宗教もある。

 転生せずに変質するとか、融合するとか考え方は宗教によって様々だ。


「魂はゆっくりと、数百年かけて分解されて消えるのじゃ。スケルトンはそれを少し待ってもらうだけなのじゃぞ?」

「それはどこの教義なの?」


 ヴィヴィは確信をもっているようだ。


「宗教ではないのじゃ。魔族はそう信じているだけじゃ」


 それを宗教というのだと思う。

 だが、俺には魔族の宗教観はよくわからないので、突っ込まない。


「アルはどう思うのじゃ?」

「俺は魔術師だから。わからないものはわからないと認める立場だ」


 俺には魂はどうなっているかわからない。

 魂については、若い魔導士は全員考える。俺も若いころは考えた。

 そのうえで、わからないという結論になった。


 俺がわからないという立場である以上、ヴィヴィが強く信じているなら、それを否定する根拠も理由もない。


『不可知論者だな?』

「それってどういう?」

『……自分で考えるのだ』

「すまん。無知で。ぜひご教示願いたい」

『…………フェムも実はよくわからないのである』

「……そうか」


 知能下がってないかと指摘して以来、フェムが賢いふりをしてくる。

 扱いに困る。


「ヴィヴィがそれでいいなら任せる。一応村長に許可取ってな」

「わかっているのじゃ!」


 ヴィヴィは元気に駆けて行った。



 次の日。俺はいつものように衛兵の業務につく。

 出来たばかりの倉庫は村の外、門のすぐ近くにある。

 倉庫の周辺で魔狼たちが遊んでいるのが見えた。


 フェムも他の魔狼たちと同様に床下が気に入ったようだ。日陰で涼しいのかもしれない。


「こうみると、フェムは他の魔狼より一回り小さいな」


 俺はぽつりとつぶやく。

 もちろん、フェムだけ魔法で小さくなっているからだ。

 見ていると、魔狼の子供がフェムにじゃれつきはじめた。

 フェムも機嫌よく相手をしている。とても可愛らしい。


「アル。これを見るのじゃ」

「どれどれ」


 ヴィヴィはいつものように魔法陣を描いている。

 今日の魔法陣は大作だ。モーフィをスケルトン化する術式のようだ。


「よくできてると思うけど。ここのところ安定度が下がってないか?」

「ふむ? 確かにそうじゃな」


 そして、ヴィヴィは魔法陣を修正する。

 そんなことを何度も繰り返し、夕方ごろ、やっとヴィヴィは立ち上がった。


「完成したのじゃ!」

「おめでとう」

「ふふふ。これでモーフィが復活するのじゃ」

『フェムたちがいれば、必要ないというのに』


 フェムがやってくる。きっとお腹がすいたのだろう。

 フェムと一緒に子魔狼たちもついてきている。


「きゃうきゃう」

 可愛く吠えながら、ヴィヴィにまとわりつく。


「や、やめるのじゃ!」


 ヴィヴィは椅子に座っている俺にしがみついてきた。


「ヴィヴィは懐かれてるな」

「違うのじゃ。こいつらはわらわを食おうとしておる!」

「そんなことはないと思うけど。フェム」

「わふ」


 フェムが一言吠えると、子狼の親たちがやってくる。

 そして、子狼を咥えて、どこかへ行った。


「ほんとうに、恐ろしい犬ころどもじゃ」


 ヴィヴィはまだ犬が怖いらしい。



――――――――――――――――――

 次の日の朝食時。ミレットが言う。


「アルさん。薬草採りを手伝って欲しいんです」

「お安い御用だ」


 夏の盛りが過ぎたこの季節にだけ採取できる薬草があるのだという。

 採取場所は村からは少し遠いらしい。


「フェム。乗せてくれ」

「わふ」


 フェムは了承してくれた。


「ヴィヴィも一緒に来る?」

「わ、わらわは、モーフィの魔法陣の準備があるのじゃ!」


 ヴィヴィはフェムを見て、そんなことを言う。

 ドラゴン退治の際、ヴィヴィはフェムの背中に乗っていた。あれはだいぶ無理をしていたのだろう。

 フェムを助けようと思って、ヴィヴィも頑張ったに違いない。


「わかった。ありがとうな」


 俺はヴィヴィの頭をわしわし撫でた。

 フェムの窮地に頑張ったヴィヴィを、ほめてやりたくなったのだ。


「な、なにをするのじゃぁ」

 そういいながら、ヴィヴィは照れていた。



 薬草の採取地は村からフェムに乗って半時ほどの場所にあった。


「アルさん、今回の薬草は臭いんです。鼻を布で覆った方がいいですよ」

「了解」


 確かに臭い。俺はフェムから降りると、ミレットに習い顔半分を布で覆った。


「フェム、大丈夫か?」

『たしかに香りは強いのだ。だが臭くはない。いい匂いなのだ』

「え?」


 フェムは独自の感覚を持っているらしい。

 確かに犬はお尻とか嗅ぐの好きだったりする。


「なるほど、そういうことか」

「わふ」


 フェムは俺の股間に顔をうずめようとする。


「やめたまえ」

「わふ?」


 そんなことをやっているうちに、ミレットは採取を済ませていた。


「早いな」

「はい。この薬草は少量で十分ですから」

「じゃあ、村に戻ろうか」


 村に戻ろうとしたとき、


「あの、少しよろしいですか?」


 後ろ、それもすぐ近くから声をかけられた。

 気配を感じなかった。俺に気づかれずに、ここまで接近するとは、尋常ではない。


 フェムも緊張しているのか尻尾をぴんと立てている。

 俺とフェムは怯えにも近い感情を覚えて、振り返れずにいた。


「はい。なんでしょう?」


 戦闘能力を持たないがゆえに、警戒することもないミレットが笑顔で応答する。

 それに合わせて、俺も振り返る。


「道に迷ってしまって。ムルグ村ってどちらかわかりますか?」


 そこには、王都にいるはずの勇者がいた。

 俺は慌てて背を向けた。

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