第29話

 なぜこんなところに勇者の奴が?

 それが俺の最初に思ったことだ。


「……まずい」

「どうしました?」


 慌てて俺は声を魔法で変えた。

 背を向けたまま勇者に向かって返答する。


「いえ、なんでもありません」

「……どこかでお会いしました?」

「いえ、初対面かと」


 怪しまれている。背を向けたままなのに。


「どこかであった気がするんですけどー」


 勇者は前に回り込もうとしてくる。

 背を向けようとしている俺を中心に勇者はぐるぐる回っている。完全に疑っているようだ。


「どうしたんですか?」


 ミレットが不思議そうな顔でその様子を見てくる。


 勇者は戦闘力は最強だが、騙されやすい。少しだけ抜けている。

 顔半分を隠している今なら、ごまかせる気がする。


 俺は布が顔半分を覆っていることに感謝した。

 ありがとう。布。ありがとう臭い薬草。


 俺は隙を見て、先日ミレットにもらった付けヒゲをつけた。

 それから勇者の方を見る。


「ムルグ村に御用とのことでしたな。ご案内しましょうぞ」

「はい、ありがとうございます」


 勇者はひげを見て首を傾げた。騙せたようでよかった。


「じゃあ、アルさん帰りましょうか」

「アルさん?」

「いや、それがしの名前はラルですぞ?」

「そうでしたか」


 勇者はあっさり騙される。


 ミレットは少し考えた後、何かに気づいたようでサムズアップしてきた。

 正体を隠そうとしていることに気づいてくれたようだ。

 察しがよくて助かる。


 勇者とミレットは徒歩で、俺はフェムに乗ったまま進む。


「犬に乗ったままですみませんのう。足を悪うしてもうて」

「いえいえお気になさらず」


 声と口調を変えたおかげで、勇者は俺を老人ラルだと信じ切っている。

 少し良心が痛むが仕方ない。



 無邪気な感じで、ミレットが自己紹介する。

「わたしミレットって言います。こっちは……」

「ラルですじゃ」

「これはご丁寧にどうも。ぼくはクルス・コンラディンです」

「立派なお名前ですね」

「ありがとうございます」


 勇者は伯爵さまだ。当然立派な家名をもっている。


「ところで、ムルグ村にはなんの御用で?」

「えっと、グレートドラゴンのアンデッドを討伐しに来ました」

「それって……」


 ミレットは気付いたようだ。俺たちがこの前退治した奴ではないのかと。

 だから俺は誤魔化す。


「それは、まっこと恐ろしげな話ですな」

「はい。ドラゴンゾンビは魔王軍残党の暗黒魔導士が作り出したようで」

「暗黒魔導士ですか」

「あ、ご安心ください。暗黒魔導士は討伐しました。西部山脈に研究所を作っていたんですよ! ぼくが見つけました」


 勇者は自慢げに胸を張る。


「それは素晴らしいことでございますな」

「でもですね、ドラゴンゾンビはすでに王都に向けて進撃を開始していまして。それで討伐を頼まれてしまったんです」


 勇者の話を聞いて、俺は理解した。

 西部山脈と王都を直線で結ぶと、フェムの森やムルグ村をちょうど通る。


「なるほど」

「それで、ドラゴンゾンビの進路に近いムルグ村を守ろうと思いまして」

「ありがたいことですじゃ」

「いえいえ、ぼくも補給させてもらおうと思ってますし」


 勇者は笑顔だ。


「なにもない村ですけど、補給とか大丈夫ですか?」

「全然大丈夫です!」


 何が大丈夫なのかわからないが、勇者クルスは自信ありげだ。


「それにしても、ドラゴン討伐とは。クルスさん、お強いんですね」

「鍛えてますから。それに仲間もいますから」

「クルスさんは私と同じくらいの歳の女の子なのにすごいです」

「あまり褒めないでください」


 勇者は照れていた。


 いつ頃ドラゴンゾンビの脅威がなくなったと説明しようか。

 それを俺は一生懸命考えていた。



―――――――――

 しばらく歩いて、村についたとき。俺は思わず声を出した。


「なんじゃこれーーー」


 衛兵小屋が燃えていた。

 村の近くには川がある。俺は素早く水魔法を唱えると、火を消し止めた。


「大変なことになっていますね」


 勇者は俺の魔法をみても何とも思わなかったみたいだ。

 さすが勇者。高位魔導士に囲まれて育っただけのことはある。

 少々の魔法では動じない。魔法は当然のものと考えているようだ。


「なにがあったのです?」


 村に入って俺は尋ねる。


「無法者が、襲ってきたのです! ヴィヴィさんが守ってくれようとしたのですが、その……」


 村長が俺を見て叫んだ。

 ヴィヴィの魔法陣から放たれた火で小屋が燃えたのだろう。


 俺はヴィヴィと対峙している奴を見る。

