第3話

 クエスト受注が完了すると、俺はそのまま王都を後にした。

 ギルド長や軍務卿などが気付く前にできるだけ遠くにいくためだ。


 有名になってしまったので、フードを深くかぶり、乗合馬車に乗り込んだ。

 馬車を乗り継いで、二泊三日。そこからは馬車が出ていないので、徒歩でムルグ村まで向かう。

 膝にはよくないが、ゆっくり歩けばそう悪くはならないだろう。



 最高の散歩日和だ。天気も良く、風は気持ちいい。

「気持ちがいい!」

 思わず大きな声で叫んでしまった。


 なんども休憩しながら、三時間ほど進んだとき、なにやら喧噪が聞こえてきた。

 道から離れた森の奥の方だ。


「む?」

 聞きなれた音だ。魔獣の唸り声と人の声である。ただ事ではなさそうだ。

 俺は膝をかばいながら急いだ。


「わたしは! 簡単には! やられない!」

 駆けつけると、そこには狼の魔獣1匹と少女が対峙していた。


 少女は木の棒を構え、狼を威嚇している。

 だが、勇ましい声の割に、腰が引けている。戦闘訓練を受けたものの構えではない。


 俺に気が付くと、狼は狙いを俺に変えた。

 痩せた狼だ。少女より、俺の方が食い出があると思ったのかもしれない。


「もう大丈夫だ」

 少女に向かって声を掛ける。


 この程度の魔獣なら魔法を使うまでもない。

 狼の顎の下を左手でつかむ。そして、地面にたたきつけた。

「きゃうん」

 狼はそれだけで去って行った。


「おじさん、ありがとう」

 少女に丁寧にお礼を言われる。

「あぁ。気にするな。お前こそ無事か?」

「お前じゃなくて、ミレットです」

 そう言われて少女、いやミレットを改めて見た。

 14~15程度の可愛らしい女の子だ。少し小さめの尖ったエルフ耳が可愛らしい。


「ああ、すまん。ミレット。俺はアルフレッドだ」

 ミレットは俺の自己紹介に、にっと笑った。

「アルさん、ありがとうございます」

 そして、改めて礼を言われた。

 長年の冒険者生活で、礼を言われたことは何度もある。でも何度目だっていいものだ。


「ミレットが無事そうでよかった。だが、一人でこんなところにきたら危ないぞ?」

 ミレットは少し暗い表情をみせる。

「妹が熱を出して。村にある薬が切れちゃったから、材料の薬草を取りに来たんです」

「そうだったのか」

「村のみんなは狼が出るから危ないって言われたんです。でも、妹が辛そうだし、それに死ぬこともある病気だから……」

 ミレットは妹思いのお姉さんなのだろう。


 話を聞くと、ミレットは村の薬師なのだそうだ。若いのに大したものだ。


「もう、薬草は集まったの?」

 ミレットはふるふると首を振る。

 ミレットのエルフ耳がしんなり垂れさがっていた。

「薬草って、動物や魔獣にとってもおいしいんです。いつもはもっと早い季節に取りに来るんだけど、今年は狼が出て、なかなか採りに来られなかったから」

「動物に食べられて、もう生えてないってことか」

「うん。もっと山奥の方にいったらあると思うんですけど……」

「山奥に行くのか?」

「……はい」

 悲しそうなミレットを見てると、助けてあげたくなってきた。


 ムルグ村まではあと1時間程度。ここで薬草採りを手伝ったら、日没に間に合わないだろう。

 日没に合わせて村は門を閉じるのが普通だ。そうなれば野宿になる。


 だが、ムルグ村の任務は急ぎではない。それに俺は野宿には慣れている。


 ここでミレットと別れれば、一人で薬草を探しに山奥に行き、今度こそ狼に食べられるだろう。

 そうなれば寝覚(ねざ)めが悪すぎる。


「しゃーない。薬草探しを手伝おうじゃないか」

「え?」

 ミレットがきょとんとした目を向けてくる。


「急いでないし。死なれたら寝覚めが悪いからな!」

「あ、ありがとう」

「薬草がはえている場所に案内してくれ」

「はい!」

 元気に返事をしたミレットの耳がピンとたった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る