第19話

 その日の夜は、村人みんなで焼肉パーティだ。

 みんな大喜びで騒いでいる。

 そんな中、ヴィヴィだけはまだしょげていた。


「うぅ。モーフィ」


 そんなヴィヴィに特においしそうなところをやる。


「ほれ、うまいぞ」

「わらわは食べないのじゃ」

「そうか。無理にとはいわん」


 ――ググぅ

 ヴィヴィの腹が盛大になった。

 可哀そうになってくる。


「牛肉以外にも野菜とかあるぞ? そっち食べたらいいんじゃないか?」

「食欲がないのじゃ」

「そうか」


 ヴィヴィも思うところがあるのだろう。


「してんのー、これおいしいよ?」


 ミレットの妹コレットがやってきてヴィヴィに勧める。


 しばらくコレットに勧められて、

「……たべるのじゃ」

 ヴィヴィは野菜を食べ始めた。


「してんのー、お肉も食べる?」


 コレットに勧められて、ヴィヴィは黙って考えている。


「人はみんな生き物を食べて生きているってお姉ちゃんが言ってた」

「そう、……じゃな」


 元気のないヴィヴィに、ミレットがいう。


「ハチは……いや、モーフィは食べるために村で育てていたの。ヴィヴィちゃんが気にすることじゃないよ」

「うん」

「モーフィがお肉になった以上、誰かが食べないと無駄になっちゃうよ」


 ヴィヴィは少し考えた。


「そうじゃな……」


 そして牛肉を食べた。


「うまい、うまいのじゃ」


 ヴィヴィは食べながら、少し泣いていた。だが、食べ終わった後、少しだけ元気になったように見えた。



――――――――

 その日の夜。

 昨日と同じようにベッドに入ると、フェムがヴィヴィとは離れた位置に陣取った。

 フェムなりに気を使ったのだろう。


 真夜中。俺はヴィヴィに抱きつかれて目を覚ました。


「うぅ、もーふぃ……」


 見てみるとヴィヴィは寝言をつぶやきながら涙を流していた。

 俺は優しくヴィヴィの頭を撫でる。

 しばらくして、ヴィヴィは安らかな寝息を立て始めた。



――――――――

次の日の朝。


「アル! 起きるのじゃ!」

「むー?」


 俺はヴィヴィにたたき起こされた。


「今日も仕事しなければならないのじゃ!」

「そうだけども……」


 ヴィヴィは元気だ。


「ヴィヴィ。大丈夫?」

「大丈夫なのじゃ!」

「そうか」


 ヴィヴィが元気でよかった。一晩寝て立ち直ったのだろう。

 なによりなことだ。


「朝ご飯持ってきたよ!」


 そこにミレットとコレットの姉妹がやってくる。


「おお、ありがと」

「お腹がすいたのじゃ」

「わふう」



 朝食を終えたころ、村長がやってきた。


「アルフレッドさん、お願いがあるのですが」

「はい、なんでしょうか」

「昨日の牛肉なんですが、明日にでも町に売りに行こうという話が出ていまして。ですが、最近山賊が出るという噂もありまして」

「なるほど。それは心配ですね」

「はい。ですからアルフレッドさんに護衛していただきたいのです」

「それはかまいませんが、いつもは村にくる商人に売っていたんですよね?」

「はい。ですが村に商人さんが来るのはひと月近く後になります。それに、あれだけの量は商人さんも持ち運べないでしょうし、買い取るお金ももってないでしょう」

「まあ、それはそうかもしれませんね」


 村長は申し訳なさそうに頭を下げる。


「昨日、魔法で大活躍されてお疲れだと思うのですが……」

「いえいえ、それは気にしなくて大丈夫です。お任せください」


 村長は何度もお礼をいいながら、帰っていった。


「おっしゃん、だいじょうぶ? ひざ痛いんでしょ?」

「無理なら断ってもいいんだよ? アルのかけてくれた魔法のおかげで時間の余裕はあるんだし」


 コレットとミレットが心配してくれる。

 だが、大した負担でもない。


「大丈夫、心配してくれてありがとな」


 牛をなるべく早く現金化したいという気持ちはわかる。

 今は夏。徴税の季節である秋はすぐそこだ。

 それに収穫の季節になれば、人手が足りなくなるのは明白。それこそ町に売りに行くのが大変になる。


「ヴィヴィ、準備するぞ」

「なんでわらわが、そんなこと……」

「魔法の鞄とか多めに作っておいた方がいいだろ。ヴィヴィ、魔法陣得意だろ」

「それは、もちろん得意じゃが」

「だからお願い」

「仕方ないのじゃな!」


 少し嬉しそうにヴィヴィは胸を張った。


 まずは、昨日の巨大牛の皮を分けてもらった。それを魔法で針と糸を操ることで縫製して大きな鞄を作る。

 大きさは幌馬車の半分ほどにした。


「魔法陣だが……。必要な効果は容積拡大だろ? それに生肉を運ぶのだから状態不変。これは絶対だな」

「馬車で移動するのじゃから、質量不変も必須なのじゃ」

「そうなると三種か。結構難易度高めだな」


 俺とヴィヴィが相談している様子を、ミレットとコレットとフェムが興味深そうに眺めていた。


「じゃあ、とりあえず俺が魔法陣を描いてみるから、なにか気付いたら言ってくれ」


 俺は頭の中で魔法陣を設計すると、指で魔法陣を刻んでいく。

 指の先端に魔力をためて、指を魔力の筆とする。


 描き終えると、ヴィヴィが感心した様子でうなずく。


「ほほう。なかなかシンプルできれいな魔法陣を描くのじゃな。しかも速いのじゃ」

「ありがと。冒険者魔導士としては、魔法陣は速く描いてなんぼみたいなところがあるから」


 魔法陣を戦闘に使うにしても、冒険途中に使うにしても、速さはすべてに勝る武器になる。

 魔法学院の博士たちの魔法陣は、俺の魔法陣より効果が高い。

 立体的だったり、複雑だったり、それはもう素晴らしいものだ。だが、描くのに時間が掛かる。

 それでは戦闘の役には立たない。


「アルの魔法陣は素晴らしい。じゃが、華やかさが足りないのじゃ」

「華やかさ?」


 俺の魔法陣にはない概念だ。


「そうじゃ。ここをこうすれば……」


 ヴィヴィは慎重に、俺の描いた魔法陣に加筆していく。


「ヴィヴィ、すごいじゃないか。効果が二割り増しぐらいになってるぞ」

「そうじゃろそうじゃろ」


 ヴィヴィは胸を張る。やはり優秀な魔導士だ。

 俺が今まで見たことがない手法で効果を高めた。


「してんのーすごい!」

「ヴィヴィちゃんって本当にすごい魔導士だったんだね」


 コレットとミレットが褒めるとヴィヴィはますます嬉しそうになる。


「当然なのじゃ。まあ、アルの魔法陣がシンプルできれいだから加筆しやすかったというのもあるのじゃ」



 ヴィヴィの助けもあって、明日の準備は順調に進んだ。

 その他の装備を点検していると、後ろからミレットの囁くような声が聞こえてきた。


「ところで……。ヴィヴィちゃん」

「なんじゃ?」

「どうして今日からアルさんのことアルって呼ぶようになったの?」

「え?」

「昨日まで貴様って呼んでたよね?」

「そ、そうじゃったかな? 覚えておらぬのじゃ。ふっふーっ」


 誤魔化すつもりか、ヴィヴィは口笛を吹こうとしたが、音が鳴っていなかった。

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