 そこには、勇者パーティの一人、戦士ルカがいた。


「やべえ」


 俺は慌ててヴィヴィとルカの間に割ってはいる。

 勇者パーティの一員だから当然なのだが、ルカはものすごく強い。

 一対一で戦えば、俺でも苦戦するほどだ。それどころか10回に3回は負けてもおかしくない。


「すまぬのじゃ。無法者が暴れて。わらわは止めようとしたのじゃが……」


 俺のみたところ、ヴィヴィは魔法陣を描きながら魔法をぶっ放したのだろう。

 で、失敗したのだ。


 戦闘時は失敗してもいいからぶっぱなせと教えたのは俺だ。怒れない。

 ヴィヴィの頭を撫でてやる。


「すまぬ、旅の戦士よ。この者は魔族でもよい魔族なのですぞ」

「なにがよい魔族なのよ! こいつはねぇ」

「なにかしましたかな?」

「巨大なアンデッドを作ろうとしていたの!」


 モーフィーのスケルトン化を見られたのだろう。


「おなじアンデッドでも、ゾンビとスケルトンは違いますぞい」


 俺は冷静にルカに語り掛ける。口調と付けヒゲのせいで本当に老人になった気分だ。


「違うって言っても大きすぎるでしょ! どっちにしろスケルトンは紛れもなくモンスターよ」

「そうはおっしゃいますが、聞いたところによれば、衛兵に竜牙兵や人のスケルトンを使っている都市もあるとか? それと牛のスケルトンと何が違うので?」

「それは、その……」


 ルカは口ごもる。


「そうだそうだ! ヴィヴィちゃんは悪くないぞ!」

「キレる若者ってやつだ、恐ろしい」

「都会の不良ってやつだぞ」

「都会は恐ろしいところだ」


 村人の会話が聞こえてくる。


「ぐぬぬ」


 戦士ルカは、勇者パーティの一員としてちやほやされてばかりだった。

 このような雰囲気は初めてだったのだろう。


「また暴れたの? ルカは困った子だなぁ」


 勇者クルスがルカに呆れた感じで言う。

 実際には勘違いして暴れるのは主にクルスだった。だがクルスには自覚がないようだ。


「クルス! 魔王軍四天王のヴィヴィがこんなところにいたわ! 討伐しないと」

「えっ?」


 俺は驚きのあまり、声が出てしまった。

 まさかヴィヴィが魔王軍四天王だったとは。いや、本人はそう名乗っていたが嘘だと思っていた。


「魔法軍四天王は四人とも討伐されて捕縛されたはずでは?」

「はぁ? 四天王が五人いるのは常識でしょ」


 ルカがそんなことをいう。恥ずかしながら知らなかった。

 前線でずっと戦ってきた俺が知らなかったってことは、ヴィヴィは大したことはしていないのだろう。

 名前だけの四天王の可能性が高い。


「最後の四天王として魔法軍復興を企てているに決まっている! 巨大な牛を使って侵攻するにちがいないんだから!」


 パーティで最も博識である戦士ルカ。なぜか戦士なのに頭がいい。

 読みは大体当たっている。


 確かにヴィヴィは魔王軍復興を企てて、巨大な猪を使って侵攻しようとしていた。

 未遂で終わったが。


「そういうことなら、討伐しないといけないかもね」


 勇者クルスが聖剣の柄つかに手をかけた。


「ちょっと、待った」


 クルスとルカ、二人を相手にしたら、俺は確実に負ける。

 当然、ヴィヴィも勝てない。簡単に討伐されてしまう。

 時間稼ぎもかなり難しい。


 やむを得ない。

 そう考えて、正体を明かし説得しようと、俺が付けヒゲに手をかけたとき、


「してんのーは悪くない!」

「してんのーをいじめるな!」


 コレットたち、村の子供たちがかばうようにヴィヴィにしがみつく。


「お前たち……」


 ヴィヴィは感動しているようだ。目に涙が浮かんでいる。


「子供たちがそういうならいっか」


 クルスはあっさりと引き下がる。クルスはそういうやつだ。

 人情系に弱いのだ。特に子供にはめっぽう弱い。

 だから悪い奴に騙されたりするのだが。


 だが、ルカのほうはそう簡単にはいかないはずだ。


 俺はそう思ったのだが、

「はぁ。仕方ないわね」

 ルカもあっさりと引いてくれた。


「かたじけのうございます」


 俺はほっとして頭を下げる。


「その代わり、牛のスケルトンはちゃんと管理してくださいね」

「心得たのじゃ」


 クルスが笑顔で言って、ヴィヴィがほっとした様子で返事する。

 クルスは笑顔のまま、ヴィヴィを囲む子供たちの頭を撫でていく。

 クルスの子供好きは昔から変わらない。


 万事解決。よかったよかった。

 そう考えた俺の後ろから。


「おい。そこの腐れ魔導士。ちょっと来い」

「あ、はい」


 マジ切れした様子のルカに呼び出された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る