第55話 昔話
結局、その日は夜中まで話し合って作戦決行までの段取りを決めた。
結果は一日の準備日を設けて二月九日にイルクーツク駅から出発。二日間の列車旅を終えて十一日にエカテリンブルクに到着した後、分散して別々のホテルへ宿泊。翌日に用意するなり窃盗するなりで車を入手、カリヤ付近まで六時間ほどのドライブをする。破壊工作を終えたら逆の手順で一軒家に戻り、日本皇国へ帰還するのだ。
そして、日を跨いで現在時刻は午前二時過ぎ。
大部屋に押し込まれている六人は頭の力を使い切ったのか、既に深い眠りについていた。水野も作戦会議で疲れているはずだが、一向に寝付けない。
水でも飲んで気分を変えようと体を起こし、床から湧き上がる寝息を頼りに踏まないよう狭い敷布団の隙間を縫っていく。静かにドアを開けて閉扉し、階段の一段目に足をつけたその時だ。
下の階から音が聞こえた。一階に寝ている人はおらず、まさか盗人でも現れたのかと思い、身を構える。
未だ暖炉が放つ暖かい光を頼りにして、慎重に一歩一歩階段を下る。一階に着き、壁越しに不審者がいないかどうかよく目を凝らす。
すると、水野に背を向けて安楽椅子に腰掛けている銀髪の男が飲み物を啜っていた。銀髪の男という特徴だけで誰かは一瞬で判明した。
「なんだ、アカツキか」
「ん? おう、どうしたんだ? こんな夜遅い時間に」
水野は台所に行き、白湯をコップに注いだ。そしてアカツキの近くにある椅子に座って雑談に付き合う。
「別に、ただ眠れないだけだ」
「昨日寝過ぎたのか?」
「いや、毎日こんな状況だ」
「と、いうと?」
水野は今の寝付けにくい生活になったきっかけかもしれない、ソ連での人体実験について簡潔に説明する。これでアカツキが「大変だったな」などの慰めの一言を掛けてから話題を変えるのだろうと想定していた。
が、アカツキの表情は険しくなっていた。眉を顰めるほどならば、何か有益な情報を知っているはずだと踏んで水野は質問を投げ掛ける。
「何か、この原因について知ってるのか?」
「ああ」
「教えてくれないか?」
「……話は長くなるが、まあ時間はたっぷりあるし、俺の身の上話も含めてなら」
「わかった」
水野は他人が打ち明ける過去を拝聴するという行為に、一種の緊張感を味わった。固唾を飲んで耳を傾ける。
「じゃ、始めるか」
暖かい暖炉の火に照らされながら、一人の男の悲しき物語が幕を開けたのだった。
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