第2話
魔王討伐成功が伝えられ、王都はお祭り騒ぎになった。
勇者をはじめとした勇者パーティの面々も、連日連夜、祝賀会、慰労会にひっぱりだこだ。
当然、王室からも褒賞される。
勇者よりは一段おちるものの、勇者以外の俺たちにも爵位や勲章がたくさん与えられた。
これから勇者は伯爵閣下だ。
俺や戦士、ヒーラーは子爵になった。ともに領地なしで年金がもらえるだけの爵位だ。
だが、王侯貴族たちは、とても爵位を重視する。それが与えられたということは功績を認めたということに他ならない。
爵位そのものよりも、お偉方が俺たちの苦労に報いようとしてくれたことが、嬉しかった。
冒険者ギルドからはSランクの称号を与えられた。
勇者パーティに与えるために、およそ200年ぶりに復活した称号だ。
通常はFランクからAランクまでしかない。
Sランクの称号は、ギルドの用意した最高位の褒賞だ。
俺は膝の痛みをこらえて、数えきれないほどのイベントを笑顔でこなした。
帰宅できたときには、王都凱旋から一週間が過ぎていた。
帰宅から三日後、自宅に戦士ルカが訪ねてきた。
「アル、まだごろごろしてるの?」
「休養は大切だ」
俺は帰宅から三日間、自宅に引きこもっていた。
魔王討伐の苦難に満ちた長い旅。帰還後の各種祭典。四十近い俺にとって、とてもきつかった。
休むのは当然の権利、いや義務といえるだろう。
なのに、ルカは呆れたように言う。
「クルスなんて、今朝がたユリーナを連れて魔物討伐に向かったわよ?」
「お前らみたいな若者とは違うんだよ」
「あはは、なにそれ、おっさんくさい」
「なにをいまさら。俺はおっさんなんだよ」
勇者パーティは皆若い。俺以外は皆十代だ。
勇者クルスと、ヒーラーユリーナは15歳。
戦士ルカは17歳だ。
「おっさんな俺はともかく、お前は働かなくていいのか?」
俺がそういうと、ルカはにやりと笑った。
「あたしは、昨日学院に行って働いてきたからさ」
そういえば、ルカは戦士のくせに、優秀な学者でもあるのだ。その関係で特別講義でもしてきたのだろう。
専門は神代文字と魔獣の研究だったと記憶している。
17歳だというのに、優秀なことだ。
「そうかい。それは悪かったな」
ルカはつかつかと近づいてきた。
「うーん。どうなの?」
俺の膝に触れて、観察し始めた。
「痛いが、我慢できないほどではない」
「嘘。祝典とか、かなり無理してたでしょ」
ルカはやはり鋭い。さすが学者である。
「嘘ではないよ。祝典はさ。ひざまずいたり、立ちっぱなしだったり。確かにしんどかったけどさ。座っていれば、ほどほどに痛いだけ」
口ではそういったが、今日は天気が悪いせいか特に痛い。耐えきれないほどではないが、運動したいとは思わない。
「ふーん。あんまり無理するんじゃないわよ!」
しばらくしてルカは、傷薬を置いて帰っていった。心配してわざわざ見に来てくれたのだろう。
やはり、ルカは優しいのだ。
ルカが帰宅した後、新たに来客がやってきた。国の要職にある大貴族だ。たしか軍務卿だったか。
「リント卿。実は頼みたいことがあるのだ」
挨拶早々に切り出してくる。忙しい軍務卿らしい。
ちなみに、リントというのは俺の姓である。
「……あ。はい、なんでございますか?」
長い間、姓で呼ばれることがなかったため、一瞬戸惑ってしまった。
姓は中流以上の者しか持たないのが普通である。冒険者は姓とは縁遠い。
父親が騎士の従士で、姓を持っている俺が冒険者の中では珍しいのだ。
ちなみに勇者たちは叙爵の際に家名を考えなければいけなくて苦労していた。
軍務卿は真剣な目をして言う。
「リント卿にぜひ、新設される魔導騎士団を率いてもらいたいのだ」
魔王は討伐されたとはいえ、いまだ凶悪な魔物は各地にいる。
新しい魔導騎士団には、各地に散らばる特に凶悪な魔物を討伐することが期待されているらしい。
大変な名誉だ。親父やおふくろが聞いたら涙を流して喜んだだろう。
だが、膝を痛めた状態で各地を転戦するのは正直厳しい。
それに、喜んでくれる親父もおふくろも、とうの昔に死んでいる。
「大変ありがたいお話ですが……」
少し考えて断った。
軍務卿は残念そうに、あきらめきれない様子を見せる。
「残念です」
「まことに申し訳ありません」
「……そうだ。リント卿。宮廷魔導士たちに稽古をつけてやってくれませんか?」
「え?」
「リント卿の卓越した技を見れば、腑抜けた魔導士どもも気合が入るに違いありません!」
断ろうと思った。だが、「今日だけでいいので」「試しに一回だけ」などと強くお願いされては断れない。
魔導騎士団長就任依頼を断ってしまったのだ。そのぐらいしてもバチは当たるまい。
軍務卿はそう考えていそうだ。
「……わかりました」
「それは、助かります!」
膝の痛みを我慢して、3時間ほど宮廷魔導士に稽古をつけた。
そして、帰ろうとしたところ、
「リント卿!」
今度は冒険者ギルトの総元締めがやってきた。ギルドグランドマスター、各国各町のギルド長より上の立場の人間だ。
俺も具体的に彼が何をしているのかは知らない。
だが、グランドマスターをはじめとするギルド上層部が、色々頑張っているから、冒険者ギルドは国家とは独立して存在できているのだということは知っている。
「王宮に挨拶に来てリント卿に会えるとはまさに僥倖。これからご自宅にお伺いしようと思っていたところです」
