Distorted World
黒鳥
プロローグ
スチュアート通り二番街の袋小路。
そこは1人の男が必死に逃げて辿り着いた場所だった。
肩から息を吸う。口の中が渇く。
もう逃げられないと悟るや壁越しの樽からガラス瓶を引き抜き、振り返りながらロバートは考える。
――俺がやるしか無い。
相手に一矢報いてやろう。
上手くいけば、手傷は負うかもしれないが、逃げる事が出来るかも知れない。
屈んで闇に目を凝らす。何か居るはずなのだ。
思い返せば、自分は昔からこの異常に勘が効く能力で、多くの人を救って来た。
嫌な予感から落下するバスを特定して被害を防いだり、強姦に襲われそうになった女性を助けたりと。
その他にも小さなも含めて沢山。
今回も知り合いに忠告してこの町から一旦、離れる様に言っている。
大丈夫。大丈夫だ、一度似たような事を乗り越えている。あの時と同じだ。上手くやる。
ヒヤリと風を感じた。
ピチッピチッと弾ける音がしたかと思うと、べしゃりと何かが目の前に落ちた。
思わず、空いた左手で掴み、触れた指が、赤黒く変色する。
良く見ようと持ち上げたそれと目が合った。
それは彼の最愛の妻の変わり果てた姿だった。頭部が崩れ、えぐり残った左耳には彼女へ送ったピアスが紅い斑点を付けていた。
ガラス瓶が割れる。
自分が囮になったつもりだった。
怪我をしても後で合流した妻に慰めてもらえれば、それで良かったのに。
もう……おしまいだ。
くらりと眩暈を感じ、路地から見える狭まった夜空に虚ろな目線を踊らせる。
ずるりと、掠れた音が近づいてくる。
月明かりが陰に潜む異形の姿を浮かび上がらせる。
ソレを視界に入れた瞬間には、思わず叫び声を上げて腰を抜かしていた。
「いやだああああああああ!!!あああ…」
本能的な忌避。紫色に変色した細胞に昨日まで生きていた知り合い達の成れの果て。
誰も逃げられなかった。
ハンソン、ウィリアム、トニー。そして、彼女__レイチェル。
自分だけが生きていた。
「何でどうして。嫌だこんなのはあんまりだ」
「神さま助けて。誰かみんなを助けてください」
「誰か!誰か助け」
ロバートの祈りは掻き消えた。
彼の願いは叶わない。
静寂が場を支配する。
残っていたのは、血の跡とピアスだけだった。
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