第20話

 次の日、俺は馬車に乗って大きな町へと向かう。

 馬車で8時間程度といったところだ。


「アルさん。乗り心地は大丈夫?」

「快適だよ」


 御者を務めるミレットが尋ねてくれる。

 同乗者は護衛として俺とフェム。販売交渉担当のミレットだ。

 あと一人で放置できないヴィヴィとコレットも乗っている。

 村長は色々仕事があるというので村に残った。


 ムルグ村を出るとき、

「ミレット。頑張るんだぞ!」


 村長たちが激励していた。

 ミレットは交渉役として期待されているのだろう。


「ふぇむはもふもふだねぇ」


 コレットは楽しそうにフェムの毛皮をモフモフしている。


 幌の中、半分ぐらいは牛肉の詰まった魔法の鞄だ。

 残りの半分が俺たちのスペースだ。三人と一匹なら十分広い。


「ミレット。御者交代しようか?」

「だいじょうぶだよ。ありがと」

「疲れたら言ってね。俺も御者の経験はそれなりにあるし」

「うん、疲れたらお願いするね」


 ミレットは笑顔だ。

「お姉ちゃんは働き者だから」

 コレットはどや顔している。


 ヴィヴィはコロッと転がると、俺の右ひざの上に頭をのせる。

 痛いのは左ひざなので別に構わないのだが一応文句を言っておく。


「ヴィヴィ、重いのだけど」

「わらわは軽いのじゃ」

「足しびれるし」


 そんなことを言ってると、コレットがフェムに指示をする。


「フェムいけー」

「わふ」


 ヴィヴィの顔をべろべろ舐める。


「や、やめるのじゃ!」

「わふわふ」


 ヴィヴィが慌てて逃げると、今度はフェムが顎をのせてくる。


「もう、仕方ないな」

「わふぅ」


 そんな様子を御者台からうかがいながら、ミレットが

「いいなぁ」

 とつぶやいた。




 ムルグ村をでて二時間ほど。

 横になっていたフェムがむくりと起き上がる。


『おい』

「どうした?」


 フェムの耳も尻尾もピンと立っている。警戒しているのだろう。

 フェムは、俺よりも気配察知に優れている。


「フェム。後ろを警戒」

『心得た』


 俺は御者台の方に身を乗り出した。そのとき、


――ヒュン


 俺は一瞬で前方に魔法障壁を展開する。

 飛んできたのは、ミレットを狙った矢だ。

 御者を狙う山賊の手口。御者を倒した後、馬ごと荷台を奪うのだ。


「ひっ」


 面前で矢が止まるのを見てミレットは身をすくませる。


「ミレット、幌の中に入ってて」

「はい」


 前方を10人の山賊がふさいでる。馬車で駆け抜けられないよう、丸太で道をふさぐという念の入れようだ。

 なかなかの手際だ。


「積み荷と馬をよこせば命だけは助かるかもしれんぞ」

「大事な積み荷だから。お断りだ」

「そう言ったやつはみんな死んだぞ」

「大人しく従ったやつも死んだんだろ?」

「そんなことはない。人も商品だ。大切な奴隷になるんだからな」


 そういって、山賊たちは笑う。


「どっちにしても山賊は見逃さないよ。ここで全員退治する」

「むかつく野郎だ。お前ら、殺せ!」


 山賊が襲い掛かってくる。

 遅い。ただの山賊なのだから当たり前だ。

 戦闘を楽しみようもない。


「大人しくしとけ」


 俺は魔法の縄を使って、目の前の十人を瞬時に捕縛する。


「ぐあっ!」


 山賊たちは無様に転がる。

 他愛もない。だが、山賊ならこの程度だろう。


 地面に転がった山賊の親分がわめくように言う。


「あまり調子に乗るなよ、今頃、幌の中に俺の子分が……」


 荷馬車に用心棒がいなければそれでよし。用心棒と戦って勝てれば、それでもよし。

 たとえ、勝てなかったとしても、後方から幌に侵入し人質をとれれば、それでよし。

 そういう作戦なのだろう。

 手慣れている。


 だが、

「ガアアアウッ! ガウッ!」

「うわっ」


 後方から幌に侵入しようとした山賊を、フェムが噛んで振り回している。


「矢だ、矢を射かけろ!」


 親分の声で矢が飛んでくる。


「矢は効かないって」


 俺は魔法で風の流れを操って矢をそらす。

 同時に矢が飛んできた方向から射手の場所を掴んだ。


「そこか!」


 射手に向かって魔法の縄を飛ばす。そのまま魔法の縄でからめとると、目の前まで引きずり出した。


 そうしてから俺は敵の気配を探るが、感じなかった。

 念のためフェムにも尋ねる。


「フェム。周囲に気配は?」

『大丈夫。もういない』


 フェムがそう判断したならとりあえず安心だ。


「フェム、一か所に固めよう。フェムが倒した山賊も、こっちにもってきて」

「わふ」


 フェムが倒した山賊は3人。念のために魔法の縄で縛っておく。

 それから俺は幌の中を覗く。


「ミレットも、コレットもだいじょうぶ?」

「うん、大丈夫、ありがとう」

「だいじょうぶだよ!」


 ミレットもコレットも無事だった。


「な、なんじゃ。文句あるのか」

 ヴィヴィは幌の床に魔法陣を描いていた。

「いや、文句はないけど」


 ヴィヴィの用意していた魔法陣は矢避(やよ)けの魔法陣だ。

 ミレットやコレットを守ろうとしたのだろう。だが、完成していない。

 魔法学院の博士ほどではないが、ヴィヴィも魔法陣を丁寧に描きすぎる傾向がある。


「ヴィヴィ。戦闘時は魔法陣を描くより、魔法はぶっ放したほうがいいよ?」

「詠唱するなって言ったのはアルじゃろ!」


 確かに最初に会ったとき、俺はヴィヴィの魔法詠唱を潰した。


「詠唱なんかしなくていいんだって」

「それだと効果が弱くなるじゃろ」

「ドラゴン相手でもあるまいし。無詠唱の弱い魔法で十分だから」

「そ、そうか」


 ヴィヴィはふむふむと感心した様子だ。


「それに魔法陣を描くにしても、戦闘中はいつもみたいに丁寧に描かなくていいよ」

「それだと失敗したり、不発になったりとか、するじゃろ?」

「失敗してもいいだろ」

「いいのか?」

「いいよ。戦闘中だし。7割成功するなら十分実用に使える。不発になったらもう一度描けばいいだけだ」

「そうじゃったか」


 ヴィヴィは真面目な顔で考え込みはじめた。


「それでも、魔法陣描かずに無詠唱でぶっぱなしたほうがいいけどね」

『集めたぞ』


 そういいながら、フェムが俺のお尻に鼻を突っ込む。


「恥ずかしいから臭い嗅がないでくれるかな」

「わふ?」

 フェムは小首をかしげた。

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