グランドマスターはとてもうれしそうだ。
「なにか私に御用でしたか?」
「はい。近いうちに、旧魔王領に冒険者ギルドを新設する予定になっておりまして、リント卿にはそこのギルド長になっていただきたいのです」
旧魔王領のギルドともなれば、凶悪な魔物と対峙しなければなるまい。開拓も重要な役割になる。
人手が足りなければ、ギルド長自ら魔導士として前線にでる必要があるだろう。
だからこその、俺の抜擢なのだろうが……。
膝が痛いのだ。
「私には少し荷が重いように感じます。もっと経験豊富なものがおりましょう」
グランドマスターは笑い出した。
「ははは、謙遜がすぎますぞ。謙遜は美徳とはいえ、あまりに過ぎれば嫌味というもの」
謙遜ではないのだが。
再度、丁重に断ると、グランドマスターは心底残念そうな顔をする。そして
「あ、そうだ! ここであったのも運命でございましょう。実は、王都付近にアンデッドが出現したという報告がありましてな」
「はぁ」
話が変わりすぎて、ついていけない。
「これからすぐに討伐部隊を送ることになっているのですが、リント卿。彼らを指導していただけませんか?」
「え?」
「この付近では、腕がたつ冒険者ではあるのですが……なにぶん王都は比較的平和。激戦を潜り抜けたリント卿の魔術をみれば、学ぶことも多いことでしょう」
後進を育てるのは先達の義務ではある。
だが膝が痛いのだ。
断ろうと思った。アンデッドぐらい王都の冒険者でもやれるはずである。
だが、先にギルド長への就任を断った手前、断りにくい。
「ぜひ! ぜひ! 私を助けると思って!」
ギルドのグランドマスターに頭を下げられ、断りきれなくなった。
「わかりました」
王都の冒険者たちと一緒に、アンデッドを討伐したアルフレッドが帰宅したころには日が暮れていた。
「まずい」
帰宅してから、思わずつぶやいた。
「とてもまずい」
今朝より膝は痛くなっている。何十人もの宮廷魔導士に稽古をつけ、山道を走ってアンデッドを討伐したのだ。
アンデッドもただのグールではなく、リッチだった。しかも数が多かった。
王都の冒険者パーティだけでは逃げるので精いっぱい。討伐なんて、とてもじゃないが無理だっただろう。
もしそうなれば、どちらにせよSランクである俺達に召集がかかることになる。
「くそ、Sランクにこんな罠があるとは……」
Sランクの称号を与えられたとき、そういう義務がある的なことはさらっと説明されて宣誓した覚えがある。
浮かれていたから、深く考えていなかった。
俺の膝を追い詰めるのは、ギルドからの仕事だけではない。
軍務卿以外のお偉方からも無理難題を押し付けられるに決まっているのだ。
そのための爵位だ。
爵位もらうときにも、国家のために、国王のためにうんぬんかんぬんと宣誓した覚えがある。
「やばい。膝が持たない」
俺は考える。
家に引きこもりながら、膝の静養をかねて、食っちゃねする予定だったのだ。
長い間、冒険者として活躍した自分はそのぐらいの休養をもらってもいいはずだ。
爵位をもらったことで何もせずとも年金がもらえる。いうなれば有給休暇みたいなものだ。
15歳で冒険者になってから、アラフォーになるまで、ほぼ休みなく働いてきたのだ。
しかも膝が痛い。
「休める方法、休める方法……さぼ、さぼれる方法」
俺は眠れぬ夜を過ごした。
次の日。早起きして、ギルドが開くと同時に飛び込んだ。
「アルフレッドさん? どうしたんですか!?」
驚く受付嬢に適当に返事しながら、壁に貼られた依頼から目的のものを探す。
俺が探している依頼の条件は、三つある。
楽そうな依頼であること。
依頼元は王都からたやすく来れないぐらい田舎であること。
そして、依頼期限が長いこと。
俺が一晩寝ずに考えた、さぼる方法だ。
たださぼると、Sランク冒険者としての義務がどうのと言われるに違いない。ならば、最初からギルドの依頼を受けていれば問題ないのだ。
そして、俺は見つけた。
『ムルグ村の衛兵募集。狼と猪が出て困っています。報酬は衣食住。※村には温泉があります』
温泉付きとは言うことはない。膝の療養に最適だ。
報酬は少ないが、年金がもらえる俺には問題ない。
「これだっ!!」
依頼票をはがすとギルドの受付へと持って行った。
「え、アルフレッドさんがこれ受けるんですか?」
ギルドの新人受付嬢は困惑している。そりゃそうだ。
Sランク冒険者が、Fランク向け依頼を受注しようというのだ。
「うん。頼む。緊急なんだ!」
もう少し遅い時間なら、具体的にいうとギルド長が出勤している時間なら止められたに違いない。
S級冒険者がなぜ、こんな依頼を? とか散々尋ねられた挙句、もっとふさわしいクエストがありますよ、やめましょうとか説得にかかるに違いないのだ。
そして時間が掛かれば、軍務卿の手の者が駆けつけたり、勇者パーティのだれかが聞きつけて駆けつけたりするだろう。
面倒なことこの上ない。
だが、新人受付嬢だけが窓口に出ているこの時間なら受注できる。そう計算しての早朝受注だ。
「はい……」
思惑通り、少し納得してない様子ながらも手続きをしてくれた。
(よっし!)
俺は表情を変えないよう努力しつつ、内心で大喜びした。
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