第13話

 魔法で拘束したヴィヴィに先導させて、毒の沼へと向かった。

 俺は膝が痛いので、元のサイズに戻ったフェムに乗って進んだ。ついでにミレットも乗っている。


「フェムちゃんは可愛いねぇ」

 ミレットはフェムがお気に入りのようだ。ことあるごとにふわふわの毛皮をモフモフしている。

「わふ」

 フェムもどこか自慢げだ。


 一方ヴィヴィは、フェムに怯えていた。噛まれたことがトラウマになったのかもしれない。

「なんという邪悪な目をしているのじゃ……、恐ろしい。すきあらばわらわを食おうとしておる……」


 しばらく歩いて巨大|魔猪(まちょ)のいた沼に到着する。

 魔猪がいなくなった分、沼は浅くなっている。

 だが、毒の泥はまだまだ多い。悪臭も漂っている。


 フェムから降りたミレットは自分の鼻をつまんだ。俺もつまむ。


「臭いね」

「ああ、すごく臭い」

「こんなに臭い毒を吐く魔猪をアルは倒したの?」

「そうだぞ」

「ほんとにアルはすごいんだね」


 また褒められる。照れる。


「……わふぅ」


 鼻が効き、かつ自分で鼻を抑えられないフェムがこちらを哀れっぽい目で見てくる。

 それから鼻をうぐうぐと俺の腹に押し付けてきた。

 こういうとき念話を使わず犬っぽい仕草をするのはずるいと思う。


「仕方ないな」

「わふわふ!」


 俺はフェムの鼻を手の平で塞いでやった。フェムも嬉しそうだ。

 それを見ていたヴィヴィが胸を張る。


「どうだ臭いじゃろう。魔猪のほとんどは毒をもたない。だがわらわは探索の末、ついに毒をもつ魔猪を見つけたのじゃ。その魔猪を魔法陣と結び付け――」

「あ、そういうのいいから」

「むきいいい」


 得意げに語りはじめたヴィヴィを止めると、変な声を出して怒った。

 昨日尋問してわかったのだが、ヴィヴィは魔法について語り始めると長い。おかげで尋問は楽でよかったが、こういう時は面倒だ。

 特にこういう臭い場所では。



ミレットが楽しそうな声で叫んだ。


「ねね、アル、おっきな海老いるよ!」

「それはザリガニだと思うよって。ほんとにでかいな」


 ザリガニは小型犬ぐらいの大きさだ。ハサミも人間の手のひらぐらいある。

 周囲をよく見ると、中型犬ぐらいのスズメもいた。


「魔法陣の効果か?」

「ふふふ。やっと気づいたか。魔法陣から魔猪にそそがれていた魔力が周囲に発散しているのじゃ。その仕組みは――」

「魔法陣の効果なら、なおさら放置できないだろ。早く魔法陣消去して」


 自作魔法陣の説明を遮られて、ヴィヴィは不満げな顔を見せる。


「ふん。魔法陣は泥の底じゃ。泥が邪魔で消去できるわけなかろう」

「じゃあ、沼の泥を外にすくい出して」

「む、無茶を言うでない!」

「だって、泥があるから消せないんでしょう? 自分が書いたんだから自分の責任でやらないとだめだろ」

「魔王軍四天王のわらわに泥すくいをせよと申すか! 不敬にもにもほどがあ――」

「がうがう」

「あ、はい。やるのじゃ」


 文句を言っていたが、フェムが吠えると大人しく泥をすくい始めた。

 ヴィヴィはちまちまと、バケツで外にくみ出していく。


「なんでわらわが……」

「ちょっと、かわいそうじゃない?」


 涙目のヴィヴィを見てミレットがそんなことを言う。


「ミレットは優しいな」

「えっ?」


 ミレットのほほが赤くなった。

 俺はヴィヴィの自業自得だと思う。

 だが、ヴィヴィに任せたらいつまでたっても終わらないだろう。ここは臭いし、長居したくない。


「ヴィヴィ。別にバケツで汲みださなくていいだろ」

「じゃあどうやって……」

「魔導士なら魔法を使え」


 俺は風魔法を使って泥をまとめながら、重力魔法を使って宙に浮かせる。


「わーーー」


 ミレットが感嘆の声を上げる。


「今のうちに魔法陣を消せ」

「わかったのじゃ」


 ヴィヴィは意外なほど大人しく従う。


「変なことしたら、ヴィヴィの頭の上から泥を落とすからな」

「わかってるのじゃ!」


 俺は注意深くヴィヴィの様子を観察する。魔法陣を強化したり隠したりしないかチェックするためだ。

 ヴィヴィは素直に消している。


「おわっ、おわったのじゃ」


 ヴィヴィは慌てた様子で空の沼から這い出して来た。

 ヴィヴィが出てきたのを見て、泥を元の位置にゆっくりと戻す。


「そんな慌てなくても落とさないって」

「重力魔法など、魔族でも魔王様ぐらいしか使えないのじゃ」

「そういえば、あいつも使ってたな」


 勇者が突っ込んで罠にはまったとき。魔王が使ったのが重力魔法だった。

 勇者は宙に浮かされ、逃げようがない状態で空中で連撃を喰らったのだ。


「それに、わざと落とそうと思ってなくても、二属性魔法同時行使など、ちょっと制御を失敗すれば暴発するのじゃぞ。そうなれば、わらわに泥が降り注ぐだけじゃすむまい。おそろしい」

「二属性程度なら大丈夫だって。無理すれば四属性までいけるし」

「ふぇ……、うそじゃろ?」

「うそじゃないよ」


 ヴィヴィがごくりとつばを飲み込む。


「たとえそうだとしても! 同時に二属性魔法、しかも一つは重力魔法じゃ。魔力の多い魔族でも1分もたたずに魔力が切れるはず」

「そう簡単に切れないよ。俺なら一時間ぐらいはいける」


 ヴィヴィは目を見開いた。そしてぽつりとつぶやく。


「下等生物、恐ろしいのじゃ……」



 帰り道。巨大ザリガニを嬉しそうに手に持ったミレットがつぶやく。

 巨大スズメは俺が魔法で撃ち落としたのをフェムが咥えている。


「魔法ってすごいんだねぇ」

「まあ、力量次第だが。いろんなことができるぞ」

「このザリガニも大きくておいしそうだね」


 それはどうかと思う。少なくとも毒の沼にいた以上、しっかり泥抜きしないと食べれたもんじゃないと思う。

 泥抜きしても果たして食べられるようになるのか。


「あっ!」

「どうした?」

「そうだ、ヴィヴィちゃんの魔法陣を村で飼ってる牛につかえば、牛肉たくさん取れるんじゃない?」

「それは……どうだろうか。牛はただの牛だし」


 魔猪はただの猪ではない。魔獣なのだ。

 ただの牛に魔法陣の効果が果たして及ぶのかどうか。


「でも、ザリガニも魔ザリガニじゃなくて、ただのザリガニでしょ? スズメだって」

「そういわれれば、そうだな」


 俺はヴィヴィを見た。


「それはもちろん、わらわにかかれば容易いことじゃ。そもそも、あの魔法陣というのは……」


 ヴィヴィは得意げに語りはじめた。俺も今回は大人しく聞いてやる。


 俺は魔導士。知らない魔術には興味がある。

 そして、なにより暇だったのだ。

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